パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第32回

ブラジルのコミュニティ開発銀行の現状

 連帯経済の分野で世界をリードするブラジルは、地域通貨の分野でもパルマス銀行に代表されるコミュニティ開発銀行が数多く存在しています。パルマス銀行は、ブラジル北東部にあるセアラ州の州都フォルタレザ市の郊外にあるパルメイラス地区で自治会により1998年に発足した銀行で、低所得のため一般の銀行では口座を開くことのできない人たちが口座を持ったり、各種公共料金の支払いを行ったり、自治会の審査により地域住民に融資を行ったりしていますが、パルマス銀行の成功をきっかけとして、ブラジル各地に同様の取り組みが広がることになり、その事例が集まってブラジルコミュニティ開発銀行ネットワークを作っています。このネットワークでは年次総会を行っていますが、Covid-19の関係でブラジル全国から関係者が集えなくなった今年はオンライン会議になり(6月8日~12日)、逆にこのおかげでブラジル国外在住者でも、同国の公用語であるポルトガル語がわかる限り参加できることになりました(ポルトガル語はブラジルの他、ポルトガル本国やアフリカ諸国などで話されていますが、スペイン語と非常に似ているためスペイン語圏の人、特に観光や仕事などの関係でブラジル滞在経験のあるスペイン語圏出身者は理解可能です)。このため今回は、オンライン会議での報告や議論内容についてお伝えしたいと思います。

ドキュメンタリー「パルマス」(英語版)

 初日は、パルマス銀行を発足したジョアキン・メロにより、コミュニティ開発銀行に対して行われたアンケートの結果が発表されました。ブラジル全国に115行あるコミュニティ開発銀行のうち58行が回答を行いましたが、融資活動を行っている銀行は58行中34行で、主に消費や生産、書籍や有機農業に向けて融資が行われています。スマホのアプリ(アプリでは預金、課金、チャージ、送金、決済と履歴確認が可能)やキャッシュカードとして運用されているE-dinheiro(dinheiro(ブラジルではヂニェイロと発音)はポルトガル語で「お金」や「現金」という意味)は58行中32行で導入されており、各種請求書の支払い、携帯電話料金のチャージ、融資や社会保障の受け取り、送金そして支払代金の決済手段として使われている一方、紙幣も31行が使い続けています。

 その次に、2015年に創設され、スマホのアプリやカードとして使われているE-dinheiroの普及状況について説明がありました。プリペイド口座は2016年の8971口座から2020年には10万2052口座へと急増し、このE-dinheiroを受け取る商店も2016年の585店舗から2020年の7428店舗へと、そして取引総額に至っては2017年の28万8675レアルから2020年(5月末現在)の4815万9948レアルへと急増しています。ブラジルの通貨レアルは2017年の1レアル=30円台前半から、2020年は1レアル=20円強へと多少下落していますが、それを差し引いても100倍以上の急激な成長を見せており、今後の浸透次第ではさらなる利用が期待できます。

 火曜日には、ベーシックインカムの一環としてこれら地域通貨を導入している事例が紹介されました。まず、リオデジャネイロ市州マリカー市のゼー・カルロス連帯経済局長が、同市の地域通貨ムンブーカによるベーシック・インカムの取り組みを語りました。2015年に15歳から29歳までの青年層1人あたり100ムンブーカ(=100レアル。当時のレートを1レアル=40円とすると4000円)、そして妊娠中の女性に70ムンブーカ(同じく約2800円)を支給することから始め、現在では4万2000家族が1人当たり130ムンブーカ(現在のレートでは約2600円)を受給するようになりましたが、市長はこの額を1人当たり300ムンブーカ(約6000円)に引き上げる予定です。現在市内でムンブーカを受け取る商店が3000店舗存在し、2022年までに市民全員がベーシックインカムを受け取れるよう制度を改正することを模索しています。

 次に、北東部アラゴアス州にあり、地域開発銀行が昨年12月に創設されたリモエイロ・デ・アナヂア市のマルセロ・ロドリゲス市長が発言しました。ここは典型的な低収入の農村地帯で、54.6%が最低賃金(月額1039レアル=約2万0800円)の半分も手にしていない現状を語った後、州都マセイオー市や同州で2番目に大きいアラピラーカ市に近い地理的条件にかかわらず、地域通貨のおかげで市内での消費が増えたことも強調しました。

 その後、現在はサンパウロ市議で、かつブラジルベーシックインカムネットワークの名誉会長も務めているエドゥアルド・スプリシー博士が、市民の威厳を高めるベーシックインカムの意義を強調し、石油やカジノの収入で潤っている米国アラスカ州やマカオでベーシックインカムが導入されている事例(マカオについてはこちらで)や、ケニアでも月額20ドル程度が支給され、この副収入により市民の生活が改善され、さらに家庭内暴力(DV)が半減している現状が語られました。

E-dinheiroを紹介するウェビナーの様子(水曜日)

 水曜日には、前述したE-dinheiroの新しいプラットフォームが紹介されました。今年新たに追加される機能としては、クレジットカード機能(今まではデビットカードとしてしか使えなかった)、従業員への給与支払い、請求書や領収書の発行、融資についての諸設定などが挙げられます。普通の都市銀行や信用金庫などに口座を持つ人であれば特に珍しくはないかもしれませんが、自治会が20年前に立ち上げたコミュニティバンクがここまでのソフトウェアの開発に至った例は、世界的に見てもそうそう多くはないのではないでしょうか。

 木曜日には、地域経済を活性化する地域通貨の役割と、Covid-19後の地域開発におけるコミュニティバンクの役割について議論が行われました。前者においては、サンパウロ出身でアルゼンチンのブエノスアイレスで地域通貨「交換クラブ」の推進に取り組んでおり、パルマス銀行における地域通貨の導入に一役買ったエロイザ・プリマヴェーラ女史が、世界的な潮流を語りました。彼女はまず、アルゼンチンの交換クラブが第1世代(地域通貨で地域経済が回ることを実証)、パルマス銀行が第2世代(法定通貨の担保がある地域通貨の可能性を実証)だとすると、ブラジルのコミュニティバンクネットワークは第3世代(地域からの輸出志向型ではなく地産地消型の経済)であると語り、法定通貨経済が崩壊したときにバランスを取る手段としての補完通貨の有効性や、マイレージなど顧客の囲い込みのために大企業が自由に通貨を発行している以上、一般市民も同じ権利があって当然であることを語りました。そして、コミュニティバンクの数を現在の115行から1万行へと増やすという野心的なプロジェクトを発表しました。

 Covid-19後におけるコミュニティバンクの役割においては、まずブラジル南部のポルトアレグレ市のトローカを運営するネルサ・イネス・ファビアン・ネスポロ女史が、コミュニティバンクに加盟することで地域住民の信頼を得られる点を強調したうえで、現在のような危機においてこそ地域のつながりを強化すべきと語りました。次に、前述したマリカー市役所のナタリア・スカラネッラ女史が、Covid-19により従来の商売ができなくなった人が次々に転業した一方、それまで市外から仕入れていた原材料についても、感染防止の観点からできるだけ市内で仕入れるようになったため、結果として地元経済が潤い始めた事実や、現金ではなく電子地域通貨への決済のおかげで感染が防止できていることを指摘しました。そしてサンパウロ・カトリック大学のラヂスラウ・ダウボール教授が、サンパウロに工場が集中していて、そこから何千キロも離れた全国各地に輸送することで環境負荷が高まったり、地域経済が衰退している状況や、異様に金利が高く(ブラジルでは通常、年利ではなく月利で金利が表示されており、年利換算すると100%以上というケースも少なくない)銀行がぼろ儲けしたりしている状況を批判したうえで、地産地消型で金利も抑えているコミュニティバンクの意義を強調しました。最終日となる金曜日については、各地のコミュニティバンクからのあいさつなどや新しいウェブサイトの発表が中心だったため、割愛したいと思います。

 ブラジルに限らず途上国では、低所得者が銀行口座を持つことができず、このため貯蓄や決済、融資など各種金融サービスを受けられず貧困から脱することのできない状況が続いていますが、そんな中で自治会が発足したコミュニティバンクが問題にも直面しながら(パルマスを発行したことでジョアキン・メロは、通貨偽造罪で訴えられたこともあったが、最終的に無罪を勝ち取った)、さまざまな人たちの需要をカバーしつつ成長を続けているのは、目覚ましいことです。さすがに1万行設立するのは難しいですし、仮に1万行発足した場合、その全国ネットワークを維持するのもかなり困難ですが(それこそ全国会議を行った場合、参加者全員を収容できる会場としてはサッカー場ぐらいになってしまう)、地道に発展を続け、地域の人たちのニーズに応えてきた同銀行の取り組みは、他の途上国においてもかなり参考になるものと思われます。ポルトガル語以外での情報が不足していることから、諸外国ではまだまだ知られていない傾向にありますが、もしかしたらブラジル以外の国においても、このモデルが大成功を収めるかもしれません。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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