廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第102回

バスク発の社会的連帯経済推進諸政策

 最近は社会的連帯経済推進関係の公共政策についてさまざまな資料が刊行されていることから、それについての連載が多くなっていますが、今回はスペインのREASバスクが最近まとめた、社会的連帯経済の推進のための諸政策をまとめた報告書(スペイン語版バスク語版)を紹介したいと思います。なお、この報告書内でもたびたび取り上げられている、バルセロナ県議会による社会的連帯経済の推進関連の報告書についての日本語要約は、こちらをご覧ください。

▲報告書の表紙

 この報告書は、様々な政策を「公共財のための制度運営」、「従来のものに代わる開発のための新たな経済」そして「生活の持続可能性を推進する諸戦略」の3つの柱にまとめています。そして、世界各地でそれら政策が実行されている例を紹介しています。

1: 公共財のための制度運営

  • 1.1 責任のある公共調達。日本同様、スペインでも行政による各種商品やサービスの購入は経済活動においてかなりの規模を占めるが、この際に環境や社会的公正さ、および倫理などの基準を取り入れ。
  • 1.2 参加型公共予算。市民個人あるいはNPOが、市町村における予算編成に参加。ブラジルのポルトアレグレ市で始まり、その後世界各地に伝播(日本における事例についてはこちらを参照)。
  • 1.3 社会的監査。環境や倫理などの条件を満たした形で行政が運営されているかを監査する仕組みを導入。公共財経済との関係でも実施中。
  • 1.4 持続可能で非投機的な土地の管理。農地が郊外住宅地に転用されて投機の対象になっているという問題があるため、これを防ぐ諸政策を導入。
  • 1.5 社会あるいは環境にメリットのある活動に向けたインセンティブ。不動産税や自動車税などの条項を改定して、環境や社会にやさしい事業への地方税の減税を実施。
  • 1.6 社会的経済あるいはコミュニティ経済の活動向けに空間を提供。社会的連帯経済の原則を守る新規事業に対して、公共施設の利用を許可。
  • 1.7 画期的なモデルによる公共責任サービスの管理。分野を超えた協力、Wikiを活用した集団知の構築、市民との協働などの手法を活用して公共サービスを運営管理。
  • 1.8 行政間での協力的な消費。特に人口規模の小さな町村役場間でコワーキングやカーシェアリング、衣服や道具などの交換などを行うことで共有できるものを共有し、商品などの無駄な購入を回避。
  • 1.9 社会的包摂企業の設立への参加。スペインにおいては、障碍者や長期失業者など雇用が得にくい人たちを一定期間雇用し、その後一般企業への再就職を促す形で運営されている企業が社会的包摂企業として制度化されているが、この設立を支援。
  • 1.10 社会的連帯経済推進のための戦略計画。市内に存在する事例の把握、計画立案、規制、具体的なプロジェクトの設立により社会的連帯経済の実例を推進。国レベルではブルガリアが行動計画(英語)を作成しており、バルセロナ県議会が作成したマニュアル(日本語での解説はこちら)も存在。
  • 1.11 社会変革型の広域および業際的ネットワーク。市町村の枠を超え、地方単位(たとえばXX地方社会的連帯経済推進自治体連合)、あるいは業界単位で(たとえば全国フェアトレード推進自治体連合)、社会的連帯経済に積極的な自治体間でネットワークを形成。

2: 従来のものに代わる開発のための新たな経済

  • 2.1 倫理的オルターナティブ融資ルート作り。日本のNPOバンクに相当する連帯経済系の金融機関(スペイン国内の事例としてはFIARECOOP 57など)に加え、クラウドファンディングや特定事業向けの行政からの融資を活用して、社会的連帯経済の事例作りを金融面で支援。
  • 2.2 非貨幣経済およびシェアリング経済。物々交換や地域通貨(その1その2)など、さらには最近流行のシェアリング経済(自宅の空き室や自家用車の空いた席などを他人に提供するもの。UberやAirBNBが有名)を通じて、法定通貨に頼らない形での経済活動を推進。
  • 2.3 社会的市場。この連載ではまだ取り上げていないが、REAS憲章(日本語での解説はこちら)などに従って生産された商品の流通や消費を行う場所として市場を創設。
  • 2.4 流通経路の簡素化。収穫したばかりの季節の野菜を直送することにより、問屋などを省き、コストに加えて環境負荷も削減。
  • 2.5 社会的連帯経済における起業方法。他の経済活動同様、社会的連帯経済においても新たな経済活動の創出自体は非常に重要だが、その際にコワーキングや倫理銀行の利用など、社会的連帯経済の原則に沿った形で起業活動を実施。
  • 2.6 地域開発計画へのジェンダーの観点の導入。利益追求の活動が男性の特権である一方、女性は家事や家族の世話などといった分野に限られている現状を改善。
  • 2.7 社会的連帯経済に関する意識向上キャンペーン。社会的連帯経済の実践例やその理念を一般に知らせるための各種イベント(たとえば連帯経済見本市)やウェブサイトの作成など。

▲第4回バスク連帯経済見本市の様子(ビルバオ市内で開催)

3: 生活の持続可能性を推進する諸戦略

  • 3.1 平等の計画から生活の持続可能性の計画に向けて。持続可能なライフスタイルの構築が欠かせないが、その際にジェンダー面も考慮する必要あり。
  • 3.2 地域開発戦略の中心としてのケア。子育てや高齢者介護などのケアといった需要のカバーを出発点とした経済活動の運営。
  • 3.3 より持続可能な都市に向けたトランジション。「トランジション」とは「移行」を意味する英語だが、最近英国では化石燃料から脱却したライフスタイルの構築を目指すトランジション・タウンが急速に広がっており、社会的連帯経済の運営においてもこの手法を取り入れ。
  • 3.4 時間の新たな利用法。家庭などを顧みずに仕事に専念する男性のような時間の使い方ではなく、家事や育児などを無理なくこなせるような労働時間の設定。
  • 3.5 食糧主権。持続可能かつ環境にやさしい形で、かつ土着文化を尊重した形で、自らが必要とする食糧を生産できる権利という考え方から、資本主義的ではなく自主運営的な食糧の生産・流通管理を模索。
  • 3.6 持続可能性および公正の基準からの農業・食料戦略。農業振興政策を提唱する場合、持続可能性や公正といった観点からの計画立案が不可避。
  • 3.7 エネルギー倫理: 新たなエネルギーモデルに向けて。エネルギー資源として現在、世界でも偏在している化石燃料が大企業によって管理されていることから、各種省エネ技術に加え、低所得層がこれらエネルギー資源を貧困ゆえに利用できない現状を打破することが必要。

 全体的に見ると、これらツール自体を以下の3種類に分類できるかと思います。

  • 1: 社会的連帯経済内部にあるツールの活用。行政が社会的連帯経済に関心を持つ前から社会的連帯経済の実践者が利用していたツールを、行政も活用するというもの。社会的監査(1.3)や社会的包摂企業(1.9)、それに地域通貨(2.2)などは以前から社会的連帯経済関係者の間で実践されてきたが、これらを行政も活用。
  • 2: 行政として普段から使っているツールを、社会的連帯経済の推進向けに活用。たとえば公共調達(1.1)自体はどこの自治体も行っていることだが、これに社会的連帯経済的な基準を追加。地方税の減税(1.5)は、裁量の範囲内で市役所や州政府が実現可能な政策だが、その対象範囲を社会的連帯経済に拡大。ジェンダー(2.6, 3.1, 3,2)についても、社会的連帯経済の登場前から行政でそれなりの政策が実施されているが、それを社会的連帯経済の推進と関連付け。
  • 3: 社会的連帯経済とは無関係に生まれたツールを、社会的連帯経済の推進に応用。各種社会運動、あるいは社会運動ではない形で登場したさまざまな流行を、社会的連帯経済の推進に応用。たとえば市民参加型予算(1.2)は、市役所の予算はそもそもその市内の在住者が共同で管理できる予算だという考えから発生した実例であり、コワーキング(1.8, 2.5)はむしろ若手起業家を対象とした事業であり、食糧主権(3.5)やエネルギー倫理(3.7)の場合、食糧やエネルギーの生産や消費などを地域の自主運営に任せる運動だが、これを社会的連帯経済と関連付け。

 今の日本でこのような政策がどの程度可能かはわかりませんが、ご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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