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第09回

スリランカの仏教が滅びてしまう!

世界的に有名なヌワラエリアの茶畑

▲世界的に有名なヌワラエリアの茶畑

 バングラデシュのイスラムについて書いたついでにスリランカについても述べてみたい。スリランカは人口2000万人の小さな島国。島国同士のせいか、元々の仏教繋がりのせいか、親日度の高い国である。長年イギリスの支配が続いたこともあり、素晴らしい紅茶が取れることでも有名だ。2009年に26年間続いた内戦がようやく終結し、まさに80年代初頭の中国のように改革開放政策を進めようとしている。

 そして急速な経済発展を模索する政府に対して、中国は巨額の経済援助を打ち出し、橋や道路から空港まで、スリランカ政府が望むインフラの整備を推し進めている。従来はODAの支援トップは日本だったが、あっという間に水をあけられている。中国の狙いはこの小さな島国ではなく、対インド政策の一環であることは周知のことである。歴史的な領土問題を抱え、そして何よりも中国が苦手なインドを取り囲む、パキスタンは中国の友好国であり、ミャンマーを押さえに行ったのも、資源確保と同時にインド包囲網の狙いがあったはずだ。

コロンボの主要道路

◀コロンボの主要道路

 そのスリランカは誰もが認める仏教徒の国。人口の70%を占めるシンハラ人は敬虔な仏教徒であり、インドで仏教が滅んだのちは世界の仏教の中心地、古い経典などを保有する、有数の仏教国である。スリランカへ行く飛行機の中でもミャンマーのお坊さんに出会ったが、スリランカの仏教を勉強に行く、と言っていた。今でも世界中の仏教僧、信者が訪れ、学ぶ。その仏教国に今異変が起きている。

 ある若い僧が嘆く。「我が国は中国の援助で発展しているが、国民の暮らしはどんどん疲弊している。一部の特権階級だけが富を得て、庶民は税金や賄賂で搾り取られるだけ。内戦が終わっても苦しみからは一向に解放されていない」と。また「日本のODAは地元民を労働者として雇い、地元に雇用が生まれるが、中国のやり方は労働者まで中国から連れてきて、突貫工事で完成させる。確かにインフラは残るが、その安全性は確保されていないし、地元にとってメリットは少ない」と日本の手法を支持していた。

中国からの出稼ぎ労働者

◀中国からの出稼ぎ労働者

 実際に筆者がバンコックから乗ったフライトには大勢の中国人が乗っていた。その中にはどう見ても観光客とは思えない男性の一団がいて、近寄りがたい存在だった。その人々がスリランカへ出稼ぎに行く中国人だと分かったのは、帰りに空港で話し掛けたからなのだが、中国のODAは本当に地元民を使わないのだ、ということを実感した。因みに中国人労働者は中国全土から集められており、比較的貧しいと言われる地域、河南省や湖南省などの人々が多かった。

 「中国のなりふり構わぬ経済攻勢」「金で横っ面を張る暴力体質」など、仏をも恐れない所業は、仏教徒スリランカ人を慄かせている。ある意味で信仰心の無くなった中国人だからこそ、出来る技ではないか、と思うことさえある。これに対して仏教はどんな対抗手段を持ち得るのだろうか。

スリランカ1の大学を案内してくれた若い僧

▲スリランカ1の大学を案内してくれた若い僧

 そしてもう一つ、スリランカにとって脅威となっていることがあるという。それはズバリ、イスラム勢力の進攻だ。進攻と言っても中国のような暴力的な経済支援とは根本的に異なり、完全に経済的な投資から始まっている。現在スリランカの最大都市コロンボを中心に巨大なショッピングモールが次々に建設されているが、その多くは中東資本だと言われている。

 ショッピングモールが出来れば当然地元の人間を雇用する。特に売り子として若い女性が多く採用される。実はスリランカは内戦の後遺症で、若い男性が戦死しており、非常に少ない。筆者がある男女共学の大学を訪れるとそのキャンパスはまるで女子大のように女子ばかりが目立っていた。高学歴の女子は結婚相手が見付からず、普通の学歴の子たちは、この中東の商人たちから「第2、第3夫人」の誘いを受けているのだという。これもイスラムの侵略というより、「第4夫人まで認められているのは戦争寡婦の救済目的」であるとすれば、ごく普通の行動かもしれない。そして結婚相手もなく、経済的にも恵まれない女性たちはその誘いを受け入れ始めてるらしい。

檀家の法事に参加する僧侶

▲檀家の法事に参加する僧侶

 イスラム教徒と結婚すれば、仏教徒でもイスラム教への改宗が義務付けられており、そこから生まれた子はアラーの思し召しにより生まれたことになる。イスラム教徒はどんどん増え、仏教徒はどんどん減る、という構図が浮かび上がってくる。勿論イスラム側が意図的に仕組んでいる訳ではないのかもしれないが、結果的には「100年後にはスリランカの仏教は滅びる」と言い出す者も出て来る。

 勿論内戦により若い男子が少ないこと、また経済が発展する過程においては、僧侶のなり手も減ってきている。前述の若い僧はとても優秀だが、「日本と違って僧侶は戒律により、結婚して子供を設けることはできない」のであり、仏教界の人材不足による、また後継不足による衰退も現実味を帯びてきている。何より、優秀で金のある者は海外移住し、また出稼ぎに出てしまい、島には残らない、というスリランカ全体の問題も大きい。

中東資本になっていたキャンディの茶工場

◀中東資本になっていたキャンディの茶工場

 イスラム教とは、単なる宗教ではなく、生活規範、生活そのものであるとも言われている。イスラム教の六信、「アラー、天使、啓典、預言者、来世、運命」の6つを信仰することだと聞くが、我々のように宗教を学んでこなかった日本人には今ひとつピンとこない。「信じれば救われる」というレベルではない。前述の若い僧に「日本にはイスラム教徒はどのくらいの数、いるのか?」と聞かれたが、そんなことは考えたこともなく、全く答えられなかった。中東や中央アジアから日本にやって来たごく一部の人だけがイスラム教徒だと思い込んでいるが、実は日本人の中にもイスラムを信仰する人が出てきているのかもしれない。

コラムニスト
須賀努
1961年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。金融機関在職中に、上海語学留学1年、台湾地場金融機関への出向2年。香港駐在合計9年、北京駐在合計5年では合弁会社日本側代表。合計17年の駐在経験を有し、日経BP社主催『中国ビジネス基礎講座』でトータルコーディネーター兼講師を務める他、進出企業向けアドバイスを行う。日本及びアジア各地で『アジア最新情勢』に関する講演活動も行っている。 現在はアジア各地をほっつき歩いて見聞を広めるほか、亜細亜大学嘱託研究員、香港大学名誉導師にも任ぜられ、日本国内及びアジア各地の大学で学生向け講演活動も行っている。 時事通信社「金融財政ビジネス」、NHK「テレビで中国語テキストコラム」など中国を中心に東南アジアを広くカバーした独自の執筆活動にも取り組む。尚お茶をキーワードにした旅、「茶旅」を敢行し、その国、地域の経済・社会・文化・歴史などを独特の視点で読み解き、ビジネスへのヒントとしている。
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