廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第79回

補完通貨の分類

 私は現在、補完通貨のマーケティングという観点から博士論文を執筆中ですが、今回と次回はこの論文で取り扱うテーマについてわかりやすく紹介したいと思います。前半となる今回はさまざまな補完通貨を、通貨発行=債務発行という観点から分類した上で、メリットとデメリットについて考えてみたいと思います。

 通貨発行といっても普通の方の日常生活と縁遠いのでわかりにくいかもしれませんが、ある企業が小切手を発行したり、あるデパートが商品券を発行したりする場合を考えてみましょう。企業が30万円の小切手を発行する場合、この企業は小切手の持ち主に対して期限までに30万円を支払う義務があります。また、デパートが1万円の商品券を発行した場合、その商品券の持ち主は1万円ぶんの商品を同デパートから買う権利がありますが、デパート側から見た場合、1万円ぶんの商品を商品券の持ち主に提供する義務があるわけです。

 このような観点で見ると、補完通貨を持っている人の権利は、すなわち補完通貨を発行した人の義務に等しいことがわかります。この観点から世界各地の事例を分類してみましょう。

◉法定通貨を担保として発行される補完通貨
 キームガウアー(ドイツ)、SOLヴィオレット(フランス)、ブリストル・ポンド(英国)、バークシェアーズ(米国)、パルマ(ブラジル)などが挙げられます。これらは各国の法定通貨とリンクしており、各国の法定通貨の準備高に応じて発行されます。たとえばキームガウアーの場合、消費者がユーロをキームガウアーに両替することでキームガウアーが発行されますが、この発行額に相当するユーロはキームガウアーの事務局に積み立てられ、再両替を希望する地元商店に対して支払われることになります。

 これら補完通貨は、法定通貨の担保があるため、地域外からの商店の仕入れに加え、税金を含む諸経費の支払いのために法定通貨が必要な地元商店に参加してもらいやすくなるメリットがある一方で、法定通貨がないと補完通貨を発行できないというデメリットがあります。

◉法定通貨以外の担保がある補完通貨
 トラロック(メキシコ)、コミュニティ時間銀行(アルゼンチン)、テラ(世界、構想段階)、時間預託制度(日本)やおむすび通貨(日本)などがあります。トラロックの場合は小切手式で、発行者は自分の提供する商品やサービスを担保として小切手を発行します。コミュニティ時間銀行の場合は補完通貨を発行してほしい人が事務局に足を運び、食料や本など実際の商品を預けて補完通貨を発行してもらいます。テラについても仕組みは基本的に同じですが、国際貿易に使える通貨ということで、石油や小麦、鉄鉱石など国際貿易での主要取引品目になります。また、日本の時間預託制度については「ふれあい切符」の名前で欧米で非常に有名になりましたが、発行時に日本円の担保を必要していたとはいえ、実質上は一定時間の介護という担保をもとにして流通していた通貨だと言えます。さらに、おむすび通貨の場合には一定量の玄米が担保になっています。

おむすび通貨(愛知県豊田市)

◀おむすび通貨(愛知県豊田市)

 これらのシステムの主なメリットとしては、法定通貨がないものの商品はたくさんある参加者同士で通貨を発行して流通できるというものです。たとえば今の日本のように、銀行から市場に通貨が流通せず、モノ余りでデフレ気味になっている経済の場合、この仕組みを通じて商品を換金して支払いに使えば、経済活動が活性化されることになります。その一方で、誰も必要としない商品が大量に預け入れられた場合、その通貨の信頼性が落ちる危険性があるため、補完通貨の運営者=発行者はその商品を本当に必要とする人がいるかどうか見極める必要があります。

◉相互信頼に基づいて発行される補完通貨
 LETSや時間銀行が代表的な例ですが、企業バーターの大部分もこの方式で運営されています。具体的には会員になると誰もが口座を持ち、一定額まで使い込むことができる一方、遅かれ早かれ同額の商品やサービスを提供することで、その使い込んだ分=マイナス残高を生産する必要があるというものです。

 このシステムの場合、現金も担保も持たない人であっても、とりあえず一定額までは使い込むことができるというメリットがあります。ですので、たとえば食堂を開店準備中の人がとりあえず参加して、建材や食器などを補完通貨で仕入れる一方、開店したら補完通貨を受け取ることでそのマイナス分を決済することができます。ただ、マイナス限度額まで使い込んでから行方不明になる会員が出ることがあり、このような会員が増えると他の会員のプラス残高が不良債権化してしまうので、このような食い逃げ会員が出ないような予防策を講じることが欠かせません。

◉融資として発行される補完通貨
 このようなシステムはほとんどありませんが、世界最大の補完通貨システムとして80年以上の歴史を持つスイスのヴィア銀行が該当します。ヴィア銀行は、あくまでも法定通貨を融資するのと同じ方法で補完通貨ヴィアを融資し、会員企業はその会員網の中でヴィアを使い、期限内に返すというものです(金利部分についてはスイスフランで返済)。また、前述したキームガウアーやパルマも補完通貨建てでの融資を行っており、キームガウアーの場合には期限内に全額返済した企業には、金利の大部分(具体的にはドイツの付加価値税19%を除いた部分)を返還するというサービスを行っています。

 このシステムのメリットとしては、法定通貨よりも安く融資が可能であることが挙げられます。銀行が法定通貨を取り扱う場合、預金に対して金利を支払う必要がありますが、ヴィアについてはヴィア銀行自身が通貨創造できますし、プラス残高のヴィアを持つ企業に金利を支払う必要がないため、スイスフラン建ての融資よりも金利を安く設定できます。たとえば、公定歩合が4%で、スイスフラン建てでは7%で融資を行っている場合、銀行の取り分は7-4=3%となりますが、ヴィアの場合にはこの4%の部分が不要になるので3%の金利で融資することができます。当然ながら融資を受けるほうとしては金利負担がそれだけ減るため事業の採算性が向上し、法定通貨では実現できないような事業も実現できるようになります。

 その一方で、融資を受けるほうは法定通貨建ての融資と同じく、不動産などの担保を差し出す必要があるというデメリットがあります。このため、特に担保を持たない新規事業者の場合、融資を受けにくいと言えます。

◉フィアット(担保なし)で発行される補完通貨
 イサカアワー(米国)やカルガリーダラー(カナダ)、そして交換クラブ(アルゼンチン)やトゥミン(メキシコ)などがこれに分類されます。会員になると補完通貨を一定額もらえて、これを自由に使うことができるというものです。交換クラブについては、退会時にもらった額を返却することが義務付けられていましたが、実際に返却する人はそれほど多くなかったようです。

 このシステムの場合、前述の相互信頼方式同様、会員になれば誰でも一定額、すなわちもらった額の補完通貨を使うことができるというメリットがあります。現金も担保となるような商品も持たない人であっても、とりあえず補完通貨を使うことができるのです。しかし、発行済みの通貨を回収するメカニズムがないので、特に食料品店などが使い道のない補完通貨を貯めこんでしまったり、発行量が多過ぎる場合にはインフレになったりする危険があり、実際アルゼンチンの交換クラブは、インフレにより会員の信頼を失い機能を停止してしまったのです。

◉行政が直接発行する補完通貨
 市町村や都道府県など、また場合によっては政府自身が、中央銀行の発行する通貨とは別の通貨を発行する例で、オーストリア・ヴェルグル市の労働証明書(1932~1933)やアルゼンチンの州政府通貨(1980年代~2002年)などが有名で、また英国のポジティブ・マネーの提唱内容もこれに該当します。法定通貨の担保の有無に関わらず、これらの通貨は納税や各種公共料金(高校や大学の授業料、水道料金、市営地下鉄やバスの運賃など)の支払いに使えるため、社会で広く流通することになりますが、実際に流通させるにはさまざまな法的課題をクリアする必要があります。

▲ポジティブ・マネーの提唱を紹介した動画
(日本語字幕版: 日本語を表示するには、画面右下のアイコンをクリックして日本語を選択)

 次回は、これらの補完通貨のマーケティングをどのように行うかについては、解説したいと思います。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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