廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第80回

補完通貨のマーケティング

 前回は、担保という観点から補完通貨の分類を行いましたが、今回はこのような補完通貨の特性を理解した上で、どのようにマーケティングを行っていくか、すなわちどうやって補完通貨の利用者を増やしていくかについて考えたいと思います。

 マーケティングについてはすでにこの連載の第27回第28回で紹介していますが、その定義は「顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセス」(米国マーケティング協会)です。また、補完通貨においては消費者や地元商店などさまざまな形の利用者がいて、それぞれ利害が異なりますので、それぞれの利用者にとってメリットが感じられるような補完通貨を設計する必要があります。以下、グループごとに見極めることにしましょう。

◉消費者
 法定通貨を担保として発行される補完通貨の場合、消費者が法定通貨から補完通貨に両替する際にちょっと得するようなレート設定だったり、あるいは地元のNPOに寄付できたりすることが消費者にとっての「価値」だと言えます。前者の例としてはSOLヴィオレット(フランス)が挙げられ、会員は20ユーロ>21SOLのレートで両替できるため、実質上5%の割引になります。後者の例としてはキームガウアー(ドイツ)が有名で、ユーロからキームガウアーへの両替額のうち3%が、指定したNPOに寄付されることになります。以下、便宜上日本円に置き換えますが、たとえば地元商店での買い物で毎月3万円使う家庭であれば毎月900円、年間にしてなんと1万0800円も寄付することができるわけです。普通の家庭で毎年1万円もNPOに寄付することは非常に難しいですが、キームガウアーを使えば簡単にできるようになるのです。

▲90米ドルを100バークシェアーに両替できるようすを紹介した動画
(交換レートについては、この動画の制作後変更されている)

 また、スペインのボニアート(マドリード州)やチャンポン(ナバラ州)の場合、州内の連帯経済ネットワークの事業所であればどこでも使えるポイントカードのような役割も持っています。たとえば、マドリード市内の有機食品店で買い物をするとボニアートがもらえて、このポイントを使って本屋さんで割引を受けられるというもおのです。

◉地元商店・地場企業
 地元商店や地場企業にとっての最大のメリットは、補完通貨を受け取ることで新しい顧客を獲得できることでしょう。補完通貨を持った人や企業は、当然ながら補完通貨を受け取ってくれる商店や事業所と取引をしようと思うため、全国チェーンの小売店ではなく、地元に根差した商店で買い物をするようになり、それだけ売上が増えることになります。

 また、補完通貨によっては無料あるいは格安で実質上融資を受けられる点も、補完通貨の大きなメリットということができるでしょう。LETSや企業間バーターの場合、一定額までなら金利なしで借り入れることができますし、ヴィア銀行やキームガウアーのように補完通貨そのものを貸し出している例でも、通常の融資と比べて利息が安くなっており、それだけ事業の採算性が向上することになります。

▲ヴィア銀行を紹介した動画(イタリア語、英語字幕付き)

◉各種プロシューマー
 プロシューマーとは、「第三の波」で未来学者アルヴィン・トフラーが提唱した概念で、生産者(プロデューサー)と消費者(コンシューマー)を掛け合わせたものでしたが、特にアルゼンチンの交換クラブでは、「生産と消費の両方を行う人たち」という文脈でよく使われていました。ここでは、補完通貨建てで生産と消費の両方を行う人たちという共通項の下で、さまざまなプロシューマーについて検討してみたいと思います。

 まずはアルゼンチン型のプロシューマーですが、毎週開催される交換市に何か商品を持ってきて、その商品を売った利益で別の商品を買う人のことを指します。たとえば、広い家庭農園があって自家消費分以上の農産物が手に入る人の場合、これら農産物をそのまま売るか、あるいは調理という形で加工して付加価値をつけた上で、交換市で販売し、その利益で自宅では生産できない食材や衣服、書籍などを買うわけです。アルゼンチンのプロシューマーの大部分は失業者でしたが、このシステムのおかげで数多くの人たちが経済危機の最も苦しい時期を乗り越えられたのです。

 次に失業者ですが、先ほどのアルゼンチン型の利用に加え、特に研修中の人の場合、LETSや時間銀行に参加することでスキルを磨く機会を得られたり(たとえば水道管の修理や電気技師としての訓練をしたり)、社会のいろんな人に会ったりすることで、雇用につながる人脈が作れたりします。補完通貨建ての取引自体では法定通貨での収入に結びつかなくても、長い目で見ればそれにつながる可能性があるわけです。

 年金生活者の場合、とりあえず衣食住などの最低限の生活は保障されていますが、それでも将来寝たきりになったときの介護の不安があります。しかし、時間預託制度9のようなシステムに参加し、他の高齢者の介護を手伝うことで、自分自身が寝たきりになっても一定時間の介護を受けられるという安心感を得ることができます。

 自営業者の場合、基本的にここまで掲げた5つ(消費者、地元商店、プロシューマー、失業者そして年金生活者)の全てのメリットが当てはまると言えるでしょう。もちろん人によって、この5つのうちどの側面を従事するかは変わってくることでしょうが(すでに十分な収入を得ている人の場合消費者としての側面に興味がある一方で、駆け出しの自営業者で所得が少ない場合には地元商店や失業者としての側面が強い)、各人が自分なりのメリットを見出すことになります。

◉NPO
 NPOについては、NPO自体の事業に対して地元商店としてのメリットがあるのに加えて、キームガウアー型の補完通貨の場合には寄付を受けることができるというものがあります。消費者のところでも書きましたが、普通の人から毎年1万円もの寄付を受けることは普通は難しいですが、この仕組みを使えば簡単にできるのです。

◉社会的企業
 社会的企業については第10回の連載で取り上げましたが、社会的企業の場合には地元商店以外に、NPOに似た側面を持たせることも可能です。たとえばキームガウアー型の補完通貨を導入する場合、寄付先にNPOだけではなく社会的企業も入れることで、その体質上どうしても苦しい経営を迫られがちの社会的企業を資金的に支援することができるようになります。

◉金融機関
 特に信用金庫など地元密着型の金融機関であれば、地域循環型の経済構造を築くための道具としての補完通貨の重要性を理解した上で、補完通貨と法定通貨の両替や補完通貨建ての融資など金融業としての専門性が必要とされる分野で協力をお願いすることができます。実際、キームガウアーやSOLヴィオレット、ブリストル・ポンドやバークシェアなどは地元の信用金庫と提携関係を結んでいます。

◉行政
 行政にとっては、地域に雇用が生まれて失業率が下がったり、NPO活動が盛んになったりすることで、地域が全体的に活性化することが何よりものメリットです。このため、これらのメリットを実現する手段としての補完通貨の導入や振興向けに、行政からある程度の資金援助を得ることができる場合もあります。

 また、市役所や都道府県庁自身が補完通貨を発行できる場合には、公債を発行することなく歳出を増やすことができ、さらに基本的に行政範囲内を循環するため、域内経済を振興することができます。実際、アルゼンチンで各州政府が補完通貨を発行したときには、州にもよりますが、これにより経済がかなりテコ入れされたことが示されています。

 このように、利用者の種類によって補完通貨のメリットは変わってきますが、補完通貨の導入を計画する場合には、これら各利用者にとってメリット=価値があるようにシステムをデザインした上で、各利用者ごとにそれら価値をきちんと伝えてゆくような広報活動を行うことが欠かせないと言えるでしょう。

 以上、補完通貨の種類別特徴やそのマーケティングについて2回にわたって記事を書きましたが、何かのご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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