パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第25回

世界人権宣言と経済

 あけましておめでとうございます。前連載である「廣田裕之の社会連帯経済ウォッチ」から通算すると8年目に突入しました。今後もよろしくお願いします。

 さて今回は、一見何の関係もなさそうに見える世界人権宣言と経済の関係について考えてみたいと思います。
 世界人権宣言は、1948年12月10日に国連で採択されたもので、その後の各種条約(たとえば1966年に採択された国際人権規約や1999年に採択されたグローバルコンパクト)の基盤となっています。全30条、日本語訳では4000字程度という簡潔なものですが、この中に基本的人権の概要がまとめられています。同宣言の採択から70年以上が経過した今では、当時なかった新しい人権の概念が登場しており、多少古い内容である点は否めませんが、それでも当時の人権が否定されているわけではない以上、現在でも人権を考えるうえでの出発点となっています。また、日本国憲法など各国の憲法で保障された人権は、改憲されると制限・廃止される可能性がある一方、世界人権宣言の規定は基本的に世界どこでも有効とみなされますので、より普遍性があります(世界人権宣言は英語ではUniversal Declaration of Human Rightsと呼ばれますですが、ここで登場するuniversalは「普遍的な」という意味も持っています)。少なくとも、世界のどの国であれ世界人権宣言を無視すると宣言した場合、その国が国際的批判を受けることは間違いないでしょう。

国連総会会議場(出典: ウィキペディア)国連総会会議場(出典: ウィキペディア)

 さて、このような意味合いを持つ世界人権宣言の条文の中で、具体的に経済活動と関わりそうな部分を読み進めてゆくことにしましょう。なお、以下の条文は、アムネスティ日本の訳文に従っております。

  • 第3条「すべて⼈は、⽣命、⾃由及び⾝体の安全に対する権利を有する」: これは当然ながら経済活動にも適用されます。つまり、基本的にこれらの安全が保障されない経済活動への従事は強制されず、生命や身体の危険がある場合(たとえば一酸化炭素中毒になる可能性のある炭鉱の中での勤務の場合)、それから身を守るだけの十分な措置を講じてもらう権利があるということです。
  • 第4条「何⼈も、奴隷にされ、⼜は苦役に服することはない。奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁⽌する」および第5条「拷問⼜は残虐な、⾮⼈道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない」: 奴隷労働や拷問(たとえば戦前のタコ部屋労働)の禁止をうたったものですが、これは当然ながら労働者にもあてはまります。たとえば、雇用主に対して借金を負っているからといって奴隷労働を強制されたり、屈辱的な待遇を受けたりしてはならないというわけです。
  • 第17条第1項「すべて⼈は、単独で⼜は他の者と共同して財産を所有する権利を有する」および第2項「何⼈も、ほしいままに⾃⼰の財産を奪われることはない」: いわゆる財産権です。人権というと左翼的(貧困層に有利なもの)なものだと誤解する人は多いですが、財産権についてはむしろ右翼的(富裕層に有利なもの)だと言えるでしょう。この財産権が保証されない場合、特に富裕層の資産を政府が没収できることになり、せっかく築いた財産が台無しになってしまいます。人権は貧困層のみならず、全ての人向けのものであることが、この例からもおわかりになることでしょう。
  • 第20条第1項「すべての⼈は、平和的集会及び結社の⾃由に対する権利を有する」: この文面だけを読むと、経済ではなく政治的なもののように思えますが、結社という意味のフランス語associationは、日本でいうところの特定非営利活動法人(NPO)という意味でも使われています。NPOは社会的経済の重要な一員であることを考えると、この条項はNPO結成の自由も保証していると理解することができるのです。
  • 第22条「すべて⼈は、社会の⼀員として、社会保障を受ける権利を有し、かつ、国家的努⼒及び国際的協⼒により、また、各国の組織及び資源に応じて、⾃⼰の尊厳と⾃⼰の⼈格の⾃由な発展とに⽋くことのできない経済的、社会的及び⽂化的権利を実現する権利を有する」: 社会保障には、老齢年金や障碍者年金がありますが、高齢や障害により働くことができなくなった人を、社会全体で支えていくことが示されています。また、単に最低限の生活水準が保証されればよいとするのではなく、人間的に発展しさらに高度な生活を享受できるよう、政府が支援すべきだということです。なお、社会保障については第25条でもさらに詳しく書かれていますので、そこで再度取り上げます。
  • 第23条第1項「すべて⼈は、勤労し、職業を⾃由に選択し、公正かつ有利な勤労条件を確保し、及び失業に対する保護を受ける権利を有する」、第2項「すべて⼈は、いかなる差別をも受けることなく、同等の勤労に対し、同等の報酬を受ける権利を有する」、第3項「勤労する者は、すべて、⾃⼰及び家族に対して⼈間の尊厳にふさわしい⽣活を保障する公正かつ有利な報酬を受け、かつ、必要な場合には、他の社会的保護⼿段によって補充を受けることができる」および第4項「すべて⼈は、⾃⼰の利益を保護するために労働組合を組織し、及びこれに参加する権利を有する」: 職業選択や失業保険についての権利は、当たり前すぎるので特に書きませんが、第2項の同一労働同一賃金の原則は、性別や年齢、民族や国籍などを問わず適用されるという意味です。さらに、第3項では労働者自身だけではなく家族の生活も保障されるような賃金を受けたり、賃金が少ない場合には政府から手当を受けて補完してもらったりできるという意味です。
  • 第24条「すべて⼈は、労働時間の合理的な制限及び定期的な有給休暇を含む休息及び余暇をもつ権利を有する」: 極端な長時間労働を強制されたり、有給休暇なしで年がら年中働かされたりしない権利が保障されています。
  • 第25条第1項「すべて⼈は、⾐⾷住、医療及び必要な社会的施設等により、⾃⼰及び家族の健康及び福祉に⼗分な⽣活⽔準を保持する権利並びに失業、疾病、⼼⾝障害、配偶者の死亡、⽼齢その他不可抗⼒による⽣活不能の場合は、保障を受ける権利を有する」および第2項「⺟と⼦とは、特別の保護及び援助を受ける権利を有する。すべての児童は、嫡出であると否とを問わず、同じ社会的保護を受ける」: 文字通りですので特にコメントすることはありませんが、さまざまな状況において社会保障の適用対象となることがうたわれています。


国連広報センターによる人権啓発の動画

 また、日本では「権利と義務はセット」という意見が頻繁に主張されますが、そのような考え方は世界人権宣言には存在しません。日本国憲法でも日本国憲法の義務として納税、勤労と義務教育を子どもに受けさせることが規定されていますが、義務を果たさなかったからといって必ずしも権利が奪われるわけではありません。たとえば信教の自由(世界人権宣言第18条憲法第20条)は基本的人権の一つであり、脱税して逮捕されたり、怠け者で就労しなかったりという理由でその信仰を捨てろと強制することはできません(言い換えれば、信教の自由とセットになっている義務は存在しません)。また、客観的に見ていくら極悪犯だと思われる人であれ、裁判を通じて有罪が確定するまでは法的には無罪と扱われ(推定無罪)、有罪判決を出すためには検察が動かぬ証拠を出す必要があり、無罪である間はそれなりの権利が保障されるわけです。さらに、あるお金持ちが何らかの犯罪により有罪判決を受けた場合でも、罰金や(被害者がいる場合の)賠償金以外の形でこのお金持ちの現金や銀行預金が収奪されたり、保有財産を没収されたりすることはありません。

 経済活動においても権利の概念は大切ですが、今回の記事でそのあたりのおさらいになれば幸いです。

コラムニスト
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廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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