パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第47回

ビットコインなど暗号通貨は法定通貨にできるのか

 去る9月に、中米にある国エルサルバドルが法定通貨として、以前から採用している米ドルに加えて、ビットコインも採用したことが大きなニュースになりましたが、その一方でこの措置に対しては国内外でさまざまな反響を呼んでいます。その中でもスペイン銀行(スペインの中央銀行で、現在では半ば欧州中央銀行のスペイン支店的な存在)は、「法定通貨としての暗号通貨の役割: ビットコインの例」と題した短めの研究を発表しており、そこで数々の問題点について指摘しています。地域通貨の研究者としての私としてのビットコインに対する立場はこちらの記事で表明済みですが、今回は暗号通貨の中でも最も有名な(といっても全ての暗号通貨がこのモデルに従っているわけではない)ビットコインを法定通貨とした場合のメリットや問題点について検討してみたいと思います。

ビットコインを法定通貨に採用した、エルサルバドルのブケレ大統領(Wikipediaより)ビットコインを法定通貨に採用した、エルサルバドルのブケレ大統領(Wikipediaより)

 中米の中でも最も面積が狭い(四国より多少広い21,040km2の国土に650万人ほどの人口を抱えている)エルサルバドルは、1980年代の内戦以降数多くの市民が米国など外国へと移住しており、国外からの送金により同国経済が支えられています(ウィキペディアによると米国在住のエルサルバドル人は、現地生まれの人も含めて230万人ほど、世界銀行によると、2020年の数字では、GDPの何と24%が外国からの送金)。しかし、国際送金は何かと規制が厳しかったり、手数料が高かったりという問題があり、またエルサルバドルに残る家族が銀行口座を持っていない場合、別の送金受領方法が必要となります。そんな中、このようなハードルと無縁なビットコインなどの暗号通貨は、国際送金にうってつけの通貨であり、これを法定通貨することで経済を活性化しようというのが、この措置を推進したブケレ大統領の狙いであるように思われます。この政策の導入が公式に決まった際、ビットコイン関係者など日頃から暗号通貨を使う人たちは、基本的にこの措置を歓迎する意向を示した一方、それ以外の人たちは一般的に冷ややかな反応で、中国政府に至っては逆に暗号通貨そのものの使用や保持を禁止する決定を下したのです。

 エルサルバドルでビットコインが法定通貨に採用された法的基盤は、同国国会が出した政令第57号「ビットコイン法」ですが、スペイン銀行の報告書では、「期待される技術的性格の詳細が欠如」している点がまず批判されています。ドルとビットコインの為替レートは市場の趨勢に任せる一方で、同国に住む人や同国で事業を行う企業は、有無を言わずビットコインを通貨として受け入れる必要に迫られています。また、マネーロンダリングにビットコインが利用されることを防止したり、ビットコイン建てでの取引の学習会を中央準備銀行が開催したりなどの政策が提案されています。

 しかし、価格が安定している米ドルと違い、ビットコインは乱高下を繰り返しており、またあくまでも会計上は米ドルで記録する必要があるため、価値基準の違う2つの通貨による会計で混乱したり、またビットコインが下落した場合には損失を記録したりするという、かなり危うい状態になっています。これは個人や企業だけではなく政府についても言え、せっかく税金として受け取ったビットコインが暴落した場合、国家財政が危機に瀕する可能性があり、すでに国際通貨基金(IMF)や世界銀行がlこの点に関して警告を発する研究を発表しています。

 さらにIMFは、管理の仕組みがあやふやなビットコインを法定通貨にすることの危険性も指摘しています。前述の通り、エルサルバドルでは以前から米ドルが法定通貨として使われていますが、当然ながら国際貿易で最も使われる通貨である米ドルには、世界的な信頼があると言えます。その一方、ビットコインの発行量については2100万ビットコイン以上発行しないという規則しかなく、利用者の増減などにおいて通貨流通量を制御する仕組みは全く存在せず、それにより前述したように価値が不安定な通貨となっています。

 この他にもIMFの報告書では、インターネットへのアクセス能力によりビットコインを使える人と使えない人との格差が生じる問題や、ビットコインの「マイニング」により大量の電力が使われて環境負荷が重くなっている問題も、指摘されています(後者については、大半の電力はエルサルバドル国外で消費されているので、同国内で対処できる問題ではありませんが)。

ビットコインの法定通貨化への反対を表明する、エルサルバドルでのデモ(アルジャジーラより)ビットコインの法定通貨化への反対を表明する、エルサルバドルでのデモ(アルジャジーラより)

 以下、私見を述べたいと思います。
 まず、通貨の発行や管理という、国家主権に密接に関連した業務を他人任せにする態度は、一国の経済を預かる立場にある大統領としてふさわしいものには思えません。確かに同国では2001年より米ドルが法定通貨に採用されており、これによりインフレなどの問題の解決に成功していますが、その一方で中央準備銀行が米ドルを発行することは当然ながら許されておらず、通貨主権が全くない状況が続いています。確かにビットコインを法定通貨化すれば、ビットコインを保有している世界中の人たちの中で、エルサルバドルへの投資に興味を持つ人が出てくるかもしれませんが、その一方で価値が不安定な「通貨」の押し付けによる同国経済や同国政府財政の混乱が発生する可能性を考えると、最善手には程遠いといえるでしょう。

 また、通貨の価値が不安定であるということは、ビットコイン建てでの融資が行われないことも意味します。たとえば1ビットコインが100万円のときに、ある人が住宅ローンを申請して20ビットコイン(2000万円)を借りたとします。その後ビットコインが200万円に跳ね上がると、この人のローン残高は20×200万円=4000万円(ここでは便宜上、利子を無視して考えます)となってしまい、債務負担が急激に重くなってしまいます。その一方、逆にビットコインが50万円に下落すると、借りた人の負担は楽になる一方、貸した側は大損してしまうことになります。このようにビットコインだと長期的なリスクが大きいことから、ビットコインよりも米ドル建てで融資が今後も行われるものと思われます。

 前述のビットコイン法の条文を読むと、その制定の理由の一つとして「エルサルバドル人の約7割が銀行口座を持たない」というものがあります。確かにエルサルバドルに限らず、途上国では銀行口座を持たない人が多く、日本在住者なら誰もが利用可能な各種サービス(銀行振り込みやATM、クレジットカードなど)を多くの市民が利用できない状態ですが、それの解決が目的であれば、同国外で主に管理されているビットコインではなく、中央準備銀行自体が直接管理できる中央銀行デジタル通貨(CBDC、詳細はこちらの記事を参照)を発行するほうがより適切です。すでにフロリダ沖にある独立国バハマでは、中央銀行によりサンド・ダラーが導入済みであり、日銀を含む世界の中央銀行がCBDCについての研究を行っていますが、少なくともエルサルバドルであればCBDCを導入して同国市民や同国在住の外国人が誰でも中央準備銀行に口座を開けるようにして、この口座で外国からの送金を受け取れるようにすれば十分な気がします。

 さらに、ビットコインでは通貨の発行において、マイニングによる電力の無駄使いがよく指摘されていますが、これに加えて基本的にフィアット通貨(担保なしの通貨)として発行されるため、何らかの理由でビットコインの人気=需要が急減すると、それに応じてビットコインの価格も暴落する問題も抱えています。ビットコインの価格決定のメカニズムは、基本的に株式市場と同じく市場の相場によるものですが、株式会社の場合にはその会社の資産が担保になっている(たとえば、100万株を発行しており、資産から負債を差し引いた金額が10億円の会社の場合、1株あたりの価値は10億÷100万=1000円と考えられる)のに対し、ビットコインにはそのような清算のメカニズムが全くないため、何かの理由でビットコインの使い勝手が悪化すると、ただちに価格が下落する恐れがあるのです。実際には、米ドルなど法定通貨を、または貴金属などの諸商品を担保として流通しているステーブルコインも登場しており、ビットコインは暗号通貨の中でもやや古典的な存在になり始めていますが、乱高下することで投機筋を呼び込むのに適している通貨よりも、価値が安定していて中長期的な交換の道具として使える通貨のほうが、国内経済の振興により適していることは間違いないでしょう。

 その一方、誤解されることも多いですが、暗号通貨を支える技術であるブロックチェーン自体には、私は好意的な立場です。ブロックチェーン自体は、悪意のある書き換えを防ぎ大切な情報を正しく保存する仕組みとして確立していますが、そのブロックチェーンの技術を通貨管理に応用すること自体には、私は反対しません(そしておそらく、CBDCが世界各地で導入される際には、その信頼性を高めるためにブロックチェーンが使われるものと思います)。しかし、ビットコインにおいては、通貨発行やその担保、さらには通貨流通量の管理においてかなり欠点があるように思われるため、これについて改善する必要があるというのが私の考えです。逆に言うと、ステーブルコインなど中央銀行から信頼されるような仕組みを備えた暗号通貨が登場すれば、その通貨が唯一の、あるいは従来のものと並行しての法定通貨になる可能性もなくはないでしょう。

 エルサルバドルの取り組みは確かに先進的なものであったため、世界各地の注目を呼び起こすことになりましたが、個人的にはかなり見切り発車的な政策であったような気がします。とはいえ、各国経済の健やかな発展には適切な通貨制度の導入が不可欠なことも確かなので、世界各地の中央銀行や金融関係者などが、エルサルバドルの教訓を踏まえたうえで、より適切な通貨制度の研究や導入に取り組むことを期待したいと思います。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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