パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第10回

気候変動対策における中央銀行の役割

 今年の夏は、日本やヨーロッパなど各地で猛暑を記録しましたが、地球温暖化の影響でこのような猛暑が1年限りではなく、もはや毎年の恒例行事化していることは、読者の皆さんもご存知のことと思います。気候変動に対してはもはや待ったなしの対策が待たれる状況ですが、この対策において通貨改革の観点から、特に中央銀行側で実現可能な政策があるという、英国ポジティブマネーの報告書を今回は紹介したいと思います。なお、全文(英語)はこちらで読むことができます。

英国ポジティブマネーの報告書英国ポジティブマネーの報告書

 2015年12月に第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)がパリで開催され、そこで二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量の削減を規定したパリ協定が結ばれましたが、これを受けて世界各地の民間銀行も商機を見越してより温室効果ガスの排出量が少ない、あるいは温室効果ガスの吸収に関連した事業に積極的に融資をするようになっています。しかしながら世界各国の中央銀行は、あくまでも金融面での安定、具体的には物価と金融機関の安定にしか関心を示しておらず、気候変動対策に関しては我関せずの態度を貫いています。そうではなく、気候変動が人類すべてに悪影響を及ぼす深刻な問題であるからこそ、各国の中央銀行も通貨政策以外には「中立」という縦割り行政を貫くのではなく、その権限を使ってその防止に努めるべきだというのが、この報告書の論旨です。

 この報告書によると、英国とオランダの中央銀行は最近、気候変動に関する会議を開催していますが、気候変動に対して中央銀行がより積極的な介入をすべきだという人たちの論拠は、主に以下の2つになっています。

  • 気候変動に加え、それに対する社会の反応により、中央銀行が保護すべき金融システムの安定性が脅かされる。
  • 金融を規制し公的資金の創造に責任を持つ機関として、中央銀行は「環境のための投資のギャップ」を埋めるべく貢献する必要がある。

 前者についてですが、台風やハリケーンなどが強力化することで風水害の被害が増し、それにより経済にも悪影響が出るというものです。たとえば米国フロリダ州のマイアミ・ビーチはリゾート地として有名で、世界各地のお金持ちが移住したり別荘を持ったりしていますが、ここは石灰岩など水はけの悪い土壌で有名で、特に最近の温暖化により高潮などの浸水被害が頻繁に起きており(詳細はこちらで)、今後これが常態化すれば当然ながらビーチリゾートとしての資産価値はゼロになってしまいます。その他、海面上昇により世界各地のビーチリゾートや港湾施設などが使えなくなるという多大な経済的損失が発生し、これにより個人破産や企業倒産が続出したりする可能性があります。特に日本のように海岸付近に大都市や工場が立ち並ぶ国では、今後さらなる温暖化が進めば、海水面の上昇により水没する場所も出てくるため、マイアミ・ビーチの現状は他人事とは言えないのです。実際、このような水害が多発すると保険金の支払いで保険会社が破産しかねないということで、保険業界もこの問題に真剣に取り組み始めています。

動画: 浸水が頻繁に起きているマイアミ・ビーチの様子の報道

 また、中央銀行が気候変動対策においてもっと積極的になるべきだという二番目の議論は、中央銀行が公共財の創造を担当する機関だという主張から生まれています。二酸化炭素の削減が誰も否定できない公共財である以上、そのための投資が欠かせない一方、民間銀行は利益の出る事業にばかり投資し、できるだけ二酸化炭素の排出を削減したり吸収を促したりする事業に投資するよう政策誘導する必要がある、というものです。しかし、今のところ言葉だけが先行し金融面で可能な実践的な取り組みが欠けていると、この報告書では批判しています。また、英国の中央銀行であるイングランド銀行を管轄する1998年イングランド法の第11条では同銀行の目的として物価安定と、「経済や雇用という目標を含む英国政府の経済政策を支援」が規定されていますが、次の第12条で財務省が同銀行に対して採用すべき政策を通告することができると規定されており、英国政府側が望めばイングランド銀行に気候変動対策関連のプロジェクトへの融資を推進する政策も通告できることになっています。

 同報告書でのイングランド銀行向けの提案は、以下の通りです:

  • イングランド銀行は環境に優しい融資に関するガイドラインを商業銀行に向けて刊行し、英国におけるこの分野での成長が環境面でのメリットをもたらすようにする。
  • イングランド銀行は自身の貸借対照表(バランスシート)において、気候変動にともなう資産リスクを公開し、金融業界の模範となる。
  • イングランド銀行は、化石燃料企業の社債の購入をやめる。
  • イングランド銀行は、英国における環境にやさしく持続可能な投資のニーズに金融が協力できる方法についてオープンで透明な研究を行う。

 日本の中央銀行である日銀に関しては、日本銀行法の第1条で、「銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うこと」および「銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資すること」という目的が規定されており、第2条では物価の安定もうたわれていますが、同4条で「その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」とも規定されていることから、物価の安定に配慮しつつも、政府の経済政策に見合った通貨・金融政策が求められています。このため、英国同様、日本でも政府が本腰になれば、気候変動対策の事業への融資をもっと活発化させることができるはずです。

 環境に優しい投資、特に風力や太陽光発電などの再生可能エネルギーについては、発電コストが下がり続けていて純粋に経済的な観点から見ても最良のエネルギー源になりつつあり、その分野では確かに国際的に積極的な投資活動が見られますが、再生エネルギー関連事業など環境に優しい事業への融資をさらに推進するには、直接的な収益予測だけではなく、その事業による副次的な環境保護効果(たとえば削減が見込まれる二酸化炭素排出量)も何らかの形で数値化して、融資の審査で考慮される基準の1つにすることが考えられます。

デンマークの首都コペンハーゲン沖に立ち並ぶ風力発電機デンマークの首都コペンハーゲン沖に立ち並ぶ風力発電機

 次に、中央銀行自身の資産リスクについてですが、特に日本の場合、主要都市の大部分が海岸沿いにあることもあり、日銀自身の本店や支店も、標高の低いところに数多くあります。例えば、日本各地の標高を教えてくれる国土地理院のサイトで調べてみると、東京駅や日本橋の近くにある日銀本店の標高は3.9mですし、支店の中にはさらに標高が低いものもあります(新潟支店0.4m、高松支店1.7m、広島支店2.1m、松江支店2.3m、函館支店・高知支店2.4m、青森支店・神戸支店2.5m、大阪支店2.8m、福岡支店2.9m、釧路支店3.2m、横浜支店・大分支店3.3m: 他にも事務所があるが割愛)。特に新潟支店や高松支店は標高が低く、中長期的には同支店のある一帯が浸水する可能性もあるため、銀行など金融界への警告として、地球温暖化による海水面上昇による日銀自身が受ける影響を発表するのも、悪くはないでしょう。

 3つ目については、日銀も量的緩和の一環として上場会社の株式を買い支えていますが、ダイヤモンド社の記事によると、日銀が大株主となっている企業100社の中にも化石燃料企業が含まれています(この記事の中では具体的な社名については控えさせていただきます)。しかし、仮に日銀が本気で地球温暖化対策を考えているのであれば、化石燃料企業の株を持つのは自己矛盾になるはずなので、早期に手放す必要があるでしょう。

 最後ですが、日本でも日銀は金融業界を監督する立場であり、実際に高度成長の時期には窓口規制を通じて将来性のある事業への投資を金融機関に促していました。ですので、もし日銀が本気で気候変動対策に取り組むのであれば、金融業界に持続可能な事業への投資を促す方法について研究し、必要であれば公開する必要があると言えるでしょう。

 気候変動が起これば、上記の通り日銀自身も悪影響を受ける可能性が十分にあるため、日銀もこの点では無関心を貫くのではなく、日銀自身のため、そして日本経済のために積極的な行動を行うことが求められています。この報告書が何らかの参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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