パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第29回

Covid-19が世界経済に与える影響

 Covid-19については、1月に中国・武漢市を中心として蔓延が始まりましたが、3月になりイタリアやスペインなど欧州諸国、そして米国でも蔓延が見られ始めたことから世界保健機関(WHO)によりパンデミックと認定され、私が住むスペインでも3月15日よりロックダウン(外出制限令)が出されました。このため、最低限の社会機能の維持に必要な業種(医療、食材店、銀行、公共交通など)の従業員の通勤、食料品の買い入れや銀行での用事、そして飼い犬の散歩などいくつかの例外を除いて、基本的に自宅から外出ができなくなっています。細部には違いがあるとはいえ、欧州のみならず世界の多くの国でロックダウンが行われており、いつ解除されるかもまだまだわからない状況です。このような中で、世界経済がどのような影響を受けるのかについて、今回はちょっと考えてみたいと思います。

 Covid-19は世界のさまざまな産業に影響を与えていますが、特に大打撃を受けているのが観光関連産業、具体的には航空、鉄道、バス、ホテル、飲食店などです。例えば来日観光客を主な顧客としている業種の場合、日本国内でウイルスが蔓延している限り外国人観光客の訪日はほとんど見込めないため(仮に日本政府が入国を認めていたとしても)、まずは日本国内でウイルスを撲滅しなければなりません。また、日本国内からウイルスを一掃できても、外国からやって来る訪問客がウイルス感染者でないという保証を得ることは非常に難しいため(数分で確実に感染の有無を特定する検査薬が登場すれば話は別ですが)、日本政府としては外国からの観光客受け入れには慎重にならざるを得ません。日本は外国人観光客の数が2011年の622万人から2019年の3188万人へと5倍近くに増えましたが、おそらく今年はCovid-19により大幅に減少することでしょう。実際3月の数字はわずか19万3700人で、昨年同期と比べると何と93%もの減少を記録しています。また、私が住むスペインは、昨年(2019年)8370万人もの観光客を受け入れましたが、警戒令の一環として観光客の受け入れも一時停止しており、GDPの大幅な減少は避けられないものと思います(昨年のスペインのGDPのうち12%は観光関係だった)。

 外国人観光客が来なくなると、当然ながらその観光客の利用を見越したさまざまな商売が立ち行かなくなります。日本への渡航需要がなくなるので、日本と諸外国を結ぶ国際航空路線がガラガラになり、その多くが運休に追い込まれています。大手航空会社の財務状況がどこも苦しくなっており、英国ヴァージン・アトランティック航空の子会社であるヴァージン・オーストラリアは、4月20日に破綻してしまいました。飛行機の国内線路線やJRの場合、日本国内で新規感染者が出なくなればそれなりに需要が戻ることでしょうが、それでも外国人観光客が訪日できないままの場合、それだけ利用者が減ることになります。また、ホテルについても、特に外国人観光客の利用が多かったところの場合、その宿泊需要が丸ごとなくなり、空室を埋めようとホテルが値下げ競争を繰り広げて共倒れしかねません。さらに、特に外国人観光客の利用が多かった飲食店もお客が来なくなり、これら飲食店の多くは倒産に追い込まれることでしょう。

 また、このような状況では、留学生や研修生も来日できなくなることから、彼らの存在を頼りにしていた業界も多大な影響を受けることになります。コンビニや外食チェーン店などの店員として、また各地の農作業や工場における貴重な労働力として、何十万人もの外国人が日本で働いていますが、現在の状況が続けば新しい労働力の受け入れは難しくなることでしょう。すると、日頃利用しているお店が店員不足で休業や営業時間の短縮に追い込まれたり、または農作業や工場操業の滞りによる野菜不足や商品不足が発生したりするかもしれません。従来仕事に携わっていなかった日本人に来てもらうか、それとも機械化で対応するかはわかりませんが、少なくとも今まで通りの方法では労働力を確保できないことだけは確かです。

 これに加えて、原油価格の暴落も見逃すことができません。ロックダウンにより多くの人が自宅に引きこもる生活をするため、どこの国でも自動車の交通が激減し、また工場の中でも操業を中止するところが増えることなどから、エネルギー需要が減ります。航空路線の運休については前述した通りですが、これにより飛行機のフライト数が減れば、当然ながらそれに応じて必要な燃料の量も減ります。需要の急減に産油国が適応できず、石油が余ってしまったことから、この原稿を書いている4月24日現在12ドル台という値段をつけています。それでも原油余りの状態が回避できないという見込みから、先物市場においてはもはやマイナス、つまり原油を引き取ったらお金がもらえてしまうという前代未聞の事態が発生しています。一部の極端な例とはいえ、もはや石油産業が金の成る木ではなく、捨て場所に困るゴミ扱いになっているのです。

 しかし、何よりも大きな変化は、世界各国の政治家が、自国の国内総生産(GDP)の最大化ではなく、コロナウイルス撲滅や患者治療のために最大限の資源を充当する決意をしたことです。従来は新自由主義的で大企業寄りとして知られていたフランスのマクロン大統領でさえ、3月12日に行ったテレビ演説で、「このパンデミック(コロナウイルスのこと)が明らかにしたことは、収入や職業に関係なくフランスという福祉国家が無料で提供する医療は、コストや負担ではなく、不可欠な資産であり、また市場の法則外に置かれなければならない商品やサービスが存在することである」と語り、公営事業を全て民営化することが絶対善であるというそれまでの態度を改めています。

動画1: 2020年3月12日のマクロン仏大統領のテレビ演説(該当の部分は24分41秒より)

 経済面で考えた場合、今回の危機において最大の困難は、通勤や出張、外回りや現場への派遣などを伴う職業が、基本的に禁じられていることです。ほとんどの経済活動を行うには、工場なり事務所なり店舗なりといった場所に通勤する必要がありますが、その通勤自体が禁止されているため、パソコンを使った自宅勤務が可能な分野の場合にはこの自宅勤務への移行を余儀なくされました。仮に今回の危機を契機に自宅勤務が定着すると、コロナウイルスの危機後にも自宅勤務が一般化し、会社には必要なときだけ行くスタイルになるかもしれません(もちろん業種にもよりますが)。そうすると、特に長時間勤務を余儀なくされていた人の場合、通勤時間を丸々節約できるようになり、それだけ生活の質が向上するようになるとも言えます。

 また、自宅勤務の普及によるもう一つの大きな変化は、オンライン会議の定着でしょう。かなり昔からビデオ会議のシステムは存在していましたが、今回の件でオンライン会議が普及すると、その便利さから社内会議だけでなく、商談などについてもオンライン会議で済ませる流れが促進されるかもしれません。また、オンラインなので近くの人だけでなく、たとえば北海道から沖縄まで全国各地の人に参加してもらって学習会を行うこともできるようになります。実際私も、連帯経済の推進者として1月から世界各地の人に講演をお願いしてオンライン講演会を行っていますが、日本国内においてもさまざまな地域の人に参加してもらっています。

オンライン講演会の例(2月28日に行った、カタルーニャ連帯経済ネットワークの紹介の例)

 さらに興味深い変化は、コロナウイルスにより一時停止を余儀なくされた世界経済のテコ入れのために、大規模な予算出動が行われている点です。その中でも特に興味深いのは英国で、同国の中央銀行であるイングランド銀行は、これまで禁じ手とされていた英国政府への直接融資を始めるという決断を行いました。もはや通常の方法では経済を支えられないという、背に腹は代えられぬ状況になったことから、通貨創造の方法にもメスを入れる必要が出てきたのですが、これにより民間銀行による営利目的の融資という従来の方法ではない形で、世界経済に必要な量の通貨が供給されるようになれば、誰かが必然的に債務地獄にハマる現在の経済の問題を解決できるようになるかもしれません(その問題点についてはこちらを参照)。

 コロナウイルスはまだまだ世界中で猛威をふるっており、予断を許さない状況ですが、このような苦境ゆえに新しい経済体制が芽を吹きだすのかもしれません。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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