パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第30回

ポストCovid-19を見据えた──カタルーニャ連帯経済ネットワーク(XES)の政策提案

 スペインでは5月末現在でも警戒令が持続中ですが、地域によっては飲食店の営業が再開するなど、少しずつ社会活動が回復し始めています。このような状況に、ポストCovid-19の社会再建が間近になったことからXES(シェス、カタルーニャ連帯経済ネットワーク)は、Covid-19危機を乗り越える上での社会的連帯経済の活用法をまとめたパンフレットをまとめました。ここではまず、社会的連帯経済を「いのちを中心に位置づける新たな経済モデルの構築のための重要部品」と位置付ける必要性が訴えられており、そのカギとして以下の5点を紹介しています。

XESが作成したパンフレットの表紙XESが作成したパンフレットの表紙
  1. 市場に欠陥がある場合、人々の生活条件を本当に保証するものとしての公共財の重要性: 特許や知的所有権などの独占ではなく共有により、民主的かつ平等で、連帯的で持続可能で、利益を最優先しない経済活動を社会的連帯経済が推進。
  2. 人々の相互依存、万人への世話が、人間活動の中核であるべき: 子育てや介護を中心とした経済構造の構築。
  3. 最も脆弱な人たちに対するマイナスの影響を極力抑えている数多くの連帯の取り組み: 1970年代にフランスで、そして1980年代に中南米諸国で生まれた相互扶助の取り組みが、連帯経済の原点。
  4. 最も脆弱な集団の一つであり、その相互支援の実践からわれわれが最も学べる移民による取り組みの推進: 連帯経済により多文化主義を推進。ちなみにカタルーニャ州の人口のうち15%ほどが外国人で(スペイン全国平均では10%程度)、これに加えてスペインと母国(主に二重国籍が認められている中南米諸国)との二重国籍の人も入れるとかなりの人口が外国人。
  5. 内部連帯とわれわれの実践を統合する環境意識の賜物である社会的連帯経済のレジリエンス(resilience): 内部連帯、すなわち相互の商品やサービスの消費や、環境との連帯、すなわち地産地消の推進により、レジリエンスを強化。

 なお、カタルーニャ州で「移民」という単語が使われる場合には、注意が必要です。普通は国内の別の地域から移住してきた人(日本なら、例えば北海道や沖縄から東京に移住した人)を「移民」とは言いませんが、カタルーニャ州の場合はスペインの別の州から、特にアンダルシア州やエストレマドゥーラ州などからの移住者に対して「移民」という単語が使われことがよくあります(上記の15%という数字ではスペイン国内移民は計上されていないが、仮に彼らを入れるとカタルーニャの人口の4割以上が移民だと推定できる)。また、レジリエンスという単語は最近欧米諸国で頻繁に使われるものですが、たとえば山火事で森林が消失しても、一定期間経過すると以前の生態系を回復する能力を指し、ここでは社会的連帯経済の経済活動がCovid-19危機で大打撃を受けても、遅かれ早かれ以前の生産力を取り戻すことを意味しています。

 先ほどのパンフレットでは、前述のような基本哲学をもとに、以下の短期的および中期的な措置が提案されています。なお、読者の皆さんに説明が必要であると思われる点に関しては、適宜説明を追加しています。

動画:ドキュメンタリー「バルセロナの連帯経済」

短期的な措置

  1. 調整局の設置: 社会的連帯経済の担い手と行政の社会的連帯経済担当者の間で今回の危機管理を調整。
  2. 社会的連帯経済の代表団体の認識: 市町村レベル、または州レベルで、行政と代表団体の間で社会経済面の対話を実施。州レベルではXESが、市町村レベルではXESの地域ネットワークが対応。
  3. 業務受注代金や補助金を行政が即時決済: スペインでは行政が支払いを遅らせるケースが少なくないが、即時決済で社会的連帯経済団体を資金的に支援。
  4. 社会的連帯経済事業に直接資金投入: 公的補助金や分野別の準備金の創設により、基幹分野における社会的連帯経済に向けて。
  5. 特定融資枠の創設: 倫理銀行(連帯経済系の金融機関)などを通じて社会的連帯経済諸団体を保護。なお、倫理銀行とは社会的連帯経済関係者により設立された銀行を指し、基本的にその預金は、返済能力に加え社会面や環境面での審査も通過した融資案件に貸し出されることになる。大手銀行などに預金した場合、社会や環境に有害な事業に貸し出されることも少なくないが、倫理銀行に預金することでそのような不具合の防止および社会や環境にやさしい事業の支援が可能となる。スペインにはいくつかあるが、その中でも有名なのは、イタリアの倫理銀行のスペイン支局として発展したフィアーレ(FIARE、本部はバスク州の最大都市ビルバオ市内)と、バルセロナに存在した出版社の元従業員らが、その退職金を元に創設したCoop57
  6. 家賃やローン返済の猶予: 危機により売り上げが大きく落ち込んだ社会的連帯経済団体を支援するために。
  7. ERTE(エルテ、雇用一時調整文書)を利用した社会的連帯経済企業への補助金維持: ERTEは、経営上のやむを得ない理由により従業員の一時停職に追い込まれた企業に対してスペイン政府が賃金の保証などを行う制度だが、この制度を活用した企業が、それによりその他補助金の権利を剥奪されないようにという要請。
  8. 社会的連帯経済企業による雇用者向け社会保障費の支払い免除: 雇用を維持する場合。
  9. 自営業者として社会的連帯経済に関わっている労働者も、他の自営業者同様、事業中止による各種保護の対象に。
  10. 非正規移民の合法化: 各種社会保護の対象にするため。前述の通りカタルーニャ州には移民が非常に多いが、彼らの社会的統合も連帯経済において重要な活動になっており、昨年6月には移民による連帯経済に特化した見本市も開催されている。
  11. 各種感染防護装置の提供。
  12. 文化活動における付加価値税(21%)の免除: とはいえ付加価値税は、カタルーニャ州政府ではなくスペイン政府の管轄なので、カタルーニャ州政府に要請する価値があるのかどうかは疑問だが。
動画:移民による連帯経済の見本市の報告

中期的な措置(資本主義一辺倒な今の経済構造を変革するために)

  1. カタルーニャの優先事項として連帯経済の強化に向けて調整されたプロセスの継続を保証: 社会的連帯経済に関するカタルーニャ法の審議や、アタネウ・コーパラティウ(Ateneu Cooperatiu)と呼ばれる州政府運営の社会的連帯経済インキュベーター事業などの継続。
  2. 倒産した企業を協同組合として再生支援: スペイン法では倒産した企業の元従業員が失業保険を一括受給することで倒産した企業を買い取って労働者協同組合や労働者持株会社として集産化して運営することができるが、このような支援を充実。ブラジルやアルゼンチンなどの南米諸国ではこのような事例が少なくなく、回復企業または回復工場と呼ばれている。またカタルーニャでは、スペイン内戦(1936~1939)期間中に数多くの工場や農場、さらは路面電車が集産化され、歴史的に非常に興味深い事例を残しており、今でも郷土史家や協同組合史の研究者らの研究の対象になり続けている。
  3. 個人向け、および企業向けの社会的連帯経済の商品やサービスの販売促進: 具体的には、流通網や見本市開催の支援。
  4. 戦略的に重要分野で活動している社会的連帯経済企業の継続を保証すべく、準備金の創設: リーマン危機の際に600億ユーロ(現在のレートで約7兆0200億円)もの資金が銀行の救済に使われた一方で、実体経済の支援は行われなかったが、銀行ではなく実体経済のほうを支援し、返済不要の資金援助を行うべき。
  5. 社会的連帯経済企業の入札優先権へのアクセスと、責任のある公共調達の一般化: 韓国でも社会的企業に対しては同様の措置が見られるが、カタルーニャ州などスペインでは社会的バランスシートの考え方から、社会的責任を果たす経営を行う社会的連帯経済の団体からの公共調達を優先すべきという発想が存在する。
  6. 社会的連帯経済の維持と強化に向けた新たな補助金の創設: 社会的連帯経済は、開業資金や業務拡張資金の獲得が困難なので、行政による補助金制度を強化。
  7. 社会的連帯経済向けの融資枠や独自の金融へのアクセスツールを強化。
  8. 社会的連帯経済組織の運営面や戦略面でのアセスメントツールの提供および危機対処への応用: フェミニズムや(人種・性的・宗教などの)多様性、フリーテクノロジーの観点を活用した各種経営コンサルを実施。
  9. 地域社会の取り組みや、地域社会や社会的連帯経済の諸団体との連帯・相互扶助の動きを促進し資源を提供: 互恵性や相互扶助にもとづく地域社会を支援すべく、行政が遊休地や各種機材を提供可能。
  10. 社会的連帯経済の生産活動のために、使用されなくなった資源やインフラを活用: IT技師や業務空間、設備などの遊休資源を行政が保有しているので、これを連帯経済の団体向けに開放。
  11. 社会的連帯経済に有利な税制: 協同組合の場合、一般企業に比べて有利な税制があるが、その強化。
  12. 生産活動の転換の中心に戦略的産業や社会的連帯経済を据えることで再工業化: 今回の危機により、賃金の安い諸外国に生産活動を移転するグローバリゼーションの脆弱さが明らかになったため、食料・医療・エネルギー・通信などの重点産業をカタルーニャ州内に戻す戦略。
動画:2018年のカタルーニャ連帯経済見本市

 カタルーニャが連帯経済において先進地である話は、この連載や以前の連載で何度も取り上げていますが、このような新しい世界作りのビジョンが日本の皆さんにもご参考になることをお祈り申し上げています。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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