パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第73回

今後の日本で伸びそうな社会的連帯経済関係の事例は?

 社会的連帯経済の推進というと、社会的連帯経済に属する事例の創設や発展支援を考える人が多いと思いますが、伸びしろのある社会的連帯経済の分野は、国によって大きく変わってゆきます。今回は、2024年の日本において、さまざまな社会的連帯経済の事例の中でも、どの事例が伸びる可能性があるか、また社会的連帯経済全体の発展に向けて何をすべきかについて、ちょっと考えてみたいと思います。

 まず、一昨年10月に創設され、今でも日本の中では新しい法人形態として注目が続いている労働者協同組合(労協)です。労協については、この法律の施行とともに私が発表したこの記事をご覧いただければその詳細はわかりますので省略しますが、簡単にいうと集団自営業だと言えます。先ほどのリンクでは、ラーメン屋を個人事業として行ったとき、会社の従業員としてラーメン屋に関わったとき、そして労協としてラーメン屋を開いた場合の3つのケースを紹介しておりますが、労協の場合、労働者は共同出資者でもあるので、その経営や自分たちの労働時間などについて自分たちの話し合いで決めることができる一方(個人の都合で労働時間を短くしてもらうことも可能)、個人自営業と違って1人が全ての仕事を負う必要はなく、接客担当や調理担当、会計担当や掃除担当など各人の担当を決めることで、各人が自分の分野に集中できるようになります。しかし、日本の労協法では、あくまでも組合員は労協との間に雇用契約を締結しなければならないことが規定されているため、基本的に労働時間は週40時間までに制限されますし、また労働時間に応じて少なくとも最低賃金(2024年7月現在では、都道府県によって違うものの時給896円から1113円)を支払わなければなりません。このため、ワーカーズコレクティブなど、労協法の成立前から実質上労協として機能してきた団体の中には、あえて労協法による労協への改組をせず、NPOなど別の法人格のままで運営を続けることを選択するものもあるのです。いずれにしろ、通常の株式会社のような営利は求めないものの、ある程度の収入が得られれば十分ということで、法人格として労協を選択するかどうかは別として、労協的な働き方をする人が今後増えてくるかもしれません。

動画:ワーカーズ・コレクティブの活動を紹介した
生活クラブかながわさん

 労協モデルが特に注目されるのは、年金収入だけでは生活が心許ない高齢者が、自分たちの収入を多少なりとも増やす目的で自分たちの労協を作ってそこで働き続け、厚生年金や国民年金にその収入を足すことで生活水準を高い状態に保つというものです。労協で働く場合、厚生年金や健康保険の対象にはなりますが、70歳になると厚生年金を、そして75歳になると健康保険を払う必要がなくなるので、労働者としての手取り額は同じでも労協が支払う人件費の総額(所得税や社会保険料などを含む)は減ることになります。このため、高齢者の労働者でも自分たちのスキルを活かして何らかの事業を興すことで、年金プラスアルファの収入を手にして、ある程度余裕のある生活を送ることができるようになるのです。

 また、少子高齢化が増える今後の日本では、高齢協に対する関心もさらに高まることが予想されます。高齢協は、介護やバリアフリーの住宅など高齢者特有のニーズに対応すべく、高齢者自身が立ち上げた消費者協同組合で、現在17府県に存在しています。年を取って体が弱ってくるにつれ、若いときには必要ではなかった各種サービスが必要になってくるのは想像に難くありませんが、そのような中でも何とかできるだけ良質な生活を送れるようサポートしてくれるのが、高齢協の役割です。高齢協は、日本労働者協同組合連合会(JWCU)傘下にある事業団の元組合員が、定年退職後も協同組合運動に関わり続けたいということで発足したものですが、もちろん高齢協の組合員になるには元事業団組合員である必要はなく、さまざまな人が参加しています。

動画:高齢協について廣田が2020年に行った
オンライン勉強会

 高齢者に加えて増えると見られているのが、外国人です。日本は欧米のように積極的に移民を受け入れる政策をこれまで取ってこなかったこともあり、特に1980年代までは移民は少なく、当時は在日外国人の大半がコリアンでしたが(1980年時点では在日外国人のうち84.9%、1990年時点でも69.3%を占めていた)、最新の数字(2023年末時点)によると、在日外国人総数は312万9774人(日本の総人口の2.52%)まで増える一方、その中での在日コリアンの割合は12.0%にまで低下しています。その一方で中国人が82万1838人(同じく在日外国人のうち26.3%)、ベトナム人が56万5026人(同じく18.1%)と増えており、最近の数字ではこの他東南アジア諸国(フィリピンンやインドネシア、ミャンマーなど)や南アジア諸国(ネパール、インド、スリランカなど)の出身者が増えています。

 日本では、猫の手も借りたいほど求人難は今後も悪化すると見られており、リクルートワークス研究所によると2040年には1100万人もの労働力が不足すると見積もられていることから、少なくとも選り好みをしなければ、外国人労働者向けの仕事はいくらでもある状況が考えられます。しかし、彼らの日本滞在期間が数ヶ月からせいぜい2~3年までならともかく、5年以上住み続けて母国よりも日本のほうが彼らの本拠地となると、やはり日本社会の一員として彼らもある程度の日本語力が必要になりますし、特に子どもも日本に滞在している場合、当然ながら日本の学校に通い、ベトナム語やネパール語など母国の言語よりも日本語のほうが得意になるケースも珍しくありません。この場合、日本語が同年齢の日本人の子どもと比べて遜色のない流暢なものなら問題ないのですが、親が子どもの教育に十分対処しきれない場合、親の母語も日本語も中途半端なままの子どもが育ってしまうことになり、これは日本社会にとって大きな損失となります。移民の社会統合には欧米などもかなり苦労しているケースが少なくないですが、子どもの数が急減している日本において、日本語を流暢に操るこれら外国人の子どもは貴重な存在であることを考えると、彼らが学校で落ちこぼれて犯罪に手を染める事態を防ぐために、彼らを何らかの形で統合する必要があるでしょう。

 この点で私としては、2013年に香港で開催された社会的企業サミットで報告された学習塾の例を応用して、現代の日本社会で実施できないか検討してみたいと思います。香港は国際都市なだけあり外国人が多いところで、中国本土のみならずアジア諸国などからの移民が数多く暮らしていますが、これら学習塾では、彼ら移民やその子どもが香港社会に統合できるよう広東語を教えたり、補習塾として学校の授業の内容が理解できない子どもたちをサポートしたりしています。仮に、同じようなことを日本で実現できれば、彼らの日本社会への統合に向けて大いに役に立つはずです。現在のところ日本では社会的企業法は存在しませんが(お隣韓国には存在)、NPOであれば企業や篤志家からの寄付、さらには行政からの支援を受け入れることできるので、外部からの資金援助を受けることができるのであれば、それにより相場より安い価格で(場合によっては無料で)そのような語学学校や学習塾を運営できるようになる可能性が出てきます。そして、移民やその子どもの事情を理解したうえで、時には英語に加え、ベトナム語、ネパール語やインドネシア語など彼らの母語を使って丁寧に教えてゆくことで、彼らの日本語力や日本社会のしくみについての理解度を高めてゆきます。できれば、日本人講師が移民に一方的に教えるだけではなく、先生も移民の母語についてちょっと勉強することで、日本語と彼らの母語との構造的な違いを理解することができ、それにより移民との相互理解を高めてゆくことになるのです。また、外国人に対する社会包摂のみならず、障碍者その他社会的企業が必要とされる分野においても、その事業を担当する社会的企業が寄付を受け取れやすくする法制度を整備することが必要でしょう。

障碍者の能力を最大限に引き出すことで障碍者に雇用を生み出し
彼らの社会的包摂を進めているスペイン・カンタブリア州のNPO「アミカ」のサイト障碍者の能力を最大限に引き出すことで障碍者に雇用を生み出し
彼らの社会的包摂を進めているスペイン・カンタブリア州のNPO「アミカ」のサイト

 また、スペインの社会的包括企業の事例を日本に応用することも考えられます。スペインの社会的包摂企業は、高校中退や長期失業など社会的疎外の危険性が高い人を研修生として一時的に雇用し、最終的に普通の企業に再就職させることを目指して活動しているものですが、ニートが増えて問題になっている現状では、彼らの社会復帰を事業目的とする社会的包摂企業が成功を収めることができれば、社会的連帯経済全体に対する日本社会の関心も高まるかもしれません。

 最後に、日本で社会的連帯経済を推進するうえで大切なこととして、地域ごとのネットワークを創設して、労協や消費者生協、NPOや社会的企業、フェアトレードショップやNPOバンクなどさまざまな事例が相互扶助的な関係を作ったり、ネットワーク主催で見本市やその他イベントを開催して社会的連帯経済について一般の人に認知してもらったり、また行政と交渉してさまざまなアクションを起こしたりすることが挙げられます。実際、私の住むスペインでは、17州のうち15州でネットワークが存在しており、地元に根付いた活動を展開しています。日本では現在のところ、千葉県(つながる経済フォーラムちば)にしか地域のネットワークが存在していませんが、社会的連帯経済の具体的な事例の育成支援だけではなく、経済セクターとしての社会的連帯経済全体を成長させてゆくためには、このようなネットワークづくりの努力を高める必要が欠かせないでしょう。また、首都圏や愛知県などでは比較的社会的連帯経済の知名度が高くなっている一方、地方ではまだまだその知名度は低いままなので、日本全国の関係者に社会的連帯経済という概念を知らせてゆく努力も欠かせないでしょう。

動画:2012年よりバルセロナ市内で開催されている
連帯経済見本市について紹介した動画

 以上、今回は日本における社会的連帯経済の発展のために何ができるかについて、私見を発表しました。皆さんのご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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