パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第61回

カタルーニャの連帯経済の現場に関わるには──復活した連帯経済見本市より

 新年明けましておめでとうございます。この連載も6年目、以前の「廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ」を含めると11年目に入りました。今後とも引き続きよろしくお願いいたします。

 さて、2020年は新型コロナの大流行により世界がマヒした年として世界史上に残ることが確実ですが、社会的連帯経済関係では変革型経済世界社会フォーラムが開催された年でもありました。本来であれば同年6月にバルセロナ市内で世界各地の関係者が一堂に集まって意見を交換するところでしたが、コロナの蔓延によりオンライン会議になりました(オンライン会議の日本語での報告はこちらで)。その後、このフォーラムの報告書(スペイン語)が編纂されましたので、今回はこの内容を報告したいと思います。

変革型経済世界社会フォーラムの予備会議を紹介した動画

 世界社会フォーラムについては、世界の政財界のリーダーが集まる会議である世界経済フォーラム(日本では開催地から「ダボス会議」の通称で有名)への対抗フォーラムとして、そして「もう一つの世界は可能だ」というスローガンの下で2001年1月にブラジル最南部にあるポルト・アレグレ市で第1回が開催されて以来、同様の取り組みが日本を含む各地で開催されてきましたが、2018年3月にブラジル北東部バイーア州の州都サルヴァドール市で開催された同イベントにて、資本主義へのオルタナティブとして連帯経済を紹介し、各種社会運動と交流するフォーラムものとして計画されたのがこのフォーラムです。実際にはオンラインで行われましたが、190を超える活動に4000人以上が参加し、55を超える取り組みが参加しました。

 変革型経済の定義自体は社会的連帯経済と大きく変わるものではありませんが、特に反人種差別やフェミニズム、人権擁護や環境保護など各種社会運動と直結する活動が強調されているところが大きな違いです。これはやはり、世界社会フォーラムが母体となっているという性格もあり、各種社会運動の理念を実現する手段としての経済活動(たとえば反原発の人が再生可能エネルギーの事業を立ち上げたり、移民支援関係の人が移民向けの協同組合の設立を手伝ったり)としてのアイデンティティが強いことが背景にあるといえるでしょう。

 次に、いのちや生活、そしてケアといった点が変革型経済の重要な側面であることも示されました。新自由主義により利益一辺倒の社会となる一方で、そうではなく上記の面を重視するのが変革型経済の重要なアイデンティティというわけです。

 また、今回のフォーラムではテーマ別の部会も設けられ、コモンズ、地域通貨、倫理銀行(日本のNPOバンクに似た事例)、フェミニズム、フェアトレード、公共政策、教育、大学、マクロ経済、エネルギー転換、連帯経済そしてアグロエコロジー(環境保全の立場から行う農業)の12の分野が活動を行いました。また、中南米やスペインを中心として地域別の部会も設けられていました。このような中で、以下の事例が特に重要なものとして紹介されました。

  • 社会政治: 変革型経済のインパクト測定、プロジェクト間の協力、フェアトレードシティ、アグロエコロジーの商品の流通
  • 社会経済: 有機綿を使った服の生産工程、公共空間や地域社会などの協同運営、自主運営型消費者協同組合
  • 科学技術: ブエン・ビビール大学、遊びながら学ぶ教育、コミュニティ向けメディアの設立、事例集の編集
  • 環境: 持続可能な開発教育センター、電気自動車のカーシェアリング、環境に配慮した社会的連帯経済のインキュベーター、女性による製品の販売網

 最後にこの報告書では、以下の4分野について以下のような内容の提案が行われています。

  • 自然: アグロエコロジーを重視し遺伝子組み換え食品は使わず生物多様性を強化、地産地消の開発、大都市集中からの脱却、再生可能エネルギーの推進など
  • 経済・金融: 社会的市場、連帯流通網や地域通貨の構築推進、地域社会が管理する融資制度、介護や子育ての協調など
  • 知識・文化: 持続可能な開発と社会的連帯経済やその他の運動との連携強化、伝統的な西洋型大学制度とは異なる教育制度の構築、先住民の知恵の連携など
  • 権力との関係: 法的枠組みの創設、もう一つの経済を推進する自治体と連携、各地のネットワーク強化、事例の監査実施など

 まずは、この報告書がスペイン語でしか刊行されていない(フォーラム中の公用語であった英語やフランス語がない)点が、最大の問題のような気がします。今回は全世界を対象としたイベントであったものの、運営段階から関係者の大半がスペイン語話者であり、またオンライン会議が急速に普及した時期であったことも重なり、旅行せずとも遠くの国の人たちと会議ができることにスペイン語圏各地の活動家が喜びを感じていた時期でもありましたが、その一方であまりにもスペイン語が支配的になったことから、スペイン語ができない人にとっては参加し辛いフォーラムになってしまったことは、スペイン語圏外出身者の立場から批判すべき点だと思います。特にこのフォーラムでは、反人種差別主義を訴えていることを考えると、特にアジア人にとって言語的ハードルが高いままのこのフォーラムの現状については、改善を求めて強く訴え続ける必要があるでしょう(運営側は「カネがないから翻訳や通訳はできない」と言い張るでしょうが、そうなった場合に「カネは出すから翻訳や通訳も用意しろ」と言える体制をアジア諸国側が整えることも必要でしょうが)。

 また、言語の問題と密接に関係するのですが、中南米やスペインの参加が主で、アジアやアフリカ、北米、そして非ラテン系ヨーロッパ(ドイツ、英国、ポーランド、ハンガリーなど)からの参加がほとんどなかった点も、今後の課題になるでしょう。世界各地の活動家にメッセージを本当に伝えたいのであれば、彼らがわかる言語(英語やフランス語だけではなく、日本語や中国語、インドネシア語などアジアやヨーロッパの各国語)で情報を発信し、彼らが抱える社会問題を理解した上で、その問題を克服するためのツールとして変革型経済を提案してゆくことが大切なのですが、そのような異文化コミュニケーションにおけるスキルも欠けている気がしました。確かにスペイン語が通じる国は少なくありませんが、世界はそれだけでなく、さらに広いことを考えると、そのような地域への配慮ももうちょっとしてほしいというのが私の少なからぬ本音です。

 他にも、先住民や黒人の伝統文化の掘り起こしを無批判で賞賛している点ですが、特に日本などアジアとは、この点で文脈が全然違うので、注意する必要があります。中南米の場合、先住民や黒人が常に社会の下層で虐げられる存在であったため、彼らへの連帯などの意味も込めて彼らを重視する傾向がある一方、彼らの伝統や文化もその他の伝統や文化と同じく、何かと問題のある要素もあります(社会的連帯経済を日本社会に導入する際の文化的な注意点についてはこちらこちらで)。私たちは社会的に虐げられている人を見ると、彼らに同情したりすることも少なくないのですが、それは彼らが単に社会的地位が低いだけであり、何らかの理由で彼らのうち誰かが特権階級になると、昔の仲間を虐げ始めることも少なくありません(会社でいえば、同期入社のうち出世した人が、昔の仲間に冷たく当たるようなもの)。欧米文化だから悪、先住民や黒人の伝統文化だから善のような単純な二元論ではなく、欧米文化だろうが伝統文化だろうが是々非々の態度を貫くことが欠かせないと言えるでしょう。

 とはいえ、社会的連帯経済自体については、先月の記事のように国連でも取り組みが進んでおり、もしかしたら近いうちに国連決議が採択されるかもしれません。社会的経済や連帯経済というと経済活動の側面が注目されがちですが、そうではなく社会運動でもあるという点を意識する上で、今回の内容がご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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