臓器狩り──中国・民衆法廷

第17回

英国 – 証言から立法へ

英国議会での小さな修正案の大きな意味

この修正案は強制収奪された人体組織や臓器が、医薬品や医療検査のために英国に入ることを禁じる手段を政府に与えるものです…同様に重要なことは、世界に向けて、特に中華人民共和国に向けて、私たちは傍観しないというメッセージが送れることです。この機会を逃すわけにはいきません。 

− 英国貴族院議員 ハイベリーのコリンズ卿(労働党)
2020年9月2日 貴族院での『医薬品と医療機器に関する法』修正案の討議で

 米国ではトランプ政権下の12月に『2020年 強制臓器摘出 停止法案』(Stop Forced Organ Harvesting Act of 2020/邦訳)という米国内外にメスをいれた法案が提出された(参照:コットン議員のプレスリリース/邦訳)。「強制臓器収奪・臓器摘出を目的とするヒトの移動」に焦点をあてたもので、デービッド・マタス弁護士は「名指しで制裁措置を科す条項も盛り込まれており、ミニ・マグニツキー法案といった感じだ」とコメントしている(日本語報道全3分 – マタス氏のコメントは1分33秒から)。

 英国議会では、米国とは全く違った形で、中国の人権問題に立ち向かおうとする内部変動が見られる。

二院制における貴族院

 EU離脱に際してEUの規制の縛りがなくなる英国では、早急に法規の見直しが行われている。『医薬品と医療機器に関する法案』(Medicines and Medical Devices Bill)もその一つだ。この法案に、中国の臓器狩りに対する英国の姿勢の”象徴”として、小さな文言が挿入された。貴族院議会での討議を終え、これから庶民院に戻されるが、すでに政府の合意が得られているので形式的なものに過ぎず、春には法制化する見込みという(ETACからの英語プレスリリース)。

 冒頭の引用のように、挿入文の討議・委員会審議・最終文言の読み上げ段階で、合計14人の貴族院議員が中国の臓器狩りを次々と糾弾していった。英国議会に何が起こっているのだろうか?まず、貴族院議員の特徴を調べてみた(「世界史の窓:イギリスの議会制度」、ウィキペディアの「貴族院(イギリス)」と「庶民院」を2021年1月22日にオンラインで参照)。

 英国では、14世紀に貴族・聖職者から構成される貴族院と、騎士・市民代表から構成される庶民院が分離するようになり、二院制が成立した。現在でもこの流れを汲み、貴族院議員は選出されない。さらに聖職貴族を除き終身任期制。1999年の貴族院法により、世襲貴族は92名に制限され、残りのほとんどは「一代限りの貴族」として有識者や功労者が貴族院議員に任命されている。首相は必ず庶民院議員であり、立法においても庶民院は優越だが、無選挙で終身任期の貴族院議員は、票の獲得や政界での昇進を打算する必要もなく、公平に法案を審議し助言できる立場にある。

 現在の貴族院の構成は、議長1名、聖職貴族26名、世俗貴族(保守党257名、労働党177名、その他の野党150名)、クロスベンチャー(中立派)181名。(参考までに、庶民院の構成は、議長1名、保守党365名、労働党202名、その他の野党82名。任期は5年。)(2021年1月17日現在)

 このクロスベンチャー181名は単なる無所属ではない。政治家ではない有識者や功労者も「一代限りの貴族」として含まれる。2000年5月以降、貴族院任命委員会では67名の一代貴族をクロスベンチャーとして貴族院議員に加えている。特別委員会ではエキスパートとして法律案を精査し、改善を加える。ある程度の資産もありモラルのしっかりした貴族院議員は、チャイナマネーやハニートラップの影響も受けにくいことだろう。

伝統に包まれた英国の貴族院の内装伝統に包まれた英国の貴族院の内装(Wikipediaより)

小さな挿入文

 臓器狩り姿勢の象徴とされる文言とは、どのようなものなのだろうか?

 『医薬品と医療機器に関する法』の中で「下記の項目の規制を導入できる」という条項の14項目めに「人の薬剤に関連する組織もしくは細胞の使用」(the use of tissue or cells in relations to human medicine)の文言が挿入された。現行の『ヒトの組織に関する法』には「輸入された」ヒトの組織に対する規制がない。この挿入文があれば、医療に用いられる“臓器”の輸入規制が可能となる。

 この挿入案は、庶民院でマリー・リマー(Marie Rimmer)議員(労働党)が最初に提起した。「中国・民衆法廷」の裁定を引用し、英国の医療機関や医療に携わる人々が、医薬品開発において、知らずにウイグル人や法輪功の臓器を利用してしまい、中国の強制収奪に加担してしまうことのないようにと、提起の意図を説明している(Public Bill Committee p.17ー22)。連載コラム第8回の末尾でも触れたが、2020年6月8日の庶民院での公共法案委員会では、賛成5票、反対9票で、不適切な挿入規制として一蹴された。

 しかし、貴族院議員のハント卿(Lord Hunt)(労働党)が同様の修正案を貴族院に提出した。ハント卿は2019年10月に「移植ツーリズムと遺体展示に関する法案」を提出しており(英語報道)、中国での臓器狩りを積極的に糾弾する議員の1人だ。

 2020年9月2日、5時間近くにわたった貴族院での最初の討議では、50名の貴族院議員が『医薬品と医療器具に関する法』について患者の安全、治験、決定権の問題など、様々な側面から意見を述べた。その中の一側面が「人の医薬品に関連する組織もしくは細胞の使用」の挿入の賛否であり、12名の貴族院議員が次々と「中国・民衆法廷」の証言・裁定を引用しながら、中国を名指しで糾弾していった。(英語書き起こし

 中でも、オローン女史(Baroness O’Loan)(クロスベンチャー、法律専門)のスピーチは包括的だ。臓器提供の合意の証拠もトレーサビリティーもない臓器が、医学研究、レシピエントのための免疫抑制剤市場、収奪された臓器の市場に用いられる可能性を指摘し、この修正は「中華人民共和国と中国共産党に、人権と商業のバランスが変わることを明示する」と断言している。臓器狩りを糾弾する発言のみ(全18分)を集めた英国での10分43秒からオローン女史の発言は始まる。原文に邦訳を添えた文書はこちらへ。

 翌月10月28日の専門委員会での審議では、臓器移植の問題について発言した貴族議員は9名に上った(映像)。特に「中国・民衆法廷ー裁定」で提示された医学論文、電話調査、身体検査、拷問、医師の発言などが詳細に引用され、民衆法廷での52名の証言が立法の下地となる過程を目の当たりにさせてもらった。(英語書き起こし)。

 医療に関連する法についての審議なので、当然、医療分野で貢献してきたクロスベンチャーが関与している。委員会の審議では下記3名が医療専門のクロスベンチャーとして発言した。

  • フィンレイ女史(Baroness Finley)(緩和医療) (英国王立医学会 元会長 2006〜2008年)
  • リベイロ卿(Lord Ribeiro)(外科医・泌尿器科医)(イングランド王立外科医師会 元会長 2005〜2008年)
  • パテル卿(Lord Patel)(産科医)(英国王立産科医師会 元会長 1995〜1998年)(元ダンディー大学学長 2006〜2017年)

 2021年1月12日、調整された文言が最終的に読み上げられたセッションでも、7名の貴族院議員がさらに力強いスピーチを行った(英語書き起こし)。

 この席で、リベイロ卿が「英国王立医学会とイングランド王立外科医師会に、フィンレイ女史とともに臓器狩りに対する認識を高めるよう働きかけていく」と語ったことを特筆したい。立法と並行して医師の認識が高まらなければ、臓器移植による殺害が止むことはない。それにしても、貴族院議員イコール元医師会会長とは、理想的な計らいだ。

『貿易法』の大きな修正案

 EU離脱に伴い、英国で火急な見直しがあったもう一つの法案、『貿易法』修正案についても加筆したい。

 もともと貴族院のクロスベンチャー、アルトン卿(Lord Alton)が「英国の最高裁がジェノサイド罪と裁定した国家に対して、英国の大臣は取引を破棄する」という修正案を提起した。中国の息がかかる国際機関に期待せずに、自らウイグル人へのジェノサイド罪を判定し、その判定に基づき中国が英国のインフラに投資することを停止させる大きな修正案だ。

 この修正案は、イアン・ダンカン=スミス(Ian Duncan Smith)議員(保守党の元党首でIPAC ※の発起人)とナスラット・ガーニ(Nusrat Ghani)議員により庶民院に提出された。2021年1月19日の票決では否決された(319票対308票)ものの、33名の保守党議員が政府に反旗を翻す議員(the rebels)に鞍替えし、格差が縮んだことが指摘されている(NTDの英語報道、最初の1分40秒)。

 ガーニ議員は「EU離脱で貿易の自由を得たのに、なぜわざわざジェノサイドで暴利をむさぼる国々と通商するの? 歴史的に見て正しいサイドに立って!」と議員によびかけていた(BBCの記事原文)。政府に反旗を翻す庶民院のダンカン=スミス議員とクロスベンチャーの貴族院議員アルトン卿は、今後もキャンペーンを続けていくことに勢いづいている。(FTの記事原文

 英国議会の源流は1215年のマグナ=カルタに遡る。国王の絶対権力を抑制するために生まれた議会が、今、中国共産党政権の暴走に歯止めをかけようと、世界にメッセージを送っている。

※ IPAC(Inter-Parliamentary Alliance on China)は「対中政策に関する列国議会連盟」。2020年6月4日設立。日本の代表は自民党の中谷元議員(元防衛大臣)と国民民主党の山尾志桜里議員。

主な関連資料:
UK Lords Combat Forced Organ Harvesting(強制臓器収奪と戦う英国貴族議員たち)(ETACからの英語プレスリリース)。
◎2020年9月2日の貴族院での討議の抜粋映像(18分)
◎オローン女史の発言部分の英文と邦訳
 
英国の法改正に関心のある方への参考資料:
◎How are bills amended by Parliament?(英国議会での法修正の手順)(英文
◎ 挿入文が入る前の法案 (Medicines and Medical Devices Bill
 
参照:『医薬品と医療機器に関する法』貴族院議会での討議過程の書き起こし
◎討議(2020年9月2日)(英語原文
◎委員会(2020年10月28日)(英語原文
◎最終読上げ(2021年1月12日)(英語原文

コラムニスト
鶴田ゆかり
フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。
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