廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第32回

トランジション・タウンズ─化石燃料に頼らない持続可能なライフスタイルを目指して

 今回は、社会的連帯経済とは別の枠組みで生まれたものの、社会的連帯経済関係者からも少しずつ注目されているトランジション・タウンズについてご紹介したいと思います。

 トランジション(transition)とは「移行」を意味する英語ですが、ここでは石油など化石燃料に依存したライフスタイルからの「移行」を指します。この運動が巻き起こった背景には、1956年に米国人地質学者キング・ハッバートが発表した、ピーク・オイルに関する論文が挙げられます。この論文によると、石油採掘量はある時点までは増大するものの、一旦ピークに達するとその後は徐々に産出量が落ちると予測されており、オハイオ州やイリノイ州などで実際にそのような現象が見られたことから、今後世界中で同じような現象が起こるだろうと見られています。実際、米国の石油産出量は1971年に最高を記録した後、徐々に減少しており、1990年頃からは国内で消費する石油の大半を輸入に頼るようになっています。このため、米国は不足する石油を何とか賄おうと躍起になっており、2003年のイラク戦争のように石油利権に関連した戦争が起きていることは皆さんもご存知の通りでしょう。

米国の石油生産量・消費量および輸入量の推移

◀米国の石油生産量・消費量および輸入量の推移(出典

 しかし、このピーク・オイルが再度脚光を浴びるようになるのは、2000年代に入ってからです。英国人ロブ・ホプキンスはアイルランドでパーマカルチャー(豪州で生まれた、その地域の資源を最大限に活用した上で、多様性のある生態系を生み出し、その生態系の活力を活用したライフスタイルを構築する運動)について教えていましたが、この発想をピークオイルという課題の解決、具体的には化石燃料に依存したライフスタイルからの脱却に応用できないかと考え、その後シューマッハー・カレッジ(「スモール・イズ・ビューティフル」の著者E・F・シューマッハーを記念して作られ、持続可能なライフスタイルの構築に向けた修士課程や各種講座を開講している市民大学)のある、英国南西部の街トットネスに移ります。同カレッジの存在によりピークオイルの問題に対しても地元の人の意識が高かったことから、同市でトランジション・タウンズの運動が興り、その後別の街にも広がったことから、2007年にはそれらの街のネットワークである「トランジション・ネットワーク」が生まれました。今では英国のみならず、2014年4月現在で日本を含む世界15カ国にネットワークが存在しており(日本国内のネットワークについてはこちらを参照)、ネットワークが存在しない国を含めると、43カ国1130地域で同様の取り組みが行なわれています(日本では37カ所)。2006年頃に全世界の石油生産量がピークに達したという報道が広く行なわれたこともあり、化石燃料依存型の現代文明の今後に不安を覚える人たちを中心として、トランジション・タウンズの動きが広がっています。

 具体的に何を行なえばよいかについては、ホプキンスがまとめたマニュアル本「トランジション・ハンドブック」の日本語訳でご覧になることができますが、発祥地トットネスでの成功を踏まえて、トランジション・ネットワーク側で以下の12ステップが紹介されています(詳細はこちらのガイド(日本語)で)。なお、このガイドでは12のステップ以外にも役に立つ情報が提供されていますので、ぜひご一読ください。

「トランジション・ハンドブック」日本語版

◀「トランジション・ハンドブック」日本語版

ステップ1:コア・グループを結成し、その解散時期を決定しよう

 トランジション・タウンズを始めるには、何よりもこのプロジェクトの推進に中心的に取り組む人たちのグループを作らなければなりません。しかし、このグループはトランジション・タウンズが本格的に立ち上がるまでの準備委員会的なものであり、具体的なワーキンググループ(日本語にすると作業部会、ステップ5参照)が生まれたら解散することになります。また、このコア・グループの段階で時間を浪費しないようにするため、その解散時期=ステップ5への移行時期を明確にすることが大切となります。

ステップ2:問題意識を高めよう

 当たり前のことですが、ある程度人数が集まらないことには、トランジション・タウンズを実施することはできません。今ではYoutubeなどでピーク・オイルや気候変動の問題について紹介したビデオが見られるようになっているので、このような資料を活用して地域の人と問題意識を共有するようにしましょう。

ステップ3:土台を作ろう

 ステップ2と関連しますが、どの地域でもピーク・オイルに関係したテーマに以前から取り組んでいる人たちがいるので、この人たちをトランジション・タウンズの運動に巻き込みましょう。

ステップ4:大お披露目会を開催しよう

 半年から1年ぐらいかけてステップ2や3を行ない、ある程度地域の重要人物がこの運動に関わるようになったら、正式にこの運動を発足すべく「大お披露目会」として大々的なイベントを開催します。この際に、講演会や話し合いといった堅苦しい内容だけでなく、食事を出したり音楽やダンス、演劇など楽しめる出し物も用意して、今後の運動を盛り上げるようにすることが大事です。

ステップ5:ワーキング・グループを形成しよう

 大お披露目会が済んでトランジション・タウンズが本格的に発足したら、次にワーキング・グループを発足します。一口に化石燃料依存型のライフスタイルからの脱却といっても、具体的にはさまざまな分野において今までの様式を見直し、できるだけ石油などを使わないものに変えてゆく必要があります。このため、食、廃棄物、エネルギー、教育、青少年、経済、運輸、水、そして地方行政などの分野ごとにワーキング・グループを作ったうえで、それぞれの問題に対処するようにしましょう。また、ステップ1で結成されたコア・グループはこの段階で不要になりますので、解散することになります。

ステップ6:オープン・スペースを活用しよう

 オープン・スペースについては「オープン・スペース・テクノロジー」という本が日本語でも刊行されていますが、複数のテーマについて多数の人たちが効率よく話し合い、結論を出す上で有効とされていますので、試してみる価値はあります。同じような手段としてワールドカフェも挙げることができます。どちらも、基本的にテーマに関心のある人たちが必要に応じて離合集散し、そこで言いたいことを言うようにすることで、意見の集約を促進するというものです。

ステップ7:実践的で目に見える成果を残そう

 このように議論が進んできた際に大切なことは、「ああしたらいいね」という提案だけに留まるのではなく、地域の中で目に見える事業を起こして、地域の人たちに信用してもらうことです。アイデアを具体的に形にすることで、トランジション・タウンズに参加していない人たちも引き付けるようにしましょう。

ステップ8:基本的技能の再習得を促進しよう

 私たちは文明の利器に慣れきった生活をしていますが、ほんの数十年前までは世界どこでもこれほどエネルギーを使わない形で生活が送られていました。そのため、地域のお年寄りにお願いして、昔ながらの料理や建築などの方式を教えてもらい、エネルギーを使わない形でのライフスタイルをもう一度見直す必要があると言えるでしょう。

ステップ9:地域行政との架け橋を作ろう

 いくら市民の力ですばらしい計画を策定しても、行政が乗ってこなければその大部分は実現できません。このため、行政とも関係を持ち、行政と二人三脚でその計画を実現しましょう。

ステップ10:お年寄りを大切にしよう

 ステップ8と関連しますが、エネルギーを使わない技術だけではなく、そもそも昔は文明の利器なしでどのような生活を送っていたのか、お年寄りに話を聞かせてもらうことが大切になります。

ステップ11:流れに任せよう

 ステップ5で生まれたワーキング・グループの中には、必ずしも当初の予定通り機能しないものもありますが、細かい方針変更に神経を尖らすのではなく、あくまででもトランジション・タウンズの本来の目的に沿った内容で活動が進んでいれば、それを受け入れる許容性も大切になります。

ステップ12:EDAP(エネルギー消費削減行動計画)を作成しよう

 このようなステップを踏んだ上で、最終的な行動計画を立案して地域社会に提案しましょう。

 トランジション・タウンズでは、社会的連帯経済の中でも特に環境保護を重視した運動であり、他の社会的連帯経済とは生まれた動機がかなり違いますが、EDAPの具体的な実現方法の一つとして化石燃料に頼らない事業を立ち上げたり(たとえばフードマイルを取り入れて、できるだけ近くの野菜を消費するようにしたり、公共交通を拡充して自動車への依存を減らしたり、太陽光パネルを各地に設置したり)、あるいは地産地消型の経済を推進するための手段として地域通貨を導入したり(トットネス・ポンドブリストル・ポンドが有名な例)など、さまざまな事例が生まれています。みなさんの地域でもご参考になるのではないでしょうか。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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