パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第22回

社会的経済法関連のスペインでの最近の動向

 スペインは世界で初めて、2011年3月に国レベルで社会的経済法が制定された国ですが(当初は全9条、その後特に補助金面で法改正されて現在では全13条。2011年当時の条文の和訳はこちらを参照)、その後2016年には、この全国法とは別にガリシア州で州法が制定されており(全文(スペイン語)はこちら)、またアラゴン州やカタルーニャ州でも州法の制定に向けた動きがあります。これに関して9月12日にバレンシア大学で講演会がありましたので、今回はその内容を報告したいと思います。なおスペインは1986年に、欧州連合(EU)の前身である欧州共同体(EU)に加盟しましたが、EUレベルでも社会的経済についての議論が行われていたり、EU諸国の関係者との交流が盛んだったりする点を強調する必要があります。

バレンシア大学で講演するアルバ・パス・ボウベタ・ガリシア州政府社会的経済局副局長バレンシア大学で講演するアルバ・パス・ボウベタ・ガリシア州政府社会的経済局副局長

 ガリシア州(人口約270万人)はスペインの北西部、ポルトガルの真北にあり、州都サンティアゴ・デ・コンポステラ市はサンティアゴ巡礼道の終着点であるサンティアゴ大聖堂で有名で、同市内には中世の面影を強く残す旧市街が残されていますが、州全体としては農業や漁業、そして林業といった第一次産業が今でも比較的重要になっている一方、工業化は遅れています(とはいえ、日本にもあるブティックZARAの本社は、同州最大の都市ア・コルーニャ市近郊にあり、同社の創業者アマンシオ・オルテガはスペイン第1の、そして世界でもビル・ゲイツに次ぐ2番目の富豪として知られていますが)。スペインの中でも降雨量に恵まれ、小規模自作農が多く、また険しい山地にあふれたガリシア州は、日本の東北地方に似た地域だといえるでしょう(ただ、冬でもかなり温暖なため、降雪はそれほど多くありませんが)。このガリシア州は歴史的に、スペイン国内外の各地へと移民を送出してきており、現在では特に中山間地域を中心として、日本同様に過疎化や少子高齢化の問題を抱えていますが、同州における社会的経済法はこのような同州特有の状況を背景にしたものとなっています。

 スペインの社会的経済関係法について研究する際に注意しないといけないのは、協同組合などの法人の管轄が中央政府と州政府の両方にまたがっているという点です。基本的に特定の州内で活動の大半が行われる協同組合については州法が(州法が存在しないカナリア諸島州や、セウタ・メリーリャの両自治市を除く)、そして複数の州で活動を行う一方、特定の州に活動が偏っているわけではない協同組合(または、カナリア諸島州やセウタ・メリーリャが活動の基盤となる)については全国法が適用され、州法が適用される協同組合についてはその管轄が州政府になります。また、アソシアシオン(NPO)関連のガリシア法は存在しませんが、その他の法律によりその登記の権限がガリシア州政府に移行されており、基本的に同州内で活動するNPOについては同州政府の関連登記所で登記を行うことになります。そして、特に協同組合の場合、同法の適用対象となるにはガリシア州の協同組合として法人登記されている必要があります。ガリシア州内で活動を行っていても、全国法または他州法による協同組合の場合、この法律の適用対象から外れてしまうのです。

 社会的経済についての定義は、全国法もガリシア州法もそれほど変わりませんが、大きく違う点は「ガリシア州農村部における過疎化および高齢化に対し、安定や将来を注入する地域への取り組み」(第5条e)であり、中山間地域の活性化の手段として社会的経済をとらえていることがお判りになるかと思います。また、社会的経済の推進目的として、雇用創出政策の中での社会的経済団体への参加や学校教育のカリキュラムにおける社会的経済の導入、州政府のよる関連政策の調整や州政府による購買の推進などが含まれており、同法により立ち上げられたエウスモという推進者ネットワークにより、各種支援事業が行われています。

 次に、マドリード州とカタルーニャ州の中間にあり、バスクやバレンシアにも比較的近いという交通の要衝に位置するアラゴン州では、2018年11月30日に同州議会に法案が提出(法案の文面はこちらを参照)されましたが、結局採決されないまま州議選を迎えており、今後この法案が再審議されるか微妙な情勢です。法案の条文を読む限り、前述のガリシア法同様農村部の振興が盛り込まれていたり(同州北部のウエスカ県は廃村となった村が多く、また南部のテルエル県は非常に人口が少ない一方、同州の人口の半分が州都サラゴサ市に集中している)、社会的連帯経済関係の金融制度を推進したりする予定のようです。さらに、大学でも社会的経済についての教育を充実させるということですが、サラゴサ大学には社会的経済の研究所があり、また社会的経済の総連合会CEPESのアラゴン支部や連帯経済ネットワークREASのアラゴン州ネットワークも積極的に活動を行っていることを考えると、比較的小さな(人口132万人)州であっても社会的連帯経済が積極的に動いているといえるでしょう。

スペインの中で社会的経済法がある、または審議中の自治州(赤が制定済み、青が制定中。セウタとメリーリャはアフリカ大陸上にあるスペインの自治市)スペインの中で社会的経済法がある、または審議中の自治州(赤が制定済み、青が制定中。セウタとメリーリャはアフリカ大陸上にあるスペインの自治市)

 さらにカタルーニャ州(人口約750万人)でも(カタルーニャの連帯経済についてはこちらなどを参照)、2014年に連帯経済ネットワーク(XES)草案を発表して以来、各地で州法の制定に向けて活動が進んでいます(もしかしたら近日中に、法律の制定をこの連載でお伝えできるかもしれません)。フランスに隣接し、伝統的にフランスの影響を強く受けてきたカタルーニャでは、フランスの社会的連帯経済法を参考にしながら法案が作成されていますが、この法案で面白いと思われる点を、いくつか箇条書きにしてみたいと思います。

  • 労働者組合員間の給与格差が5倍を超える場合、一般的に社会的経済の一員とみなされる法人格であっても社会的経済法の対象外。
  • 行政は、社会的連帯経済の新規事例の創出のために土地も提供可能。
  • 倒産した企業の元従業員が労働者協同組合を結成して企業の設備を買い取り、回復企業として自主運営可能に。
  • 社会的連帯経済の事例に融資するための、州営協同組合銀行の創設。
  • その一方、それほど過疎化が進んでいないカタルーニャでは、中山間部の振興はそれほど重要視されていない。

 このように、ガリシア、アラゴンとカタルーニャという3州について紹介しましたが、以下、日本の文脈に置き換えて考えてみたいと思います。
 確かに日本は、EUやASEAN(東南アジア諸国連合)のような地域連合には加盟してはいませんが、国連やその機関が社会的連帯経済を推進しているという事実(詳細はこちら参照)を強調することができます。当然ながら日本も国連加盟国である以上、国連が社会的連帯経済を推進しているという事実は、日本国内において各種政策を立案する場合に追い風となりますので、社会的連帯経済関係者はこのような国外の動きにも目を見張る必要があるでしょう。

 また、日本の場合は州ではなく都道府県の条例として制定することになりますが、特に協同組合など社会的経済関連の法人の都道府県法が存在しなくとも、これら法人の本部や事務所などが該当する都道府県内に存在するものを対象にすることで、この問題は解決できるでしょう。

 また、全国法で対処されていない項目(ガリシア州法の場合は少子高齢化や過疎化、カタルーニャ州の場合は回復企業など)について州法で取り扱うという点は、地域ごとに異なる課題に柔軟に対処できることから日本の都道府県でも検討可能かと思います。東西南北に細長い日本の場合、過疎化やワーキングプア対策、雇用創出や外国人労働者の社会統合など地域ごとにさまざまな課題を抱えているかと思いますが、特に現在の全国法でカバーされていないものの、地域社会のためには欠かせないと思われることであれば、それについて取り上げることも大切でしょう。

 その一方、以前も紹介したソウルの社会的経済支援センター(詳細はこちらを参照)のような施設は、スペインには特に存在しません。公営、公設民営、または官民共同運営(たとえば上記のエウスモの運営)の形でかかる支援センターが存在すれば、新たな社会的経済の事例の創出にも一役買うのではないか、と個人的には思っていますが…。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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