パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第71回

社会的経済がもたらす価値観と原則

 お久しぶりです。諸事情あって数か月間連載を休んでいましたが、今後は不定期という形で何か興味深い話題があったときに、不定期で連載を続けてゆきたいと思います。

 さて今回は、スペインにおける社会的経済全体の業界団体である社会的経済スペイン企業連合(CEPES)が2024年3月に発表した、「スペインにおける社会的経済の価値観と原則の社会経済的インパクトの分析」について紹介したいと思います。

「スペインにおける社会的経済の価値観と原則の社会経済的インパクトの分析」の表紙「スペインにおける社会的経済の価値観と原則の社会経済的インパクトの分析」の表紙

 昨年4月に、持続可能な開発の達成手段として社会的連帯経済の推進決議が国連総会で可決され、これ以外にもILOやEUなどといった機関でも社会的経済の推進関連の決議が行われていますが、上記の目的を社会的経済がどの程度達成しているかというデータは不十分なままです。このため、本報告書では各種統計を基にして、スペインにおける社会的経済の貢献度合いについて見てゆくことになります。

 まず、スペインにおける社会的経済の法人(協同組合やNPO、財団など)についてですが、法人一般と比べると大規模なものが多い傾向にあります。従業員10人未満の団体は、法人全体で見ると42.5%ですが社会的経済では33.8%と少ない一方、従業員50~250人の中堅企業は法人全体の12.7%に対して社会的経済では19.9%、そして従業員250人以上の大企業は法人全体の2.6%に対して社会的経済では4.8%となっています。このため、法人数と比べて社会的経済の団体は、スペイン経済に占める重要度が高いと言えるのです。また、業種で見た場合、社会的サービス(43.0%)や芸術・レクリエーション活動(35.2%)、そして教育(26.0%)に加え、農業(12.8%)やエネルギー・水・廃棄物処理(10.9%)において社会的経済の比重が特に大きい一方、建設業や飲食・宿泊業(どちらも1.3%)やIT(2.0%)ではその存在が特に小さなものとなっています。

 また、社会的経済に属する労働者の割合は、州によって大きく異なります。これが一番高いのは意外にも、アフリカ大陸にある自治市セウタとメリーリャ、そしてナバラ州で、スペイン全国平均を100とすると150.0になっており、僅差でバスク州(149)、そしてムルシア州(145.2)が続き、その他バレンシア州、アンダルシア州、アラゴン州、カタルーニャ州やエストレマドゥーラ州が全国平均を上回っています。

 被雇用者の特性を見ると、男女の雇用割合はそれほど変わらない一方、特に55歳以上において、社会的経済分野での雇用の割合が高くなっています(社会的経済では17.8%なのに対し、民間経済では14.2%)。また、障碍者についても社会的経済は10.5%が雇用している一方、民間経済一般では1.2%に過ぎないことから、社会的経済が障碍者の雇用の受け皿として機能していることがわかります。それだけではなく、日雇い労働者が雇用される割合も比較的高く(19.8%。なお、民間経済全体では13.9%)、全体的に社会的経済は民間経済一般と比べて、雇用を見つけにくい立場の人たちを受け入れる傾向があると言えます。さらに、社会的経済が提供する雇用は安定度が高く(70.4%が期限のない雇用を得た経験がある、なお民間企業では36.5%、雇用1件あたりの平均年数が社会的経済では3.7年だが民間企業では3.0年)、その一方で先ほどの数字には、自営業者として協同組合に参加している組合員が含まれることから、彼らを除いた場合無期限の雇用契約を有する労働者は社会的経済のほうが低くなっており(76.5%、なお民間企業経済全体では79.7%)、フルタイムの労働者の割合は、男性の場合は社会的経済のほうが民間経済よりも多い一方(23.6%対17.1%)、女性では逆に少なくなっています(36.6%対40.3%)。賃金の中央値に関しては社会的経済が2万2777ユーロである一方、民間経済が2万0682ユーロであり、社会的経済のほうが1割ほど多くなっており、特に女性や55歳以上の労働者において、社会的経済のほうが高い賃金水準になっており、男女の給与差も小さなものとなっています(男性100対女性97。ちなみに民間経済では男性100対女性74)。

 さらに、社会的経済で就労している女性の場合、育児や介護による休暇を取る女性の割合(10万人あたり946人)が民間企業(同じく592人)と比べて有意に高く、社会的経済のほうがその点で働きやすいことがわかります。他にも、これまで就労経験がなかった人向けの最初の雇用の創出面でも、社会的経済のほうが普通の民間経済より高い数字を出しており、特に25歳未満の人向けには3.5倍、障碍者に対して18倍以上もの雇用を生み出しています。これに加えて、社会的経済の団体が中小の自治体、具体的には人口4万人未満の自治体で多く設立されることも強調されています。特に協同組合など市場経済分野で競争する社会的経済の団体の場合、労働者の54.5%がこれら中小自治体に住んでいる一方、民間企業の従業員の場合はそれが44.5%へと減少します。また、登記上の本社のある場所についてはこの傾向がさらに明らかで、前述の社会的経済の団体の場合には58.3%が中小自治体に登記する一方、民間企業の場合はその割合が41.3%にとどまっています。これにより、過疎化の防止につながっているとしています。

 そして最後に、社会的経済がもたらすさまざまな便益を金銭換算すると、110.26億ユーロに相当し(2021年)、そのうち46.9%が雇用と、23.6%が雇用の質向上と、そして15.6%が介護や教育と関連しているとされています。2021年のスペインのGDPが1兆2223億ユーロであったため、その0.9%程度に相当することになります。なお、この金額には、社会的経済の各種団体の収入が入っていないことに留意する必要があります。

 これを見ると、普通の資本主義経済に比べて社会的経済では、女性や高齢者、障碍者や就労経験のない人など仕事を見つけにくかったり、見つけられても条件が悪いところで働かざるを得なかったりする人たちが、比較的よい雇用条件の職場を見つけられるようになっており、また職場内でも比較的平等な給与水準などを得られるようになっています。

 しかし、このような結果が出る背景には、そもそも社会的経済の一員として認定される法人が、障碍者など社会的弱者の包摂をそもそも創立目的に掲げていたり(以前紹介したラ・ファジェーダのような社会的企業や、社会的弱者を研修生として一時的に雇用して最終的には別の民間企業へと就職させる社会的包摂企業の場合、まさにそれが目的)、掲げてはいなくともそのような意識の高い人たちが組織を運営していたりするという事実もあるため、社会的経済そのものが社会的弱者に優しいのか、それとも社会的弱者に優しい経営を行っている団体が社会的経済を構成しているのか、という、いわば卵が先か鶏が先かといった議論も生まれてくる可能性があります。とはいえ、雇用を通じた社会的弱者の社会統合を推進してゆくうえで、このような社会的経済の特性を活用し、場合によっては税制優遇や補助金などの形でこのような社会的経済の企業を行政がサポートしてゆく可能性も、模索する価値があるのではないでしょうか。

精神障碍者を積極的に雇用しているラ・ファジェーダについて紹介した

スペイン国営放送のドキュメンタリー(スペイン語)

 さらに、地方における雇用創出において社会的経済の団体が大きな役割を果たしている例ですが、これは特に農協に当てはまります。農協の場合、その特性上組合員はその地域に住んでいる人になり、いくら儲かるといっても拠点を地域外に移すことはできないため、地域密着型の経営を続けることになります。同じく、日本でも有名なモンドラゴン協同組合の場合は、基本的にスペインでもバスク州という土地に非常に根付いた労働者協同組合ですが、ここの場合はグループに属するある協同組合が破綻した場合、できるだけ他の協同組合が彼らを吸収して雇用を守ろうとします。その一方で、モンドラゴングループは諸外国に進出していますが、進出先では必ずしも労働者協同組合の原則を尊重しているわけではないという批判がある点も念頭に入れておく必要があります。

 このように、社会的経済の団体の場合、各種弱者の社会的包摂や農村部の過疎化防止などにおいて一般企業よりも果たす役割が大きいことがわかります。この報告書では社会的経済によるさまざまな便益が紹介されていますが、日本でもこのような研究を行って数値化することで、日本における社会的経済の存在価値をさらに強く主張できるのではないでしょうか。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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