廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第99回

ソウル市における社会的経済

 前回(第98回)はバルセロナ市役所が最近発表した社会的連帯経済推進のための諸政策を紹介しましたが、韓国の首都ソウル市では、朴元淳(パク・ウォンスン)氏が2011年に市長に就任以来、社会的経済の推進においても目覚ましい動きを見せています。今回は、同市が発行した「ソウル市における社会的経済の発展の現状」(英語版フランス語版)と題されたブックレットの内容を紹介したいと思います。

第2回グローバル社会的経済フォーラム(2014年)であいさつする朴元淳ソウル市長

▲第2回グローバル社会的経済フォーラム(2014年)であいさつする朴元淳ソウル市長

 朴元淳氏は、もともと人権派弁護士として有名だった人で、その後チャリティショップ「美しい店」希望製作所など、社会的連帯経済関係の事業を次々と立ち上げました。政治家としての経験はゼロでしたが、前市長の辞職に伴う2011年10月の市長選挙で見事当選を果たすと(その後2014年にも再選)、市長として社会的経済の推進にも積極的に取り組んでおり、2013年と2014年にはグローバル社会的経済フォーラムをソウル市内で開催しています。

 この報告書は、英語やフランス語で書かれていることからもわかる通り、国外向けとなっていることから、韓国全国における社会的経済の概要の紹介から始まっています。韓国では社会的経済は、1997年の経済危機以降に社会的経済への関心が少しずつ高まり、社会的企業育成法(2007年施行、2012年改正、日本語版はこちら)、協同組合基本法(2012年施行、日本語版はこちら)そしてマウル企業育成事業により、社会的経済の事例が2010年末のわずか501団体から2015年末には11421団体(認証済み社会的企業が1506社、協同組合が8551組合そしてマウル企業が1364社)にまで増えています。韓国政府の支援機関としては韓国社会的企業振興院が2010年に設立され、協同組合法の施行後は同院が協同組合の設立支援も担当しています。

 朴元淳氏は、市長への就任直後から積極的に社会的経済に推進のための会議を行い、2012年4月に「持続可能な経済生態系の創設のための包括的社会的経済支援計画」を発表しました。その後7月には社会的経済政策企画部が立ち上がり、現在ではソウル社会的経済政策という名称で活動を行っています。また、業界ネットワークとしてソウル社会的経済ネットワークも2012年6月も立ち上がり、その他各種のネットワークなどが存在しています。

 ソウル市の政策としては、2009年にすでに社会的起業育成のための市の条例が存在していましたが、朴元淳市長の就任後に社会投資基金の創設や管理に関する条例、同11月にはフェアトレードの推進条例、2013年3月には協同組合支援条例、2014年3月には社会的経済企業の商品の公共購買およびマーケティング支援に関する条例、そして同年5月には社会的経済基本条例というように、さまざまな条例が施行されています。ソウル市による支援センターとしては、社会的経済支援センター協同組合支援センターが存在し、前者は社会的経済全体の支援を行う一方、後者は協同組合に特化した支援活動を行っています。

 ソウル市は、605.21平方キロの面積に、全国の総人口の2割以上となる約1030万人(周辺の衛星都市は含まない)を抱えていますが(東京23区の場合、626.70平方キロに約938万人が居住)、2015年末現在で社会的企業が433社、協同組合が2267組合、そしてマウル企業が199社存在しており、特に協同組合基本法が制定された2012年以降に協同組合の数が爆発的に増えています。マウルとは韓国語で村を意味する単語ですが、マウル企業は基本的に地域内の資源を活用して事業を起こしたり、地域内の問題を解決したりするものです。ソウル市役所は各種助成金として、2012年から2015年までの間に39億6900万ウォン(約3億9000万円)を社会的企業に、そして2010年から2015年までの間に76億4500万ウォン(約7億5200万円)をマウル企業に助成しています。

 ソウル市内における社会的経済の事例の年間売上高は1兆4600億ウォン(約1430億円)に達し、17900名の雇用を生み出しています。平均月収はソウル市内の労働者の平均賃金(約264万ウォン、約259000円)の65%にしか過ぎないものの、脆弱階層と呼ばれる人たちに限っては非社会的経済における同等の雇用よりも2割ほど収入が多くなっています。

 また、ソウル市では区レベルでの支援も重視しています。ソウル市は25区より構成されていますが、このうち20区に社会的経済評議会や社会的経済委員会が設置されています。また、区ごとに社会的経済生態系グループを作ったうえで、区レベルでの社会的経済サポートセンターを創設したり、区独自の促進プロジェクトを作ったり、区ごとに社会的経済特別地域を作ったりしています。

社会的経済に関するソウル市役所のポータルサイト

◁社会的経済に関するソウル市役所のポータルサイト

 ソウル市内の社会的経済の事例が抱える課題は主に以下の4つであり、この点で以下のような政策が実施されています。

  • 市場形成・流通: 市役所が社会的経済の団体の商品を積極的に調達。
  • 業務サービス: 社会的経済センターが経営相談を行う一方、各種団体がコワーキングスペースを提供。
  • 人材開発・研究: 各種研修を実施。
  • 資金調達: ほぼ全額を市役所が拠出した557億ウォン(約54.7億円)の基金を設立し、これまで約328億ウォン(約32.2億円)を貸し付け。

 前回取り上げたバルセロナと比べると、もちろん都市としての違いに加え、スペインと韓国というお国柄の違いもあります。以下、いくつかコメントしたいと思います。

  • 理念: スペインの場合、REAS(カタルーニャではXES)が、平等・労働・環境の持続可能性・協力・非営利および地域社会への取り組みという6つの原則を柱とした憲章(日本語での詳細はこちらで)を制定しているが、韓国やソウル側では憲章のようなものは特に制定されていない。とはいえ、「生態系」という単語を使って、さまざまな社会的経済の事例が共生することで全体的に発展してゆく状況をうまく描写している。
  • 公共調達・社会的市場: 韓国側では行政による社会的経済の製品の購買にとどまっているが、スペインでは社会的市場という概念が確立しており、公共調達をその一部に位置付けている。
  • 社会的企業: スペインでは社会的包摂企業が類似の事例として挙げられるものの(社会的包摂企業の場合、障碍者や中退者など通常の雇用を得にくい人たちを一時的に研修する施設であり、中長期的に雇用するわけではない)、社会的連帯経済全体に占める割合はそれほど大きくないのに対し、韓国では社会的経済において最初に注目されたのが社会的企業であったこともあり、現在でも非常に重要な位置を占めている。
  • 協同組合: スペインでは各種消費者協同組合が社会的連帯経済の推進においても重要な位置を占めているが、少なくともこの報告書を読む限り、ソウル市の政策では雇用創出が重視されており、消費者協同組合には触れられていない。
  • 金融: スペインでは複数の団体が存在し、行政から資金援助を得る必要性はそれほど高くないが、韓国では連帯経済系の金融機関がそれほど存在しないこともあり、資金面で行政頼みになる傾向が強い。
  • 業界団体: スペインでは1990年代よりREASやXESが活動を続けており、バルセロナの場合にはXESの既存の活動を支援する形で各種政策が立案されているが、ソウルの場合にはどちらかというと行政によるトップダウン型支援の事例が多い一方で、実践者側のネットワークがそれほど育っていない。
  • マウル企業: 日本のコミュニティビジネスに相当するもので、韓国では制度化されている一方、スペインでは特に制度化はされていない。
  • 支援センター: ソウル市はすでに2か所設置し、各区にも今後設置する予定だが、今のところバルセロナ市は市内1か所のみを予定。

 もちろん、2011年より社会的経済の推進のための諸政策を実施してきたソウル市と、昨年(2016年)11月に政策を発表したばかりのバルセロナ市ではかなりの違いがありますが、ご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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