パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第68回

移民を取り込む手段としての連帯経済:バレンシア州での事例


 社会的連帯経済の中には、移民支援の事例も少なからず存在しますが、筆者が住むスペイン・バレンシア州には「アフリカとの連帯に向けたバレンシア協会」(略称AVSA、アプサと発音)が存在しており、同協会が母体となって協同組合COTASA(コターサ)が設立されています。今回はこの協会がどのような形で移民を受け入れているかについて、紹介したいと思います。

AVSAがバレンシア州内に保有している
農園や店舗の様子を紹介した動画(19分)

 AVSAは、バレンシア市に隣接するブルジャソット市で不自由な生活を余儀なくされていたアフリカ人に対応する目的で、同市内の教会のボランティアにより2002年に立ち上がりました。2008年にNPOとして法人格を取得し、現在ではバレンシア市内(カトリック教会系の慈善団体カリタスの支援を得てアフリカ系移民に住居を提供)に加え、バジャーダ市(農園)やシャティバ市内(公設市場内に食料品店)、そしてアイェロ・デ・マルフェリット町内(後述する形で就労許可を得た人向けの住宅提供)にも拠点を構えるようになっており、バレンシア市内では注目すべき現象として最近、中南米系移民との間でのコラボも始まっているようです。

 スペインの移民法において特筆すべき点としては、例え非正規移民であっても、3年以上の滞在を証明できれば「社会的定着」(arraigo social、アライゴ・ソシアル)という制度により、就労許可を受けた正規移民になれる可能性が挙げられます(過去2年間に6か月または1年以上の就労を証明できれば、「労働定着」(arraigo laboral)により2年以上の滞在証明でOK)。最初の就労許可(1年有効)を得るのはけっこう大変ですが、一度これを取得すれば更新は比較的簡単で(基本的に1年間のうち9ヶ月以上働いた実績があればOK、更新すると4年有効)、職業選択や自営業開業の自由も得られ、最初の就労許可取得から5年後には永住権も入手できます(日本では永住者資格を得るまでは、基本的に職業に制限がある)。スペインで外国人を連帯経済に取り組む際に、この制度がとても重要な追い風になっていることは見逃してはなりません。そしてAVSAも、この制度を活用してサハラ以南アフリカ諸国出身の移民を受け入れているのです。

ニワトリを飼育中のアフリカ移民(AVSA提供)ニワトリを飼育中のアフリカ移民(AVSA提供)

 AVSAに助けを求める移民は、着の身着のままやそれに近い状態の人が多いので、まずは最低限の衣食住を保証してあげた上で、信頼できる人たちと人脈を作ったりする必要がありますが、この際に移民だけではなく、移民を受け入れるスペイン人のほうも心を開くことが必要になります。アフリカからの移民の多くは、ボートピープルとして北アフリカから密航してスペインにたどり着くことが多いのですが、特に地中海を渡る際に移民仲間の死に直面したり、スペイン到着後もなかなか信頼できる人と知り合えずに精神的にも苦難を抱えていたりする人が多く、そのような彼らの状況を知る必要があります。その一方で移民のほうも、スペイン人と恐れずに接して、普通の人間関係を結べるようにする必要があるのです。

 また、「社会的定着」を利用してスペインの居住・就労許可を取得するには、単に3年間以上済み続けているだけでは不十分で、労働契約を結んだり、その他の条件を満たしたりする必要がありますが、そのためにはスペインで認められた資格(たとえばトラックを運転するならそれに見合った運転免許)を取得する必要がありますし、それ以前にAVSAに助けを求める人の場合、安定した住まいもなく非常に不安定な状況であることも多いため、一時的な住まいを提供するところから始める場合も少なくなく、この場合に家賃の一部をAVSAが負担することもあります。さらに、スペイン社会に溶け込むには当然ながらスペイン語に加え、同協会が位置しているバレンシア州の農村部ではバレンシア語(カタルーニャ語の方言)も使われることから、生活に必要なスペイン語やバレンシア語も勉強してゆくことになります。

 このような研修期間をAVSAで過ごした後、訪問介護(スペインでは日本と違い、高齢者となった家族の介護を依頼する場合、会社やNPOなどに依頼するのではなく、介護できる人を直接雇うことが多い)や農業などで雇用や就労許可を得て、スペイン社会へと入ってゆくことになります。スペイン全国、そして場合によってはフランスやドイツなど別のヨーロッパ諸国にも広がるネットワークを駆使してアフリカ人は就職してゆきます。そして、1年後に就労許可を更新すれば職業選択の自由が得られるので、さらに可能性が広がることになるのです。

 農園では、移民に農業や牧畜、パーマカルチャー関係のスキルを教えたり、高校生などの社会見学関係者にスペインにいる外国人が直面する困難を説明したり、先ほど紹介した社会的定着や労働定着に従って移民が就労許可を得られるようにしたりしています。その一方で、COTASAが運営するシャティバ市内の商店では、農作物やオリーブオイル、コーヒーなどを販売しています。COTASAは協同組合として小規模な事業を行っていますが、そこでも運転手や店番といった形で働いている人がいます。ちなみにAVSAとしては農園や商店の経営にはノータッチで、資金的にはAVSAはあくまでも会員からの会費、月1のパエリアパーティ(バレンシア州では、特に週末の昼に農村部にある離れ小屋などでパエリアパーティを家族や友達との間ですることが少なくない)の際の収入や見学者からの入場料収入、そして州政府や市役所からの補助金で運営されています。

 翻って、日本の状況を考えてみたいと思います。

 在日外国人が抱える最大の問題の一つは、やはり言葉の壁です。「郷に入っては郷に従え」で外国人が日本語を勉強する必要があるのは当然なのですが、日本語そのものが世界の中でも最難関の言語の1つであることに加え、多忙なために語学学習に十分な時間を費やせず、長年住んでも特に読み書きが苦手なままの人が少なくありません。一例として、米国国務省(日本の外務省に相当)のサイトでは、米国人(英語が母語)が外交官として仕事ができる語学力(CEFRでB2、英検だと準1級、日本語能力試験でN2相当)に達するためにどれだけの学習時間が必要かの目安が示されていますが、日本語は中国語や韓国語、そしてアラビア語とともに最難関グループに位置付けられています。スペインに滞在するアフリカ系移民の場合、スペイン語と共通点の多いフランス語が公用語の国の出身者が多いため、スペイン語の習得が比較的たやすくなっていますが、最近では新規在日外国人の大半が非漢字圏出身者になっており、それなりの期間日本に住んでいても、日本語能力試験のN2どころかN4(昔の中学英語レベル)も怪しい人も少なくありません。日本社会で日本人とともに生きてゆくためには日本語力をつける必要がありますが、そのための教材開発(特に外国人の母語でわかりやすく解説した教材)や、その他外国人が無理なく日本語を習得できる諸制度の整備が待たれるところです。

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 次に、スペインにおける社会的定着のような制度が日本にはなく、日本では一旦滞在資格を失うと、正規滞在化するのが極端に難しいという現状があることも挙げられます。これは法制度の問題ですし、今の日本国内の世論を見るとスペインの社会的定着のような制度を導入することには反対が強そうですが、その一方でさまざまな分野で労働力が不足しており、きちんと研修さえ受けさせれば労働力不足の解決に移民が寄与できる可能性も高いことから、これまでのように不正規移民=犯罪者予備軍として一律に追い出すのではなく、労働力不足に悩む今の日本にとっての貴重な助っ人として彼らを受け入れるように法改正する必要があるでしょう。

 スペインと日本では法制度が大きく違うため、今回紹介した事例をそのまま応用することは難しいですが、難民認定を受けた人や日本人と結婚した人などすでに滞在許可がある人の場合、または日本でもスペインの「社会的定着」同様の制度が導入された場合、同様の実践例を実現できるようになると思います。何らかのご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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