社会的連帯経済には、経済活動そして社会運動という2つの顔があり、その推進や発展においては別々の活動が必要となります。これについて、今回はちょっと見てみることにしてみたいと思います。
最初の顔は、経済活動としての社会的連帯経済です。協同組合(第92回)や非営利団体、財団や共済組合といった法人格は世界どこにでも存在しており、どちらかというと連帯経済側に分類されるフェアトレードや産直提携、補完通貨(地域通貨)や倫理銀行などについても、世界各地に実践例があるということから、実質上世界中のほぼ全ての地域に社会的連帯経済が広がっていると言えます。そしてこの点では、特に消費者生協の面で日本は世界でも有数の存在であり、国際会議に出るたびに私も、いろんな国の人が日本の消費者生協の発展を評価する声を耳にしてきました。もちろん、それ以外の分野でも各種事例が存在しています(残念ながら労働者協同組合については、日本では制度化されていませんが)。
経済活動としての社会的連帯経済の場合、他の経済活動同様、普通に事業を行ってゆくことが欠かせません。たとえば有機食品店を開く場合、毎日決まった時間に店を開けて営業したり、必要であれば地元の新聞に折り込みチラシをはさんでもらったり、フリーペーパーなどに広告を出したりして、顧客を獲得する必要があります。また一般企業同様に、製造管理や労務管理なども必要となってきます。
とはいえ、社会的連帯経済に属する企業が経営を行う場合、単に利益だけを追求するわけにはいきません。確かに、赤字を出し続けたら事業がつぶれてしまうため、そうならないようにするためにさまざまな努力をする必要がありますが、同時に協同組合の7つの原則に代表される理念をしっかりと持ったうえで、その実現に向けて邁進してゆく必要があります。フェアトレードのコーヒーショップであれば、仕入れ価格が安いからといって従来の流通ルートからコーヒーを仕入れるのではなく、あくまでもフェアトレードの理念の下で生産されたコーヒーのみを取り扱い、現地の生産者の生活水準の向上に取り組むことが欠かせません。
しかし、このような事例が多い国であっても、社会的連帯経済が全体に盛んであるとは必ずしも言い切れません。社会的連帯経済が社会的連帯経済たる理由は、上記の各分野が縦割りで分断され、相互に無関心なまま自分たちだけの利益を追求するのではなく、たとえば有機農家と社会的企業、倫理銀行と消費者協同組合などの間で社会的連帯経済という自己意識を共有した上で、各種運動を展開している点が挙げられます。日頃はそれぞれ自分の専門の業務を行うものの、同じ目的を持った仲間として機会があれば協力してゆこうというわけです。
この点では日本は、残念ながら世界でも進んでいるとは言えません。社会的連帯経済関係者のネットワークは全国レベルでも地方レベルでも存在せず、そもそも社会運動として全く組織化されていないのが現状です。社会的連帯経済のさらなる発展のためには、各事例の支援のみならず、運動全体の強化が必要になります。また、世界的に見てもこのようなネットワークや組織がきちんと機能している国は少なく(CEPESやREASがきちんと機能しているスペインや、ブラジル連帯経済フォーラムが活発に動いているブラジルがその代表例)、世界的に見てもこの分野ではまだまだ発展途上だと言えます。
経済活動と社会運動という社会的連帯経済の2つの側面は、ミクロ経済的な側面とマクロ経済的な側面と言い換えることもできます。ミクロ経済とは、一個人あるいは一法人としての企業や協同組合、あるいは自営業者や家族経営企業などの経済活動を指すものである一方、マクロ経済とは世界経済あるいは日本経済といった大枠のことを指します。地元の商店街(商店街も協同組合の一員)やフェアトレードショップの活性化がミクロ経済的な社会的連帯経済の推進であるならば、より持続可能で万人のためになる経済活動構造を求める社会運動は、マクロ経済的な社会的連帯経済の推進であるわけです。
◁RIPESSのロゴマーク
このような自己意識の共有の基盤となるのが、各種憲章です。全世界的なものとしてはRIPESS(大陸間社会的連帯経済推進ネットワーク)が採択したRIPESS憲章があり(日本語訳、私の解説記事)、この他にも国レベルではスペインのREASの憲章(解説記事)やブラジル連帯経済フォーラムの憲章(日本語訳、解説記事)などもありますが、社会的連帯経済という理念を確認するには、このような形で文書化することが欠かせません。また、このような憲章を制定する際に、世界人権宣言や持続可能な開発目標などを参照として、基本的人権や持続可能な開発のために何が必要とされているのかを理解した上で、その理念を憲章に盛り込むことも欠かせません。
このような社会運動としての社会的連帯経済を日本で推進するには、まず全国をカバーするネットワークを結成した上で憲章を制定してゆく必要があります。全国ネットワークやその地方組織を作ってゆくことの大切さについてはこちらですでに書いた通りですが、全国ネットワークと地方ネットワークは以下のような役割を担うことになります。
- 全国ネットワーク: 北海道から沖縄まで各地の情報を共有して全国向けに再配信したり、地方ネットワークが未結成の地域では地方ネットワークの結成のために支援を行ったりする他、社会的連帯経済の業界団体として国会議員や中央省庁に各種支援を訴えたりします。これに加え、社会的連帯経済が世界的なネットワークであることから、世界の最新動向を日本に伝えて日本の関係者に伝えるだけではなく、逆に日本の情報を国外に発信したり(最低英語、できればフランス語やスペイン語など、社会的連帯経済分野で重要な言語にも翻訳して)、あるいは世界各地で開催される会議に参加したり、または海外から日本への視察などの窓口になったりすることが求められます。
- 地方ネットワーク: 東北や九州などの地方単位、あるいは行政との折衝という観点からは都道府県という単位でのネットワークになります。このネットワークは地域内で日頃活動している団体が協力する枠組みとして機能し、都道府県庁や議員、あるいはその都道府県内にある市区役所や町村役場、議員などに社会的連帯経済の推進を要請したり、地域内で社会的連帯経済の推進関係イベントを行ったりします。また、社会的連帯経済関係団体間の協同という観点では、この地方ネットワークで日頃から顔を合わせることで相互信頼を高め、技術支援や事業資金などが必要になった際に、ネットワークに加盟する諸団体から協力を仰げるようにすることも、社会的連帯経済の推進においてはカギとなります。
このようなネットワークが結成されたら、運動を強化するための場所として定期的に各地で会議や見本市を開催することが大切になります。しかし、会議と見本市との間ではかなり性格が違いますので、そこについて強調したいと思います。
▲メキシコでの連帯経済見本市の様子
会議の場合、海外から専門家や実践者を読んで海外の最新情報を日本国内の関係者と共有したり、日本国内や地域内でのさまざまな事例について発表したり、あるいは各事例が抱えている各種問題を話し合ったりする場所になり、社会的連帯経済関係者内での結束を固める性格が強くなります。また、市民センターなど屋内の建物で行われるため、そもそも社会的連帯経済関係者以外の人がこの会議に飛び入り参加することはほぼ不可能です。
それに対して見本市の場合は、人通りの多い広場や公園などで行うことにより、社会的連帯経済のことを全く知らない人にもその理念や実践例を紹介することができます。会議ほど専門的な議論はできませんが、そのかわり誰でも飛び入り参加して社会的連帯経済のことをわかってもらえるようになるため、一般の人に社会的連帯経済について知ってもらうには絶好の機会だと言えます。また、これを機会に社会的連帯経済による製品やサービスを知ってもらうことができ、新しい顧客の獲得にもつながり、営業面でもプラスの効果が出ますが、会議ではこれは難しいでしょう。もちろん、単に商品を売るだけではなく、社会的連帯経済関連の講演会など各種啓蒙活動も欠かせません。
このため、会議と見本市は、両方とも大切だと言えます。見本市では社会的連帯経済を一般の方に知ってもらうことが目的である一方、会議では社会的連帯経済に日頃から取り組んでいる人たちが、より専門的な立場から課題を検討することになります。また、会議にしろ見本市にしろ、社会的連帯経済関係者だけで行う場合もあれば、それ以外の目的の会議や見本市に社会的連帯経済関係者が参加するという形もあるでしょうが、このような形を通じて推進活動を行うこともできます。
この他、行政と良好な関係を築いて、社会的連帯経済の推進のために協力してもらうことも、社会運動としての社会的連帯経済において欠かせない側面です。行政から受けやすい支援としては、たとえば現在はNPOに限られている各種支援事業の適用範囲を社会的連帯経済全体に広げたり(例: NPO支援センター>社会的連帯経済支援センターへの衣替え)、既存の中小企業向け各種支援制度を協同組合やNPOも利用できるようにしたり、あるいは地元で行われている夏祭りなどに社会的連帯経済関係者が出店できるようにしたりすることなどが考えられます。確かに社会的連帯経済は日本ではまだまだ未知の概念ですが、これを推進するためには巨額の予算は必要なく、むしろ既存の制度を社会的連帯経済の推進向けに活用することにより、最低限の経費でかなりの効果を出すことができるのです。
以上、ミクロ経済やマクロ経済という表現の助けも借りで、毎日の実践としての社会的連帯経済と社会運動としての社会的連帯経済の違いを紹介いたしました。このような観点から、日本でも社会運動としての社会的連帯経済の組織化に向けた取り組みが行われることを期待しております。