廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第90回

中南米のスペイン語圏諸国におけるフェアトレード、およびその課題

 今回は、前回(第89回)に引き続き「ブラジルおよび中南米における公正連帯取引」の内容を紹介したいと思います。前回はブラジルの事例紹介でしたが、今回はブラジル以外の中南米諸国の事例や、フェアトレードが抱える課題に焦点を当ててゆきます。なお、通常はフェアトレード(英fair trade、葡comércio justo)と呼ばれますが、この本では「公正連帯取引」(英fair and solidarity-based trade、葡comércio justo e solidário)」という表現になっているため、それを尊重したいと思います。

「ブラジルおよび中南米における公正連帯取引」の表紙

◀「ブラジルおよび中南米における公正連帯取引」の表紙

 UCIRI(海峡地域先住民地域社会連合)は、さまざまな先住民地域社会54ヶ所から構成されるもので、1983年の結成以来、先祖代々の土地や伝統的習慣を守り続けています。先進国向けのコーヒーの輸出を1985年に開始し、1989年にはフェアトレードの認証を取得しています。現在では、当初のコーヒーに加え、ジュースやパッションフルーツのジャムも販売しており、2014年の売上高は65万米ドルとなっています。メキシコでは以前は先住民に対する偏見がありましたが、彼らの勤勉さによりその偏見が現在ではなくなっており、彼らの商品を買ってくれる消費者を見つけやすくなっています。また、個人主義の傾向が強まる一方である現代の潮流の中、あえて広場での市場での販売に力点を置くことで、人間同士の関係の構築を追求しています。

 次に、フェアトレードの歴史が説明されます。フェアトレードについては1960年代以降、世界各地で事例が勃興していますが、最初にできた認証制度は1980年代末のマックス・ハヴェラールで、フェアトレードの一定基準を満たしたコーヒーに対して認証が発行されるようになりました。これによりオランダではフェアトレードのコーヒーの市場シェアが0.1%から約3%にまで増え、またフェアトレードの商品が各地のスーパーなどに並ぶことにより、フェアトレードに対する認知度が向上しました。その後各地で同様の認証制度が生まれた後、1997年にフェアトレード・ラベル(FLO)という形で国際的な制度が発足し、さらにコーヒー以外の諸製品もフェアトレード認証の対象となりました(お茶、カカオ、バナナ、砂糖、オレンジジュース、綿、お米、ワイン、民芸品など)。

FLOのマーク

◀FLOのマーク

 このようにして、コーヒーの全世界的認証制度としてFLOが設立した際に、その中南米支部として設立されたのが、中南米カリブ中小フェアトレード生産者調整機構(CLAC)です。1996年に創設されたこのネットワークは、2004年にメキシコのオアハカ市で開催された会議で、製品ごとのネットワークや各国のネットワークの強化、中小農家の利益の推進、中小農家向けの適切な基準作り、そして地域内外の消費者との提携など活動方針に加え、民主的運営、参加、連帯、平等、尊重、透明性および環境への取り組みといった価値観が承認されました。現在製品ネットワークとしては、コーヒー、バナナ、蜂蜜、カカオ、ジュース、フルーツや砂糖などが存在しています。大きな課題としては、中小農家にとって達成困難な基準があるため、本来なら中小農家を支援すべきフェアトレードが大企業有利という本末転倒を起こしているため、この問題にどのようにして対処するかという点が挙げられます。

 次に、エクアドル政府によるフェアトレードの推進政策が紹介されています。フェアトレードタウンなどによりフェアトレードの推進に行政がそれなりに積極的な先進国と違い、途上国では一般的に政府はフェアトレードに無関心な中、同国ではフェアトレード推進のための国家戦略(2014〜2017年)を打ち出しており、またこの戦略以外の各種支援も提供されています。同国では2006年に左派のラファエル・コレア大統領が就任後、2008年の憲法でスマック・カウサイ(スペイン語でブエン・ビビール、「環境に調和しつつ人間らしい生活を送ること」)という概念が国づくりの基盤として導入されました。同戦略では中小農家が抱える問題として投資額の少なさ、生産流通コストの高さ、生産性や品質の低さなどが挙げられており、同国政府もこの分野での投資を増やしていますが、まだまだ不十分であり、またこの記事の執筆時点ではこの戦略が実施されていません。

 エクアドルでは2011年に民衆連帯経済法が成立しましたが、フェアトレードの推進もこの法律の精神の下で、地域発展の一環として行われているほか、「公平な国」として対外的に自国を宣伝する道具としてフェアトレードが使われています。フェアトレードが民衆連帯経済の一員として認定されていることから、同国ではフェアトレードの生産者は融資や各種支援を受けられやすくなっており、また輸出や税制面においての支援制度も存在しますが、公共調達の面でまだまだ制度化されていないという課題を抱えています。

 ウルグアイでは、南北関係の公正化にとどまらず、国内や南米域内での取引においてもフェアトレードの考え方が浸透しており、日本でいうところの産直提携や地産地消的な取り組みも広がっています。先進国の裕福な消費者が途上国の農民を支援するという枠組みではなく、国内の生産者と消費者が対等な立場で、そして連帯経済の理念の下で新たな関係性を作ってゆくことが強調されています。また、同国では連帯経済自体についても、主にブラジルの影響を受けて国内ネットワークが成立し、その中で産直提携的なフェアトレード事業が始まっています。また、最近では羊毛による繊維加工を行う女性緒協同組合がフェアトレードに参加するようになっています。

 最後に、このように発展してきたフェアトレードについて、今後の展望や課題をまとめてみたいと思います。

  • スローフードや有機食品、食糧主権や連帯経済、原産地表示や企業の社会的責任(CSR)、そして地産地消(フードマイル)や持続可能な開発などへの関心: 従来型の経済を疑問視し、それに対する代替案としてさまざまな概念が出現しており、フェアトレードを後押ししている。
  • 市場シェアを伸ばして主流経済に合流するか、それともあくまでも社会運動としての性格を保つのか?: フェアトレードは順調に成長を続けてきたが、これにより多国籍企業なども参加するようになっている。基準さえ満たせば多国籍企業もフェアトレードの仲間として認めて、フェアトレード商品の占める割合をもっと増やしてゆくのか、それともあくまでも本来の社会運動としての性格を重んじ、その性格を尊重するNGO系だけを認めるのか。
  • 零細農家にとって重荷となっている認定基準: フェアトレードの商品であることを認定する目的でFLOが設けた基準自体が、特に零細農家にとって重荷になっており、最終的に多国籍企業や大農園などを利するだけになるという皮肉な結果になっている現状をどう変えてゆくか。
  • 大企業による「フェアウォッシング」: 実際には倫理的に問題のある行動も少なくない大企業が、フェアトレードの認証に合格することでイメージを不当に改善できてしまう問題。
  • 南北問題の根本的な解決には至らない: 先進国が高度な工業製品などを作って途上国に売り込む一方、途上国は農産物や各種鉱物など原材料を輸出するだけという役割分担自体にはメスを入れず、むしろそれを温存している問題。
  • 先進国の消費者が支払う代金のごく一部しか途上国の生産者の手に入らない: 通常の製品よりはましとはいえ、途上国の生産者から先進国の消費者にまで商品が渡るうえで数多くの流通コストが追加されるため、最終消費者が支払う代金に占める生産者への支払代金はどうしても少ないまま。
  • 途上国の生産者だけが透明性を求められる現状: フェアトレードの商品が消費者の手に届くまでにはさまざまな流通経路をたどる必要があるが、特に先進国側においては透明性が要求されない。極論すれば、途上国の生産者には透明性を要求する一方、先進国側の流通・小売業者がいわゆるブラック企業であっても問題視されない。

 この本は、フェアトレードについて、中南米の観点からさまざまな考察を行ったものであり、特にフェアトレード関係者にとって興味深いものとなっています。文章自体はそれほど難しいものではありませんので、ポルトガル語やスペイン語が苦手な方でもグーグル翻訳などを活用してご一読いただければ幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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