2020年6月25日から28日までバルセロナ市内で、世界各地の社会的連帯経済関係者が集う変革型経済世界社会フォーラムが開催される予定でしたが、コロナウイルスの世界的蔓延により中止され、オンラインのバーチャルフォーラムに変更されました。今回はその開幕オンラインイベントの内容をお伝えしたいと思います(英語版)。
開幕イベントではまず、開催地代表としてバルセロナ市やバルセロナ県議会、そしてカタルーニャ州の代表が挨拶を行いました。まず、バルセロナ市のアダ・コラウ市長が、Covid-19の蔓延以前の「通常」が、環境汚染や気候変動、貧富の格差拡大や投機型経済などのため持続不可能であることを指摘し、そのような経済の是正における当フォーラムの意義を強調しました。カタルーニャ州対外関係・機関間関係および透明性局のスレー・イ・バリル氏は、全世界に広がったコロナウイルスを克服するには世界的なネットワークの構築による協力が欠かせないことを指摘しました。カタルーニャ州労働・社会問題・家族局のシャキール・エル・ホムラニ・レスファル氏は、人間中心の経済であり、労働における民主主義やまちづくりと関連している社会的連帯経済の意義を強調し、また同州で社会的連帯経済の州法制定に向けら取り組みが行われていることも紹介しました。さらに、アスプルガス・ダ・リュブラガット市長でバルセロナ県議会国際関係も担当しているピラール・ディアス・ロメロ女史は、社会変革において市民社会が主役であることを認識したうえで、特に地方政府レベルでの政策により変革型経済の構築が推進されると述べ、カタルーニャですでに市町村レベルでの連携ネットワークが存在するが、そのさらなる強化には国際協力が欠かせないと語りました。
その後、講演者5名が簡単な発表を行いました。まず、コモンズ(共有財)の形成のための対人間協力制度の構築に取り組むP2P財団の創設者として世界的に有名なミシェル・バウエンス氏(ベルギー出身、タイ在住)が、1)公的なコモンズ形成協力の協定書の作成(感染症の蔓延により寸断された流通網を市民社会が補ったが、市民社会が生産する製品を行政が受け入れられる協力関係が不足しており、今後整備する必要あり)、2)グローバル都市コモンズ蓄積(イタリア・トスカーナ地方では有機農業が盛んだが、事例同士での提携が欠けており無駄が生じているので、提携関係の構築が必要)、そして3)公的レッジャーの作成(地域の共有財を構築する人たちへの報酬制度の設立)という3点の重要性を語りました。
次に、トービン税(金融取引に課税して、その税収で社会構築のための各種費用に充当)の導入を主張するATTAC(リンクはATTAC日本)の会員で環境運動家でもあるジュヌヴィエーヴ・アザム女史(フランス)が、コロナウイルス蔓延前によりいのちを最優先にした経済運営を余儀なくされたことや、気候変動や生物多様性の危機といった問題を指摘したうえで、遠くの諸外国との貿易ではなく地産地消型で、かつ贅沢品への資源の浪費ではなく生存や学習、介護など必要不可欠なものの生産に集中した経済への移行を訴え、その際における、時にローテクである連帯経済の重要性を強調しました。
3番目の講演者は、地元カタルーニャのビック大学で有機農業を教えているエコフェミニストのマルタ・リベーラ女史でした。彼女は教育や各地で行われている様々な社会的闘争、非暴力的直接行動、自主運営プロセスといったツールを草の根が使うことがある一方、産直提携農業の事例は多くても事例間の協同が不足している現状や、連帯経済の事例におけるフェミニズムの理念の実践の欠如、食糧主権を基盤にした都市から農村への移住や農業の振興の欠如という問題点を指摘しました。
4番目の発表者は、連帯経済に詳しいブラジル人哲学者エウクリデス・マンセでした。彼はまず、人間の解放と人間の必要という2つの概念を話題に出し、必要が満たされていない人間は解放されていないと指摘しました。次に、他人の必要を満たし自由を広げる人間の使用価値創造能力を話題にし、生産活動が増えると必要が際限なく複雑化すると語り、これをブエン・ビビール(南米先住民起源の概念で、母なる自然と調和した形で必要が充足される生き方のこと)や自主運営と関連付けました。その後、抑圧的かつ収奪的で、人間の自由を保証しない現行経済の性格を批判し、「自己解放できる人はいない」という同国の教育学者パウロ・フレイレ(1921~1997、彼についての私の以前の記事はこちらで)のことばを引用したうえで、ブロックチェーンなど最新の技術を使う形での、連帯経済の各種実践やベーシックインカムを通じた集合的な解放を提唱しました。
最後に、インドで多様なオルタナティブを実践しているアシシ・コタリ氏が発表しました。彼は、コロナウイルスの危機により、従来型の政府や大企業主導型の経済運営や政府による監視と、既存の社会制度が揺らいでいる中で数多くの市民が連帯の下で数多くの事例を生み出している2つの側面を強調し、同国では大都市で失業した出稼ぎ労働者が故郷に帰ったり、あるいは都市に残って新たな業種で仕事を開始したりしている状況として、不可触階層に属する女性農家5000名により、種の保存や知識の共有などの面で行われている食料主権関連の活動や、森林権を要求し、これにより持続可能な生態系や経済を確立した先住民の事例を紹介し、そのカギとして経済の民主的管理、民族自決・民主主義の深化、社会的正義、文化・知識、環境やその回復力という5点を指摘しました。
バルセロナ市役所やカタルーニャ州政府は、ここ5年ほど社会的連帯経済の支援に積極的で、具体的には毎年10月の見本市をバルセロナ市役所が支援したり、州政府が州内各地にインキュベーターセンター「アタネウ・コーパラティウ」を設立したりしていますが、市民社会主体型の経済を推進しようという意欲が感じられます(このため、世界各地の関係者が現地を訪れてその様子を直接目の当たりにする機会となるはずであったこのフォーラムが中止に追い込まれたのは非常に残念ですが、感染症の深刻度を考えると仕方ないでしょう)。
中国での大規模感染から半年が経過しても世界各地で感染が後を絶たず、警戒状態がどの程度続くかはっきりしない状況においては、これまでの経済モデルが見直しを余儀なくされていることは確かです。特に感染症の蔓延防止の観点から世界各国が外国からの入国を厳しく制限している中で、観光や国際会議などに大幅な影響が出ており、少なくとも短期的にはこの状況が改善する兆しは見られません。このため、特に航空業や宿泊業などの関係者は、明らかに不可抗力により経済活動を行う機会を奪われているわけですので、アザム女史が語るように、必要不可欠のモノやサービス(食料や介護など)の生産と消費に中心を据えた経済への転換、そしてそのための支援が不可避なのかもしれません。
また、連帯経済の推進の成否については、コタリ氏が語るように、民主主義や社会正義を各地域社会がどれだけ希求しているかという観点も欠かせません。私たち自身が生き延びられているのは資本主義企業の恩寵のおかげというストックホルム症候群的な考えではなく、そういった企業から独立しても生きてゆける実例を作り、日頃の生活で民主主義や社会正義を実践することで、そのような概念が口先だけのものではなく実際に存在することを実証することも大切なことでしょう。
その一方、Covid-19の蔓延により起きたメリットとして、オンライン会議が非常に身近なものとなり(それ以前も存在していたとはいえ)、特にスペイン語圏では国境を越えたウェビナーが頻繁に開催されるようになったことが挙げられるでしょう。これまでは外国の人に講演してもらう場合、高い旅費を支払う必要がありましたが、オンライン会議であればこのような費用は不要です。また、自前で通訳を賄える場合、ことばの壁を越えた勉強会も実現可能です(実際私自身も、日本向けに毎月勉強会を開催しています)。社会的連帯経済の分野で今後さらなる国際関係の強化を実現するには、このような仕組みを使って旅行せずに人的交流を深めることが欠かせません。
変革型世界社会フォーラム自体は10月末にも開催されますが、ここでさらなる議論や発展が起きることを期待しましょう。