パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第67回

社会的連帯経済のどの分野で国際連携が可能か──連帯経済大国のブラジルとの関係を探る

 去る1月末から2月初旬にかけて、ブラジル・サンパウロ州サンカルロス市にあるサンカルロス連邦大学の元教授で、同大学内にある民衆協同組合インキュベーターの創設者でもあるヨシアキ・シンボ、マリア・ザニン両先生が来日され、日本の関係者や事例を訪問されました。日本とブラジルの間では、共通点よりも違いのほうが多いことは、述べるまでもないでしょう。しかし、ブラジルで長年社会的連帯経済の推進に取り組まれた両先生には、日本での事例が新鮮に映る一方で、ブラジルとの協力関係の可能性もあるという確信に至ったようです。今回の両先生の訪日では、私もいろいろとお手伝いしましたが、いろんな意味で違いが大きい日本とブラジルの間で、そして場合によっては第3国も含めた形で、社会的連帯経済の各分野においてどのような交流ができるかについて、今回は探ってゆきたいと思います。

ヨシアキ・シンボ先生が来日直前(1月24日)に行ったオンライン講演会の動画
(私が逐次通訳を行っています)

 ブラジルについては、私の連載の中で何度も取り上げてきましたが、社会的連帯経済運動において、その活動の多様性や活気などにおいて、世界の中でもリーダー格にある国だと言えます。私もこれまでの連載の中でさまざまな面を紹介してきましたが、それらについて復習したいと思います。

 日本とブラジルを比べた場合、以下のように国の在り方においてかなり多くの違いがある点をまず踏まえる必要があります。

  • 高度な技術を持った先進国日本に対し、農業や天然資源の輸出が大きなウエイトを占める新興国ブラジル
  • 社会的連帯経済という概念に対して行政の認知がほぼゼロである日本に対し、実践者が推した候補が大統領となり連帯経済局が再設置されたブラジル
  • アジア周辺諸国、特に中韓や東南アジア、そして英語圏諸国との関係が深い日本と、他の中南米諸国や、欧州では旧宗主国ポルトガルやスペインなどラテン系諸国とつながりが深いブラジル
  • 日本列島を出ると日本語が通じなくなる日本と、ポルトガル語やそれに似たスペイン語を使う国が非常に多く外国との交流が比較的楽なブラジル
  • 東洋的な価値観が支配的な日本と、何だかんだいいながら西洋的な価値観が支配的なブラジル
  • 伝統的に失業率が非常に低い日本と、失業率が高い時期も珍しくないブラジル

 このため、社会的連帯経済における現状もだいぶ異なっています。

  • 消費者生協や医療生協など、資本主義企業では満たされない消費者のニーズ(例えば食の安全や医療)を満たす部分での成長が目覚ましい日本と、労働者協同組合(労協)設立による貧困層の自立支援的な側面もかなり見られるブラジル
  • 生活者としての直近のニーズを満たすことが主眼の日本に対し、世界社会フォーラムと結びついて「もう一つの世界は可能だ!」という大きな夢物語を語りたがるブラジル
  • 社会的連帯経済を束ねる思想的基盤が特に見られない日本と、フランス由来の社会的経済に由来する理念的発展や、教育学者パウロ・フレイレ(彼の哲学についてはこちら)が自らの思想に基づいて考案した民衆教育の実践が見られるブラジル
  • 千葉県を除いて社会的連帯経済全体を包括するネットワークが存在しない日本と、全国や州レベルなどのネットワーク(全国レベルのブラジル連帯経済フォーラムのリンクはこちら)が充実しており、国内外の関係者とのネットワークが強固なブラジル
民衆教育について紹介した動画(日本語字幕付き)

 しかし、だからといってブラジルとの交流にあまり意味がないと早合点するわけにはいきません。ブラジルのほうが日本より進んでいる部分については、そのあたりを積極的に認めた上で謙虚に学ぶ一方、逆に日本のほうがブラジルなどラテン系諸国より進んでいる部分があれば、その点を紹介して知ってもらったり、あるいは両国に存在する興味深い事例同士で交流を進めたりすることが考えられます。具体的には、以下の分野でこのような関係を築けると思います。

  • 消費者生協関係: 日本の産直提携運動とブラジルのフェアトレードの間での関係構築、または日本で発達した消費者生協の事例のブラジルへの導入。また、日本で独自の発展を遂げている大学生協の事例も、ブラジルの人にとって興味深いになる可能性あり(ブラジルなどポルトガル語圏向けに大学生協を紹介した動画はこちら)。
  • 医療生協や高齢協: 医療分野については、ブラジルでは医療従事者による労協はあるが、消費者協同組合として運営されている日本の医療生協はブラジル人には珍しい存在(私の在住するスペインにはあるが: 私が最近行ったオンライン講演会の録画画像はこちら)。また、高齢者が、介護や住宅など高齢者特有のニーズなどを満たすために高齢協を作っているが、これもブラジルではまだ見られない動き(スペインやアルゼンチンでは、介護サービスを提供する労協が現れ始めているが)。
  • 労協: 特に貧困層向けの労協設立支援という点では、ブラジルで長年取り組まれている民衆協同組合インキュベーターの実例が非常に興味深い。日本の場合、非正規雇用や引きこもり状態が長く続いて年齢の割にキャリアを積めていない人などを社会的に統合する手段として労協を活用する場合、ブラジルの事例から学べるかもしれない。
シンボ先生によるインキュベーターの紹介
  • ネットワーク: 前述したようにブラジルでは全国ネットワークが確立しており、日本の23倍という広大な国土に広がる事例の実情把握や事例間交流がしやすくなっている。このようなネットワークづくりについて、ブラジルの知恵を拝借することも大切。
  • 行政: 今のところ日本の政治家や行政機関で社会的連帯経済に関心を示すところは皆無に近いが、4月に国連で社会的連帯経済推進の決議が行われた(日本語で解説した私の記事はこちら)ことを受け、ブラジルやその他政策面で先進的な国から日本が学ぶこともあるはず。

 この他、今後考えられる方法として、日本にブラジル人留学生を受け入れて、将来の日伯間(伯はブラジルのこと)における社会的連帯経済分野でのつなぎ役になってもらうことも挙げられます。ブラジルについては私も重点的に紹介してきてはいますが、やはり日本語で読める情報やブラジルの事例を知る日本在住者が圧倒的に少ないこと、そして他の中南米諸国とは違いポルトガル語圏であり、スペイン語とはちょっと違うことからスペイン語が得意な人でも避ける傾向にあることもあり、日本の社会的連帯経済関係者の間でもブラジルに関する理解が深いとは言えません。ですので、日本に関心のあるブラジル人に留学生として来てもらい、日本の事例を研究してもらいつつ、ブラジルの事例を紹介してもらうことができれば、それをきっかけとして日本との交流関係がさらに深まることも期待できます。

 そして、あくまでも世界的な運動として社会的連帯経済を推進する立場に立つと、このような留学生が数年間日本に住んだ場合、日本だけではなく、韓国や香港、インドネシア(インドネシアについては先月の記事を参照)や東ティモール(ポルトガル語圏)のように、比較的社会的連帯経済が盛んなアジア諸国にも足を延ばし、そこでつながりを作ることが大切になります。日本の場合、距離の割にブラジルとの関係は伝統的に強固ですが、このような例はアジアでは珍しく、他のアジアの国の社会的連帯経済関係者は、ラテン世界とのつながりが非常に希薄です。このように、アジアとラテン世界をつなぐハブとしての日本の役割についても、今後検討する価値があると思います。

 ブラジルというと、確かに日本のほぼ真裏(実際、サンパウロやリオ、首都ブラジリアなどブラジルの主要地域と日本との時差は12時間で、日本とは季節が正反対)で、行くだけで非常に大変ではありますが、その一方で日系人の存在などによりブラジル側の日本への関心は地理的・文化的距離の割には高く、機会があれば訪日を望んでいる人は連帯経済関係者の中でも少なくありません。個人的にはオンライン勉強会などを通じて、日本がブラジルのことを学んだり、逆にブラジルなどポルトガル語圏諸国が日本のことを学んだりする勉強会を開催していますが、シンボ・マリア両先生の来日により築かれ始めた日伯間の関係が、今後さらに深まることを願ってやみません。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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