パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第13回

キューバにおける協同組合の展開

 明けましておめでとうございます。今年もこの連載をよろしくお願いいたします。

 さて、前回に引き続き、今回も私のもともとの専門である社会的経済について取り上げます。折しも本日(2019年1月1日)はキューバ革命60周年ということもあり、最近同国の協同組合について刊行された、その名も「キューバにおける協同組合運動」という研究書の内容を紹介したいと思います。

研究書「キューバにおける協同組合運動」の表紙研究書「キューバにおける協同組合運動」の表紙

 キューバでは革命以降、カストロ兄弟(フィデルとラウル)が実質的な政治指導者として長年同国を支配してきましたが、昨年4月にラウルが退任し、革命後に生まれたミゲル・ディアス・カネルが最高指導者の地位に就任し、その関係で憲法や協同組合法などの改正論議が進んでいます。このような中で、スペインのバレンシア大学やバレンシア州政府がこの研究に関心を示し、キューバとスペインの共同プロジェクトとして編纂されたのがこの研究書です。ちなみにキューバ独立の父であるホセ・マルティ(1853~1895)は、私が現在住んでいるバレンシアで幼少時を過ごしており、同市内にある彼が暮らした建物には、記念碑も設置されています。

 キューバでは、19世紀末の独立戦争後に国土が荒廃したことから、小規模農民が集まって日本でいうところのもやいに相当する相互扶助が始まりましたが、協同組合が法的に最初に規定されたのは「流通、農業、工業、消費およびその他の性格を問わず協同組合企業の結成は、法律の支援を受ける
という、1940年憲法第75条の条項でしたが、残念ながらその後、1959年の革命まで協同組合法が成立することはなかったため、この憲法の規定は空文化することになります。革命以前のキューバでは農協や信用組合は多少存在したものの、協同組合運動として盛り上がりを見せることはありませんでした。

 革命政権樹立後、当然ながらこのような状況にも大きな変化が生まれます。他の中南米諸国の例に漏れず、革命前のキューバでは大土地所有制の下で裕福な地主が小作農家を酷使する経済状況が続いていましたが、日本の農地改革のようにこれら土地が政府に接収されて協同組合となり、それまで貧しい生活を強いられていた小作農家の生活が改善しました。また、すでに土地を持っていた零細農家に対しては協同組合を結成して集産化を進めました。本記事の発表時点では依然効力を保っている1976年憲法では協同組合についてはほとんど言及がありませんでしたが、1987年に改正された民法の第145条から第149条にかけて協同組合による所有が認められ、その後1982年に農協法が、そして2002年に農業と信用・サービス組合法が成立することになりますが、信用・サービス組合はあくまでも零細農家を補佐する役割のみを果たすということで、農協中心の協同組合法制度が維持されていました。

 しかし、2012年に農協以外の協同組合(以降「非農業組合」)の設立が認められるようになると、建設や輸送、製造業や飲食業、会計サービスなどさまざまな分野で協同組合が設立されるようになり、また今年2月に国民投票にかけられる予定の新憲法では、前述した民法の規定を追認する形で、協同組合による財産の私有が認められる予定です。このようにキューバでは、協同組合運動自体が過渡期にあります。社会主義国家体制を堅持するキューバでは、教育や医療、テレビやラジオ、映画や博物館・美術館などの運営は国家の専権が続く一方、それ以外の分野では民間企業の参入が認められるようになっており、その中には当然ながら非農業組合も含まれます。しかしながら、あくまでも社会主義体制の枠内で活動が認められており、その体制と整合性のない経済活動は認められないことには留意する必要があるでしょう。同書のキューバ人執筆者らは、協同組合に対して政府の介入が認められている現行法は、国際的に認められた協同組合の第4原則「自治と自立」に反すると反発しており、このような理念をキューバ政府も理解すべきだと主張しています。また、設立のためには州政府と全国政府のさまざまな当局からの認可が必要な現制度にも批判的で、設立の簡素化や設立支援組織の設立も提唱されています。

 また、上記の規定により、非農業組合の中でも労働者協同組合以外は法制度上認められていない点も強調する必要があるでしょう。特に消費者協同組合は、消費者の具体的な需要(たとえば有機食品や学用品、再生可能エネルギー)を満たす目的で日本を含む世界各地で発展してきていますが、当然ながら前述の規定の枠組みに入らないため、現在のキューバの法制度では設立できません。同書でキューバの法制度を紹介したオレステス・ロドリゲス・ムサ氏は、憲法において協同組合独特の法人形態を認識し、それを受け入れるような法制度を整えることを推奨しています。確かに協同組合原則は同国の社会主義原則に反するものではなく、消費者協同組合などを非合法化する根拠に乏しいことから、この点に関してキューバ国内の法学者や国会議員の間で議論が深まり、各種協同組合の設立を促すような法制度が整備されることを祈りたいと思います。

キューバ国内の非農業組合を紹介した動画
自動車修理組合、法制組合と会計事務組合の3つの事例が紹介されている

 またキューバでは、長年政府からのトップダウン式の社会運営が続いていたことから、ボトムアップ型の市民参加型運営に対する意欲があまり見られないという問題があります。このため、フォローアップやインキュベーションなどを行ったり、地域経済開発計画の中で地域の事情にふさわしい事業を選定したりすることで、協同組合が首尾よく立ち上がる手伝いをすることも欠かせないと、ロドリゲス・ムサ氏は語っています。

 キューバ政府の統計によると、2018年第3四半期(7月~9月)現在において同国内には協同組合は5320組合存在し、そのうち非農業組合は434組合となっています。地域別に見ると、農協は全国各地に遍在している一方、非農業組合はその過半数(260組合)が首都のハバナ市に偏っており、同市に隣接するアルテミサ州(68組合)を含めるとキューバ全国の非農業組合のうち実に4分の3がこの地域に偏っていることになります。

 協同組合は、基本的に外部資本家に配当する必要がなく、組合の余剰金は基本的に組合員全員で配当するという非資本主義的性格から、社会主義体制と比較的親和性が高い法人形態だといえます。革命前のキューバは、農村では小作農を酷使して大地主が儲けており、また都市では米国系資本により開発された各種リゾート施設が林立する一方、その繁栄の恩恵にありつけない一般市民が数多く存在したことから、革命政権である現政権はできるだけ富の再配分を行うべく社会主義を採用してきましたが、当然ながら国営企業だけでは労働者のモチベーションが上がりません。確かに農業については集産化でそれなりの成果が出ましたが、それ以外の分野でも、自分たちが頑張って稼げばそれだけ利益を山分けできる協同組合という制度をうまく活用して、経済活動を推進して国力をつけることが大切になります。また、物資不足が続いている同国の現状を考えると、一般市民が手頃な価格で各種商品やサービスを入手できるようになる消費者協同組合が増えると、それにより生産活動も増え、最終的に国力が高められるというメリットもあるため、この点でも国会議員には理解をお願いしたいものです。

 キューバは長年米国の経済制裁を受けており、特に同国を経済的に支援していたソ連が1991年に崩壊すると経済が一気に悪化しました。経済制裁により各種資材の調達が非常に困難な中、特に農業や医療の分野において独自の非常に興味深い取り組みが行われており、日本でも吉田太郎氏の著書を通じて広く知られています。キューバが社会主義の楽園だというつもりはありませんが、非常に限られた経済力の中で高い教育や医療などを実現しているキューバの制度については、日本でも参考になる点があるはずなので、食わず嫌いせずに一度同国関係者と交流すると、何か得られるものがあるかもしれません。

有機農業の重要性を訴える、いかにもキューバらしい動画

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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