廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第58回

第12回 IDEARIA報告

 4月30日から5月2日にかけて、スペイン南部アンダルシア州のコルドバ市のマイモニデス高校(市役所そば)で、第12回IDEARIAが開催されましたので、今回はその報告を行いたいと思います。ちなみにマイモニデスとは、同市がまだイスラム王朝の支配下にあった12世紀にこの地で生まれ、各地で活躍したユダヤ人神学者・医学者モーシェ・ベン=マイモーン(1138~1204)のスペイン語名です。

第12回IDEARIAのロゴ

◀第12回IDEARIAのロゴ

 コルドバ市は、スペインでも最大級のフェアトレード団体IDEASが本拠を構えており、2年に1回5月初頭の週末にIDEARIAという連帯経済関係の会議を開催しています。この時期はクルセス・デ・マヨ(直訳すると「5月の十字架」)と呼ばれるお祭りと重なり、同市内各地のパティオ(中庭)が十字架や花で飾られるイベントですが、この時期に合わせてIDEASとREAS(スペイン全国の連帯経済のネットワーク)による共催でIDEARIAが開催され、スペイン各地から数多くの人が参加しています。今年はポルトガルのフェアトレード団体Equação関係者も多く来場し、ポルトガルとの関係強化も感じられる会議となりました。また、今回の会議内容については、近日中に詳細資料がオンライン上で公開される予定で、公開され次第この記事でも紹介したいと思います。

 今回のIDEARIAでは、参加者はまず以下の3つの軸のうちどれに参加するかを選択し、その軸の中で議論に参加しました。

  • 軸1: 地域開発と連帯経済、連帯経済による起業促進、連帯経済・社会的イノベーションおよび行政との関係
  • 軸2: 国際的な場面でのフェアトレードの原則の有効性、廃品回収、有機農産物の消費者生協の全国的連携、食糧主権
  • 軸3: 社会的監査、社会的市場・消費と連帯経済、倫理金融

 私が軸1を選んだことから、今回の報告では軸1の内容が中心となりますが、それ以外の概念で、まだこの連載で取り上げていないものについて以下記述したいと思います。

  • 廃品回収: スペインには社会的連帯経済廃品回収業者スペイン全国連合(AERESS)が存在し、特に社会的疎外の危険のある人(たとえば障碍者)が雇用を通じて社会統合できるようにしている。なお、中南米では貧困層が廃品回収で生計を立てることが少なくないが、特にブラジル、アルゼンチンやウルグアイなどではこのようは廃品回収の協同組合が連帯経済の一員として認知されている。
  • 食料主権: 零細農民らの世界的ネットワークであるビア・カンペシーナが1996年に打ち出した概念で、市場の論理や大企業に任せるのではなく、食料の生産者や消費者がその生産や流通を自主管理する権利があるという考え方。モンサントなどの企業支配が強まり、さらにTPPが導入されると食料品の自由貿易がさらに強化されることになるが、このような潮流に抗う思想的根拠。
  • 社会的監査: 以前紹介した公共財経済と関連するが、企業の経営や業務について社会倫理面で審査するもの。REASバスクが実践している(詳細はこちらで)。
  • 社会的市場: 社会的連帯経済の価値(人権、環境など)を遵守した商品を販売する市場。REASナバラやREASマドリッドでは、それぞれチャンポンボニアートと呼ばれる地域通貨(実態としてはポイントカードに近いが)を流通させている。

 会議はまず、ホルヘ・レイチマン氏によるエントロピー、数学および富の分配に関する基調講演から始まりました。エントロピーは物質やエネルギーの無秩序さを意味する物理学の用語で、基本的にはこの宇宙ではエントロピーは増大し続けていますが、同氏は天然資源の分野でも同様にエントロピーが拡大しており、具体的には摩耗や酸化などによって鋼鉄やコンクリート、大理石などの物質は少しずつ散逸してゆくことから、遅かれ早かれこれら物質が使えなくなることを説明した上で、そもそも使用済みの物質を100%リサイクルできるという通念に対して疑問符を挟みました。次に、指数関数的成長により途方もない規模の量の物質やエネルギーが現在の文明の維持に必要になっていることを述べた上で、そのような経済はそもそも持続可能ではないと一刀両断しました。最後に富の分配についても、一般市民の賃金水準はよくて横ばいで、給料の減少や失業などにより低所得層が増大している一方で、銀行や大企業の経営陣だけが庶民層の数百倍の収入を得ている現状を批判的に指摘しました(指数関数的成長や富の分配の問題については、この連載第18回の記事で詳述)。

 金曜日は、前述した3つの軸の議論が行われました。まず、地域開発と連帯経済については、国際連帯のためのアンダルシア市町村基金(FAMSI)のカルロス・スリタ氏が、5月24日のスペイン統一地方選後に市町村レベルにおいて連帯経済の推進を求めるべくどのような提案を行うべきかについて話しました。地域開発については地域開発国際フォーラムの会議がすでに2回行われ、第3回会議がイタリアのトリノ市で10月15日~18日の予定で開催されることを述べた上で、大学や既存ネットワークなどとの協力の重要性が指摘されました。また、市長をはじめとする市役所首脳が社会的連帯経済に積極的である必要がある一方、彼ら首脳の政治的傾向に関わらず勤務し続ける職員と良好な関係を維持することが大切であることが指摘されました。また、バルセロナ県議会が最近作成した市役所向け社会的連帯経済ガイドの活用も提唱されました。最後に、連帯経済の推進のために行政ができることについて、以下の点などが紹介されました。

  • 行動: 啓蒙活動、技術支援、経済的支援、研修、場所の提供、事例の交流など
  • 手段: 連帯経済に有利な税制、契約政策、補助金、市有不動産の提供など
  • 手段を提供する目的: 市民農園の創設、協同組合や倫理銀行・地域通貨などの設立支援、交換市の運営など
  • 連携: 市内の連帯経済事例のマッピング、市内での発展戦略の作成など

(スペインの地方自治制度についての説明: スペインは州や市町村単位でも議院内閣制で、州議会選挙や市町村議会選挙の際には各政党が比例代表名簿を提出し、その得票数に応じて議席を獲得し、その議員の中から州知事や市町村長を選出する仕組みになっています。従来は右派国民党と左派社会労働党の二大政党制で、この両党のうちどちらかが過半数を獲得した場合はその党のみで、どちらも過半数に達しない場合には小政党との連立という形で州政府や市役所などを構成していましたが、昨年できた新左翼政党ポデモスと、カタルーニャを地盤としてここ数か月で急速に支持を拡大している新右翼政党シウダダノスが、前述の両党にひけを取らない支持率を記録しており、どの党も単独過半数に達しない可能性が濃厚であることから、選挙後の連立の枠組みをめぐってかなりの混乱が発生することが予想されます。また、県議会について説明すると、スペイン17州のうち欧州大陸部に位置し、アンダルシア州やカタルーニャ州など2つ以上の県から構成される10州では、各市町村の政策に対して県単位での協力を行うために存在し、各市町村議員の中から選出された代表が県議会議員となります。なお、マドリッド州やアストゥリアス州、ムルシア州など1県だけで構成される5州の場合、州議会や州政府が県議会に相当する職務を担当することになるため、県議会は設けられていません。また、離島州であるバレアレス州やカナリア諸島州では、県単位ではなく島単位で同様の議会が設けられています)

 次の起業セクションでは、各自が自分の行っている事業の概略(何を誰に対して行っているのか、運営費用はどのようにして工面しているのか、そして目下の課題をどう克服するのか)について説明が行われました。

 午後からは、ソーシャル・イノベーションと連帯経済との関わりについてエネコイッツ・エチェサレタ氏(バスク大学)が、カナダ・ケベック州の事例について紹介しました。ここでは研究、教育・研修、サービス提供および融資の4部門が州政府や社会的経済ネットワークと連携しており、特に資金面では世界でも最大級の信用金庫であるデジャルダン信用金庫が大きな役割を果たしていることが紹介されました。

 その後、統一地方選を控えていることから、スペイン各地の市役所に対して以下の10点の提案が行われました(全文(スペイン語)はこちらで)。

  1. 市民社会や社会的団体が公共政策に積極的に関われる場所の推進(特に監査や予算の面で)
  2. 社会的紐帯や包摂を推進(ベーシックインカム、社会的サービスや政策、住宅、教育、医療など(スペインでは経済危機のために住宅ローンが返済できずに自宅から追い出される家庭が毎年10万世帯以上出ている)
  3. 社会的連帯経済の団体との契約などを通じて、責任のある消費および地元商店の推進
  4. 自治体自体が倫理金融や再生可能エネルギー協同組合の一員になり、そのサービスを利用
  5. 地域経済網と消費のイノベーションの発展
  6. 社会的経済の組織を強化(場所の提供、起業フォローアップサービス、金融支援、税制支援、介護や廃品回収など非常に不安定な雇用の改善、フリーライセンスの推進)
  7. 社会的連帯経済や経済の枠組みの変更に関する啓蒙キャンペーン
  8. 地域や天然資源の保護
  9. 省エネおよびエネルギー自治・能率改善の推進
  10. ゴミゼロ政策の採用

 そして金曜日の締めとして、ブラジル連帯経済フォーラムRIPESS(大陸間社会的連帯経済ネットワーク)の事務局を歴任したダニエル・チジェル氏が、社会的連帯経済による告発・抵抗および課題というテーマで講演を行いました。彼はまず、現在の経済危機においても従来の左翼がケインズ的修正資本主義以上の代替案を持たないことや、新興BRICS諸国も経済政策においては従来の先進国と全く違いがない点、さらには2015年に期限が切れる国連のミレニアム開発目標に変わる新たな開発目標設定において社会的連帯経済がなおざりにされている点を批判した上で、文明論的な転換が必要だという観点から以下の7つの課題を提示しました。

ダニエル・チジェル氏(右)を紹介するカルロス・氏(REASバスク、左)

▲ダニエル・チジェル氏(右)を紹介するカルロス・氏(REASバスク、左)

  • 課題1: 各地で雨後のたけのこのように自然発生するものの、持続可能な規模に達することなく消滅してゆく事例の多さ。
  • 課題2: 社会的連帯経済関係者の中でさえ、従来の社会同様権威主義的・自己中心主義的な行動が多い一方で、相互信頼や共同責任および目標への取り組みが欠けている点。
  • 課題3: 社会的連帯経済さえあれば資本主義は簡単に克服できるという安易な考え方、換言すると継続した社会運動としての社会的連帯経済に関する認識不足。
  • 課題4: 社会的連帯経済の事業が差別化に十分に行えないでいる一方、資本主義側が企業の社会的責任などの概念を通じて社会的連帯経済の領域を侵食している現状。
  • 課題5: 社会的連帯経済に実際に取り組む人の少なさ。
  • 課題6: 従来的な社会的経済との混同、すなわち協同組合という法人格さえあれば社会的連帯経済の運営者となるという勘違い。地域社会の発展や社会的バランスシートなどの概念も取り込む必要性。
  • 課題7: 資本主義企業と比べた際の、研究開発力の圧倒的な不足。

 土曜日の午前は、REAS(スペインの連帯経済ネットワーク)の総会が行われる一方、主にREAS部外者に対してアンダルシア州内の社会的連帯経済の事例発表が行われ、その後同会議の会場となったマイモニデス高校から徒歩圏内にある社会的連帯経済の事例視察ツアーが行われました。

    事例発表で紹介された主な事例

  • カサ・デ・ラ・ビダ(コルドバ市内にある高齢者生協)
  • スベティカ・エコロヒカ(コルドバ市南部にある有機食品の消費者生協)
  • ラ・オルティガ(セビリア市内にある同様の消費者生協)
  • 国境なきエコノミスト(より公正な経済の実現に向けて、連帯経済の推進を含む多様な活動を行っているNGO)
  • プーマ(セビリア中心街で流通している地域通貨)
  • トラペーロス・デ・エマウス(スペイン各地で、廃品回収を通じて社会阻害に苦しむ人たちを社会的に包摂するNPO)
    事例視察ツアーで訪問した事例(すべてコルドバ市中心部)

  • カサ・アスル(有機食品の販売や各種研修などを行う自主運営型文化センター)
  • ラ・テヘドーラ(昔の紡績工場跡に造られた商店。有機野菜や連帯経済関係の書籍などを扱う他、倫理銀行などのプロジェクト支援も実施)
  • ラ・ブエルタ・アル・ムンド(世界一周という意味の、中古自転車販売店)
  • IDEAS(前述した通り、この会議の主催団体の一つである老舗フェアトレード団体)

 最後に、各軸で議論された提案や課題が数多く発表され、その後参加者がこれら提案や課題の中で優先順序が高いと思われるものにシールを貼ってゆきました。

 スペインの連帯経済運動において、IDEARIAは非常に重要な役割を果たしています。最近ではREASが連帯経済見本市や各種講演会などを各地で活発に行っていますが、REASの組織がまだまだ脆弱で、連帯経済関係者にさえ連帯経済という概念があまり共有されていなかった1990年代から行われてきた由緒ある会議であることを考えると、これからもスペイン全国の連帯経済関係者にとって重要な会議であり続けることは間違いありません。基本的にスペイン国内が対象なので通訳はつかず、スペイン語が理解できないと参加しづらい会議ではありますが、もし知り合いなどでスペイン語を勉強中でフェアトレードなどの形で社会的連帯経済に取り組んでいる方がいた場合、次回IDEARIA(2017年5月予定)への参加を勧めてみるとよいでしょう。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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