廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第78回

バルセロナ市各地における社会的連帯経済の現況

 さて今回は、前回に引き続き、去る2月8日にバルセロナ市役所が刊行した社会的連帯経済に関する詳細な報告書(カタルーニャ語)の内容をご紹介したいと思います。社会的連帯経済の発展については地域ごとに特色があり、この報告書では5地区について特集しています。以下、バルセロナを観光などで訪れたことのある人向けに、名所案内を含む形で主な地区を紹介したいと思います。また、地区ごとの平均所得の違いについての詳細は、こちらの記事をご覧ください。

バルセロナ市内の地域別の社会的連帯経済事例数

▲バルセロナ市内の地域別の社会的連帯経済事例数

  • エイシャンプレ地域: カタルーニャ広場から山の手に向けて伸びる市内の目抜き通りパセッチ・デ・グラシア大通りやサグラダ・ファミリア大聖堂、それにカサ・バトリョーなどで有名。このの事例数が一番多くなっているが、これはこの地域がオフィス街でもあり、協同組合も本部をこの地域に設けることが多いことと関係すると思われる。
  • サン・マルティ地域: 伝統的な下町地区かつ以前の工場地帯で、最近再開発が行われているが、基本的にあまり観光客は行かない地域。
  • ポブレノウ地区: サン・マルティ地域の中心。19世紀後半に主に紡績工場が栄えたが、1898年の米西戦争によりスペインがキューバやプエルトリコ、フィリピンなどといった植民地を失うと金属加工業や化学工場、製紙業などに代わる。衛生状態が悪くコレラや天然痘などの伝染病が度々流行する。19世紀中盤より各種労働運動や協同組合運動など各種社会運動が起こり、消費者生協や共済組合、信用組合などが設立され、第2共和政時代には金属加工工場が自主運営化され、内戦時に共和国側の重要な生産設備となる。フランコ軍の占領後同地区では共和国派の人が数多く処刑されるが、1960年代に始まった工場の移転や閉鎖の中で、いくつかの工場は労働者による自主運営に入った。しかし1992年のバルセロナ五輪をきっかけにポブレノウ地区の一部を、ITやメディア産業など知識産業向けオフィスなどに再開発する動きが始まり、同地区の人口が1991年の4万6832人から2013年の9万0339人へとほぼ倍増するが、これにより高級ホテルと不法占拠の建物が林立する極端な格差社会になった。この中で各種協同組合が同地区で活動している。主なものを挙げると以下の通り。
    • GEDI: 新聞やラジオ番組・ウェブサイトの制作から若者支援や国際協力まで幅広い活動を行う社会イニシアチブ協同組合
    • FRESCOOP: 有機農産物の消費者協同組合
    • JAMGO: ウェブサイトの作成やアプリのデザインなどを行う労働者協同組合
    • バルセロナ都市圏無線タクシー協同組合: タクシーサービスの組合
    • L’Estoc: リサイクル素材で各種家具を製造する組合
    • Grèvol: 教育協同組合
    • La Virtual: 同地区にキャンパスを擁するカタルーニャ・オープン大学の学生生協。スペインでは学生生協が一般的ではないことを考えると画期的。
    • その他消費者生協や住宅協同組合もある
社会イニシアチブ協同組合GEDIのページ

▲社会イニシアチブ協同組合GEDIのページ

  • グラシア地域: 中流階層の地域で、観光地として名高いグエル公園の麓に相当する地域。
  • シウター・ベリャ地域: いわゆる旧市街で、カタルーニャ音楽堂、州政府本庁や市役所本庁、ランブラ通りやビーチのそばのラ・バルセロネタ地区などがあるところ。旧市街であることから、ここを本拠地とする協同組合も多い。
  • ラ・バルセロネタ地区: シウター・ベリャ地域の中でも最も海沿いにあり、ビーチ沿いにある地区。19世紀中盤から金属加工業など各種工業が栄える。基本的に職住接近の労働者地区だったが、工業化による生活水準の悪化により消費者生協や労働者学校などが生まれ、20世紀初頭には各種左派運動が生まれるが、フランコ政権により解体。1969年のリベラ計画により工場地帯を住宅・商業地域として再開発が提起され、それに対抗して地域住民会が翌年結成し、近年では土地投機や観光業向けの開発への反対を強める。同地区では近年、外資系の飲食業やホテルなどが潤う一方で平均所得は少なく(2008年現在で市内で下から5番目)、低収入・低学歴の高齢者も多いという二極化を示していた。市役所による地区改善計画(総額1600万ユーロ)により公共設備の改善や建物のリフォームなどに加え、失業中の若者や女性が雇用を得られるよう、企業側の求人に応じた研修を行うが、このプロジェクトの一環として協同組合史の記録事業も含まれる。しかし、従来の住民を追い出し観光客向け宿泊施設に変えて外部投資家を潤わせようというジェントリフィケーション(中心街に近い荒れた地区にアーチストなどが移住しお洒落な店などが増え、イメージが改善して地区が発展する一方、以前からの住人が家賃を払えなくなりその地区から追い出される現象)が進む中、そのような観光業に頼らず地域住民主導のまちづくりを模索しており、2013年には地域経済の活性化、若者への教育(例えば外国人観光客への接客用の英会話教育)、失業者への雇用および地域住民のつながりの強化を目指したプロジェクトが始まり、前述した協同組合の歴史の再発見事業により社会的連帯経済への意識が高まり、同地区でも社会的連帯経済関係の各種事業推進が始まる。
  • サンツ・モンジュイック地域: バルセロナの主要駅サンツ駅やスペイン広場、それにモンジュイック公園に加え、スペイン広場から空港にバスや自動車で移動する際に通る地区。
  • ポブレセク地区: 1854年にバルセロナ市内を囲む城壁が取り払われてから、労働者地区として急成長を遂げ、市民自治により急進派運動の根拠地となり、協同組合も20世紀初頭から生まれるが、ここでも内戦後にはこれら運動が消え去り、1970年代に住民組織が生まれるまで待つ必要があった。住民運動はカタルーニャ語の擁護から始まり、各種社会・文化活動を通じてまちづくりが始まってゆく。近くにあるスタジアムがメイン会場となった1992年のバルセロナ五輪もこの地区を潤うことはなく、90年代にはこの地区は高齢化と過疎化が進行していた。しかし2000年に始まったスペインへの移民の大量到来により同地区には特にエクアドル人、ドミニカ共和国人やモロッコ人など外国人移民が大量に住み付き、2004年には人口の実に24.3%が外国人になった。有機農産物の消費者生協や外国人の権利を守るNPOなどが立ち上がり、2011年の5月15日運動をきっかけとして社会的連帯経済を推進する協同組合Cooperasecや社会運動系の自主運営センターLa Baseが生まれる。
La Baseのページ

▲La Baseのページ

  • サンツ地区: 中心街から見てサンツ駅の裏側に当たる地域。中世から存在した村で、バルセロナ市中心部からの近さにより農産物や衣料などの交易で栄え、その後19世紀後半に工業化が進む。ここでも労働者運動が起こり、各種組合や労働者学校などが生まれ、内戦時には労働者による各種工場の自主運営が行われる。1960年代以降この地区の郊外に工場ができるようになる一方、以前の工場は高層住宅用地に転用されるようになると、投機目的の住宅建設に反対する運動が生まれ(この時期にバルセロナの中心駅が、旧市街にあるフランサ駅からサンツ駅へと移転)、90年代になると住宅の商品化に反対するスコッター運動や、フェミニスト・学生運動などが起き、自主運営が始まる。2009年に協同組合地区プロジェクトが立ち上がり、サンツ地区の協同組合史の記録事業を実現している。また、同地区内には文化、機械修理、教育、リフォーム、デザイン、会計・法務相談、レストラン、清掃サービスなど新しい協同組合が存在している(一覧はこちらで)。
サンツ地区の協同組合のポータルサイト

▲サンツ地区の協同組合のポータルサイト

  • ノウ・バリス地域、サン・タンドレウ地域: バルセロナからカタルーニャ北部やフランス方面に向けて移動する際に通過する地域。観光客はまず立ち寄らず、移民などが多い低所得者地区。なお、連帯経済ネットワーク(XES)が2012年から毎年10月に開催しているカタルーニャ連帯経済見本市は、サン・タンドレウ地区にある工場跡地が会場となっている。


第4回カタルーニャ連帯経済見本市(2015年)の様子

  • ポルタ地区: ノウ・バリス地域にある。もともとはバルセロナ近郊の農村地帯だったが、19世紀後半に鉄道が開通以降、工業地帯として開発が進む。20世紀初頭になると、郊外に安い一軒家を求める人や、1900年のバルセロナ万博によりそれまで住んでいたバラック小屋を追い出された人たち、そして住宅協同組合により住宅建設が進む。内戦後にこの地区は荒廃するが、1950年代より工場が建設され、特にスペイン南部から労働者が数多く移住し、一軒家から高層住宅へと建て替えが進むものの、インフラ基盤の劣悪さからその改善を求める住民運動が1970年代に始まる。地区の中心としては、ソリェル広場と、そのすぐ近隣にあり、バルセロナ市内でも最大級のショッピングセンターであるヘロンシティ(2001年完成)で、前者はもともと私有地だったところが市民運動により広場になり、市民センターや各種イベントが開催される一方、後者はもともと公有地だったところをショッピングセンターにした場所ということで、好対照になっており、後者のショッピングセンターができても周辺にある地元商店への波及効果がないことが問題視されている。このような中で有機農産物の消費者生協や市民農園、交換市などが運営され、社会的連帯経済を地区で推進してゆくことが最近決定された。

 以上、バルセロナを中心としてカタルーニャ州における社会的連帯経済の概況についてご紹介しました。バルセロナをご訪問の前にこの文章をぜひご一読いただいた 上で、できれば関心分野の団体を訪問されて意見交換をされるのもよいでしょう。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
関連記事