最近ブラジルで、「ブラジルおよび中南米における公正連帯取引」(原題Comércio Justo e Solidário no Brasil e na América Latina)という論文集の本が刊行されましたので、今回および次回はこの本についてご紹介することにしたいと思います。今回は第1章のブラジル編を、そして次回はブラジル以外の中南米諸国の事例に焦点を当てていきます。なお、通常はフェアトレード(英fair trade、葡comércio justo)と呼ばれますが、この本では「公正連帯取引」(英fair and solidarity-based trade、葡comércio justo e solidário)」という表現になっているため、それを尊重したいと思います。
◀『ブラジルおよび中南米における公正連帯取引』の表紙
ブラジルにおいて公正連帯取引は、2010年11月17日の政令7358号によって創設された全国公正連帯取引システム(Sistema Nacional de Comércio Justo e Solidário, SCJS)が管轄しており、同システムは全国各地における事例の認定や推進のための諸活動を行っています。その後、公正連帯取引の適合性認証(CERTSOL)が定められており、認証を希望する団体は認定当局による立ち入り調査を受け入れる必要があり、またCADSOLと呼ばれる事例の登録システムを利用することもできます。
SCJSについては、2001年よりブラジルで始まったフェアトレード関係者の努力の結晶と言えます。SCJSは、ブラジルレベルでの統一した基準確保と関連政策の推進という2つの課題を背負っており、このため経済的のみならず政治的なものにもなっています。また、この基準作りで活躍したNGO「Faces do Brasil」は、ブラジル独自の事情に配慮して、ブラジルにおける公正連帯取引について以下の7原則を定めたうえで、ブラジル全国各地への啓蒙活動、基準遵守の認証機構の構築、公正連帯取引の関係者(フェアトレードや有機野菜の専門店、大規模小売店、市場など)との連携強化、そして消費者への意識啓発活動が課題であるとしています。
- 民主主義と自主運営の強化、言論の自由・結社および文化的アイデンティティの尊重
- 生産者に対して公正かつ人間らしい労働や賃金の条件を提供する生産、価値の付加および販売の公正な条件
- 持続可能で、地域の社会環境や文化の持続可能性に取り組む地域開発の支援
- 環境および持続可能な開発の尊重
- ジェンダーや世代、そして民族間における平等を推進する、女性・子ども・若者・高齢者および民族集団の権利の尊重
- 取引関係の校正さおよび責任ある消費のための教育を保証する、消費者の権利についての通知および保護
- 公正連帯貿易の原則や実践に向けて、継続した研修教育プロセスへの、生産網の関係者全員の統合および連携
連帯経済局の調査では、2007年に1万9000件の連帯経済の事例があり、約4億9145万レアル(約295億円)に達していたことが明らかになっている一方で、64%もの事例が販売網の構築に課題を抱えていると答えており(特に大消費地サンパウロ州から離れた地域)、経済的(全国あるいは地域での連帯に基づいた販売網を効果的に構築)、教育的(意識啓発活動)そして政治的(社会公正や正義の推進の保証)分野での行動が必要とされています。
同国南部サンタ・カタリーナ州の州都フロリアノポリス市では、女性たちが立ち上げた「Ilha Rendada」(織物の島)と呼ばれるレース編みのプロジェクトです。同市内には、大西洋に浮かぶポルトガル領のアゾレス諸島からの移民の子孫が住む伝統的なコミュニティがあり、ここでは伝統的に男性は漁業を、そして女性はレース編みを生業としており、現在でも250名ほどの女性がレース編みに携わっています。しかし、1980年代に始まるグローバリゼーションにより外国産の安い商品が大量にブラジルにも流入するようになり、この伝統産業が危機にさらされたことから、収入源の確保のみならず伝統芸能の保存も含めて同プロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトでは週4時間、合計で128時間の研修があり、ここで女性らはIT、起業家の行動(事業計画の作成を含む)、人事管理、財務、マーケティング、輸出、女性の健康および品質について学習しています。
◀Ilha Rendadaのサイト(英語版)
主にブラジル北東部の伝統民芸職人への支援を目的として活動しているARTESOLは、その構想が1998年に生まれ、2006年には世界フェアトレード機構(WFTO)に加盟しました。伝統民芸の場合、仲買人による製品の買い叩きや素材の持続不可能な生産方法、男女不平等や児童労働、さらには販路確保などの問題があるため、そのあたりで各種研修により指導を行う一方、クリエイティブ経済などの文脈で手工芸の価値が見直されている中、伝統民芸の重要さを説いています。16の伝統民芸団体の加盟社に対してARTESOLが行ったアンケートでは、生産技術や価格設定の技能はあっても、若者の参加や経営手法、販路確保などに問題があり、また誰もフェアトレードという概念そのものを知らないという現状が明らかになったことから、伝統民芸の全国ネットワークを作ったり、フェアトレードの概念を周知させたり、他の中南米諸国の事例を紹介したり、販路を拡大したりする活動が行われました。
また、アグリツーリズムのプロジェクトも始まっています。農家が主役となって滞在型ツーリズムを提供しています。サンタカタリーナ州南部では酪農に見切りをつける人が多かったのですが、特にドイツ系移民の子孫が多く、今でも独自の伝統を維持していることを活かして、滞在型観光という付加価値をつけて地域おこしをする運動が1998年に始まり、現在では120家族がこの事業を起こしています。これにより副収入のみならずアイデンティティの回復(訪問者から農園を褒めてもらうことで農家の自意識が改善)、女性の社会参加の促進や若者の訪問増などといったプラスの影響が生まれた一方で、観光偏重で本業の酪農が疎かになる可能性や問題のある観光客の来訪などの問題も指摘されています。
この他、衣服の生産に必要な綿を連帯経済関係者から調達するJusta Tramaというプロジェクトについても、同署では紹介されています。
フェアトレードという単語は多くの場合、先進国に住む消費者と途上国に住む生産者との関係を叙述する際に使われますが、ブラジルで注目すべきは、国内において同様の関係が構築されている点です。ブラジルは国内での経済格差が非常に大きな国で、サンパウロやリオなどには非常に裕福な人が多数住んでいる一方、特に経済的に貧しい北東部や北部では、最低賃金(2016年現在で880レアル、約2万8000円)未満の生活を余儀なくされている人もまだまだたくさんいます。また、総人口が2億人近くに達していることもあり、世界で第9位(イタリア規模)の経済規模を誇っています。もちろん、コーヒーなど輸出用の商品でのフェアトレードも実行されていますが、むしろブラジル国内消費向けの商品(有機野菜や綿、民芸品など)がフェアトレードの主力になっているわけです。
また、消費者と生産者との関係づくりという点で、産直提携が行われている点も重要視すべきでしょう。産直提携は日本の有機農業研究会が創始したものですが、その後英語ではCSA (Community-Supported Agriculture)と、そしてフランス語ではAMAP (Associations pour le Maintien d’une Agriculture Paysanne)という名称になり欧米各地で実践されるようになり、URGENCIという国際ネットワークも存在しています。産直提携が日本で始まった運動であることはこれら関係者の間で広く知られており、またブラジルには日系人が数多く住んでいることもあり、基本的にブラジルの産直提携の方々は日本に対しても非常に好意的です。確かにブラジルは、地理的に日本から見て地球の真裏ではありますが、連帯経済のネットワークの活発さにおいては世界随一ですので、一度ご訪問されることを強くお勧めいたします。