鉄道というと、日本を含む多くの国の基盤を支えるインフラとしての重要性が高い一方で、高速道路などと比べるとどうしても維持費用が高くつき、特に地方路線を中心に廃止が続いているというイメージが強いと思いますが、そのような中で運行されなくなった路線を復活させ、貨物列車や旅客列車の運行を目指しているフランスのRAILCOOPについて、今回は紹介したいと思います。
フランスの鉄道というと、ヨーロッパ初の高速鉄道TGVのイメージが強いと思います。TGVは1983年に初の路線パリ<>リヨン間が開通後、少しずつ路線網を拡大し、現在では南はモンペリエまで、東はストラスブールまで、北は国境を越えてベルギー・ブリュッセルやオランダ・アムステルダム、さらにはドイツのケルンまで(TGVではなくタリスという営業名)、ドーバー海峡を越えて英国のロンドンまで(同じくユーロスターという営業名)、西はレンヌまで、そして南西はボルドーまで延びています。さらに、在来線にも乗り入れることで、高速新線が未建設の地域にまで路線網を広げています(スイスのジュネーブやスペインのバルセロナなど)。
確かにTGVは、飛行機との競争が激しくなり、また飛行機による二酸化炭素の排出が問題となる現代においては大切な交通手段ですが、その一方で旅客需要を見込めるパリと地方とを結ぶ路線だけが充実しており、フランス国鉄では地方路線がなおざりにされたり、休止に追い込まれたりしています。そのような路線の一つが、フランス第2の都市リヨンと、大西洋岸の主要都市ボルドーを結ぶ640kmほどの路線で(ちなみに現在日本で最長の路線である山陰本線は673.8km)、2014年に運行が停止されてしまいました。当初は別の路線の復活を目指して2019年11月に発足したRailcoopはこの路線に注目し、5500名もの会員が参加して、2021年3月には開業に必要な資金150万ユーロ(約1億9000万円)の確保に成功しました。まずは2021年夏に貨物列車の運行から始めて、2022年夏には旅客列車を、そして2023年には別の路線(トゥールーズ<>レンヌ線とリヨン<>ティオンヴィル線)も運行を開始する予定です。
リヨンとボルドーはどちらもフランスの重要な街であり、フランス内陸部各地と大西洋岸の港町ボルドーを結ぶこの路線が、旅客と貨物の両方の輸送において、歴史的に重要な役割を果たしたのは間違いありません。確かに今では、飛行機や高速道路を使ったほうが便利で(リヨン<>ボルドー間には航空路線もあり、鉄道で移動するにしてもパリ経由で移動したほうが速く到着)、同組合が運行再開を予定している旅客列車でも所要時間は7時間近くかかるということですが、沿線にはクレルモン=フェラン(約14.4万人)やリモージュ(約13.2万人)、ブリーヴ=ラ=ガイヤルド(約4.7万人)やペリグー(約3万人)などの街があり、観光資源も豊富な地域で、鉄道の再開によりこれら地域への観光客が増えたり、沿線都市間での往来が盛んになったりすることが考えられます。
しかし、協同組合によるビジネスとして考えた場合、やはり何よりも大切なことは、鉄道路線の維持という目的に共感した市民が組合員となり、きちんと出資したうえで路線の維持にあたるという点です。鉄道路線の維持のためにはそれなりの費用がかかり、また赤字を出さずに列車を運行するにはそれなりの運賃収入が必要ですが、協同組合の場合にはあくまでも利用者組合員と労働者組合員の合意の下で、両者にとって納得のゆく経営を実現することが可能です。例えば大家族(3人以上子どもがいる家族)の利用者の場合、家族割引を充実させるよう組合に要請し、経営の立場から労働者組合員ができる限りその要請に応える運賃体系を作り上げます。その一方で、乗客数が少なくて経営が危うい場合、労働者側が利用者側に利用の促進を訴えたり、運賃の引き上げを了承してもらったりすることができるのです。
Railcoopのサイトではよくある質問も紹介されていますが、その中でいかにもフランスらしい質問として、「鉄道だとストライキの心配はないのか?」というものがあります。確かに協同組合でもストライキの権利は保証されていますが、協同組合という法人形態ではストライキはあまり必要がありません。国鉄や私鉄の場合、経営に参加する権利のない労働者がストライキを起こすことで経営者(国鉄の場合は最終的には国)から譲歩を引き出すことができますが、労働者自体が総会に参加し、経営も担当する協同組合の場合、経営方針に反対する一部の労働者による山猫スト以外の形でストライキが起きることはまず考えられません。また、ストライキを行って鉄道の運行を休止すると、それだけ組合の運賃収入が減り、最終的には労働者自体が損することになるため、労働者側にとってメリットはなくなります。労働条件に問題がある場合、あくまでも労働者同士で(労働者協同組合の場合)、または消費者組合員との協議のうえで(消費者協同組合の場合)解決することが望まれているのです。
また、協同組合であることから、鉄道の運行に関して、利用者組合員がさまざまな提案を行うことができ、実際上述のよくある質問では、以下のような提案についてもコメントが出ており、組合側も可能な限りこれら要望に応えようとしています(もちろん、技術面・費用面などで導入可能か検討する必要がありますが)。
- 水素など、温暖化物質を排出しない代替エネルギーの利用(この路線は非電化なので、ディーゼルカーなどが必要になる)
- 振り子列車の導入による所要時間短縮
- 自転車などの車内持ち込み
- 座席のコンセント(列車内でパソコンの電源確保やスマホの充電などが可能に)
- 女性の経営陣への登用(発足人は鉄道現場の人だったため当初の経営陣は男性だけだが、その後女性も登用)
- 新規運行路線の提案
- TGVなど国鉄列車との接続の改善
- 夜行列車の運行
協同組合がバスを運営するケースは世界的に見て少なくありませんが(私が知る限り、たとえばフランスとスペインの間にあるアンドラの国内交通、スペイン・カナリア諸島のラ・パルマ島のバス、アルゼンチンのコルドバ州のバスなど)、特にバスの場合、利用者組合員の要望に応じて新規路線を開設したり、利用者の要望に合わせた時間に運行したりしやすいというメリットがあります(鉄道や路面電車などと違い、インフラを整備する必要がない)。国鉄や私鉄の場合、その経営は経営陣に委ねられ、従業員や一般利用者が直接経営に携わることはできませんが、協同組合であれば利用者が上記のような要望を出しやすくなり、また経営側でも他の問題(技術面・経営面・政府からの許認可面など)がない限り、利用者の要望を積極的に採用することができるようになるわけです。
その一方、日本では協同組合分野が縦割りであり、複数の協同組合を兼ねた法人を設立することはできません。フランスやスペインなどでは例えば、労働者協同組合兼消費者協同組合として設立し、労働者組合員と消費者組合員の両方が総会に出席したり理事になったりすることが可能ですが、日本ではそのようなモデルは認められていないので、消費者協同組合として、または労働者協同組合として(同法施行後)設立・運営することになります。このため、消費者と労働者の両方の声がきちんと反映される仕組みを作ることが大切になります。
さらに、仮に日本で今後、JRや私鉄の不採算路線を協同組合が引き取って運営する場合、鉄道駅の近くに住宅や商店を移転させてコンパクトシティ化を進めることにより、日常生活の中で鉄道が便利になるようなまちづくりが欠かせません。今の日本では、特に地方ではクルマ社会化が進んでおり、通勤や毎日の買い物などをするにも自家用車の使用が不可欠になっているケースが少なくありませんが、高齢化が進んでいる日本では、高齢者による危険な運転を防止する意味でも、自動車に頼らない生活を拡充する必要があり、そのようなまちづくりの一環として協同組合による鉄道運営を位置づける必要があります。JRなどに接続する始発駅の周辺に商店や行政機関、病院などを集めて鉄道の利便性を高めたり、鉄道駅の近くに住宅を集めるか、鉄道駅周辺で駐車しやすくしてパーク・アンド・ライドを推進したり、ゾーン制を採用して基本的に中心区域内での乗り降りを自由にして(東京で例えるなら、たとえば定期券の利用範囲を立川<>四ツ谷ではなく立川<>山手線内に設定することで、渋谷や秋葉原、新橋などにも行けるようにする)追加料金の心配なしで鉄道を利用できるようにしたり、などの工夫が必要だと思われます。
協同組合による公共交通の運営は、単なる運輸サービスの提供にとどまらず、どのような地域づくりをするかというテーマにも密接に関わってきます。今後日本でこのような事例が出てくるかどうかはわかりませんが、日本の皆さんにも何らかのご参考になれば幸いです。