パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第63回

生活クラブ生協神奈川の取り組みとワーカーズ・コレクティブ
──世界との交流に向けて

 昨年2022年は、生活クラブ生協神奈川さんが創立50周年ということで、それを記念として、日頃の活動を紹介するドキュメンタリーを2つ公開されました。今回はこれら動画を紹介しながら、世界における社会的連帯経済の観点から、日本が世界とシェアできること、または逆に世界から生活クラブさんが学べそうなことについてちょっと書きたいと思います。

 最初の「みんなの一歩~生活から社会を変える~」(52分)では、矢向センター(配送センター)の岡本原センター長と横浜みなみ生活クラブの籠嶋雅代理事長に焦点を当て、この2人が生活クラブ生協と関係の深い現場を訪れることで、その活動の意義を強調しています。消費者への配送活動やデポー(店舗)・イベントなどでの商品販売に加え、養鶏場やコメ農家、石鹸工場やデイケアセンター、さらには自然エネルギーの発電所などさまざまな場所を訪問し、生活クラブ生協が手掛ける活動の範囲の広さを紹介する形になっています。

動画「みんなの一歩~生活から社会を変える~」

 もう一つの動画「ワーカーズ・コレクティブ~生活クラブ神奈川の挑戦~」では、日本ではまだまだ知られていない「協同労働」の具体的な事例として運営されている、生活クラブ神奈川と関連の深い事例がいくつか紹介されています。具体的には生活クラブの商品を届ける配送事業組合、デイケアサービスセンター、保育園などです。

動画「ワーカーズ・コレクティブ~生活クラブ神奈川の挑戦~」

 生活クラブ生協については、その独自の取り組みにおいて国際的に以前から注目されていましたが、今回のドキュメンタリーが各国語に訳されたことで、世界各地の人にその実態を知ってもらうことができるようになりました。前半のドキュメンタリーでは、養鶏場やコメ農家、そして自然エネルギーの発電所といった地方にある生産現場と、神奈川県各地の生活クラブ生協の関係者がどのようなつながりを持っているかに加え、配達においてもどのような形で職員と一般組合員との関係が保たれているか、そして特に2011年の福島原発事故以降高まった再生可能エネルギーへの関心からどのような形で風力発電や太陽光発電が実現されているかが紹介されています。生産者との産直提携活動については、テイケイまたはCSAという形で英語圏でも知られるなど、かなり知名度は高いですが、その割にはその具体例については意外に知られていないような気がするので、今回の映像資料によりその活動がより深く知られればと思います。

 後者では、多くの方にとっては馴染みの薄い協同労働、すなわち労働者全員が出資者・経営者でもあり、上司の命令を単にこなすのではなく、全員で運営方針について考えていくワーカーズ・コレクティブの日常が紹介されています。しかし、労働者協同組合について理解するのに一番よい方法は、以前も書きましたが、同じ業種でもその他の法人格と比べることです。たとえばラーメン屋であっても、以下の3つにおいてはその運営が全く異なるものになります。

  • 個人事業: 自分1人で調理のみならず、店の内装や価格設定、会計処理など全てを行う。手間が大変であり、病気になっても誰からも助けてもらえず、さらに収入の保証が全くない一方、利益が出た場合には全て自分の好きなように使える。
  • 従来の企業: 誰かが社長兼店長となり、その指令の下で残りの人が働く。被雇用者となるため、週40時間労働や最低賃金の適用など、労働基準法の下で各種権利を享受できる一方、このラーメン屋がいくら儲かっても基本的に給料が増えることはなく(ボーナスが増える程度)、利益が出た場合には基本的に会社や株主のものになる。
  • 労働者協同組合: 対外関係などにおいて誰かが代表理事(一般的には理事長と呼ばれることも多い)になるものの、特に小規模な労働者協同組合の場合、組合員全員の話し合いからメニューや価格設定などの経営方針を全員で決めることになる。その一方、被雇用者となることから従来の企業で受けられる権利全ても享受することができる。

 この3つの制度を比較すると、個人事業は全てが自分1人で完結することから大変なもののやりがいがある一方、従来の企業では基本的に意思決定権が社長、または社長から委託された店長にあり、一般従業員はその命令に忠実に従うだけになります。それに比べて労働者協同組合の場合、労働者としての権利が保証される一方で、事業の共同所有者として経営に参加することができるようになるという違いがあります。

 その一方、労働者協同組合については、確かに日本でこそ目新しい取り組みかもしれませんが、協同組合の歴史を振り返った場合、むしろ協同組合の源流とも言える事例です(労働者協同組合法の施行を記念して私が書いた記事はこちら)。もっと言うなら、協同組合自体が、資本家による生産手段の私的所有に対する代替案として18世紀末から19世紀初頭にかけて構築された法人形態であり、あくまでも労働者の、労働者による、労働者のための企業体として生まれたものが労働者協同組合なのです。その後消費者協同組合や信用金庫など別の形態の協同組合も出現しましたが、それらの源流にあるのは労働者協同組合なのです。

 労働者協同組合法の施行により、今後日本で労働者協同組合の設立支援の機運が高まると期待されますが、その点で参考になるのは、労働者協同組合関係者自体が実施している設立支援活動です。こちらスペインでは、カナリア諸島州以外の16州にそれぞれ独自の協同組合法が存在し、その運営については基本的に州政府が管轄していることもあり、労働者協同組合連合会も州ごとに結成されています。その中でも私の住むバレンシア州の労働者協同組合連合会(FEVECTA、フェベクタ)には、私が以前行っていたオンライン勉強会(以下参照)でその様子を詳しく説明してもらいましたが、労働者協同組合という法人格についてすでに知っており、その設立を希望する人たち向けに各種支援を提供するだけではなく、そもそも労働者協同組合という制度を知らず、働くには求職が必要だと思い込んでいる学生などに対して、協同労働という方法もあることを幅広く知らせています。

オンライン勉強会「労働者協同組合の設立支援でできること」の様子

 スペインから日本に伝えられることとして何よりも大切な点があるとすると、行政に任せるのではなく、理想としては労働者協同組合連合会自身が、そしてそれが無理であるなら社会的連帯経済関係の地域ネットワークが、このような支援活動に取り組む点です。どうしても日本では行政がこういう分野で存在感を発揮しがちになりますが、行政には行政独自の目的があり、社会的連帯経済の担い手自身が目指す目的とは異なる活動を提唱してしまう傾向になります。また、行政の場合はトップ(たとえば県知事や市長)が変わると方針が大きく変わり、それまで得られていた支援が得られなくなることも珍しくありません。そうではなく、同じ労働者協同組合の仲間たちが自分たちと同じような経済を目指している人たちを支援することで、そのようなサービスも安定的に提供できるようになるのです。

 また、生活クラブ生協神奈川さんでは産直提携にかなり積極的に取り組んでいるようですが、その際に参考になると思えるのが、前述のFEVECTAが推進しているMIGRACOOPというプロジェクトです。バレンシア州にも耕作放棄地を抱える過疎の農村地帯は少なくありませんが、そういう場所に移住する人が生活の基盤を得るために労働者協同組合を作るというものです。地元産の農産物をチーズやワインなどに加工したり、農村観光を振興したり、清掃業や訪問介護などを行ったり、アフリカ系の農民が協同労働で作った野菜を販売したり、持続可能な建材を使った建築に取り組んだり、繊維業を始めたり、太陽光発電で副収入を得たりなど、さまざまな形で労働者協同組合が活動を行い、これにより農村への移住における収入の問題を解決し始めています。私がドキュメンタリーで拝見する限り、生活クラブ生協神奈川さんが関係を持っている地域の中で過疎化に苦しんでいるところは特にないようですが、仮にそういう地域の人たちと関係を持ち始める場合、単に農産物を購入する関係ではなく、中山間地に人が定住できるような社会づくりのお手伝いについても念頭におくと、さらに関係が深まるような気がします。

 いずれにしろ、今回のドキュメンタリー公開により、日本の消費者生協の事例がさらに多くの方と共有されることを望みます。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
関連記事