前回も少し補完通貨の実例について紹介しましたが、今回は世界各地の補完通貨の事例を種類別に紹介したいと思います。今回は広く薄く紹介する形になりますが、主要事例については今後機会を改めてゆっくり説明したいと思いますので、それまでお待ちください。
前回ご紹介したキームガウアーは、欧州でも最も成功している事例の一つですが、世界的に見ると最も一般的な補完通貨は、地域内取引システム(LETS)と呼ばれるモデルです。これは1982年にマイケル・リントンが開発したもので、炭鉱が閉山して地域の収入源が途絶えたカナダはブリティッシュ・コロンビア州のコモックス・ヴァレーで最初に導入されました。このシステムでは会員は口座を作り、会員間ではこの口座のポイントを使って取引します。
具体的に説明しましょう。たとえば青木、伊藤、上原そして江口の4人がLETSを創設したとします。4人はそれぞれLETSの口座を持ち、残高ゼロでスタートします。そして1月10日に青木が伊藤からジャガイモを買ってその代金として200ポイント支払うと、4人の残高は以下の通りになります。
▲1月10日現在での各会員の残高
取引に関係ない上原と江口の残高は当然ながら0のままで、ジャガイモの代金を支払った青木が-200ポイントになる一方で、ジャガイモを売った伊藤は+200ポイントを手にすることになりますが、4人の残高を合計すると0になります。次に、1月15日に伊藤が上原に散髪を頼んで、1500ポイント支払った場合を考えてみましょう。
▲1月15日現在での各会員の残高
青木の残高は‐200のまま、江口の残高は0のままですが、伊藤は1500ポイント支払ったため、残高が+200から-1500に減る一方、上原は1500ポイントを受け取ることになります。ここでもご覧になるとお判りの通り、4人の残高を合計すると0になります。そして、1月18日に青木が江口にマンガ本を売って300ポイントを得ると、図3のようになります。
▲1月15日現在での各会員の残高
青木と上原がプラス残高、伊藤と江口がマイナス残高を記録していますが、やはりこの団高を合計すると0になります。以下、このシステムで大事な点をまとめてみたいと思います。
- 誰かがプラス残高になるためには、誰か別の人がマイナス残高にならなければならない: マイナス残高は悪ではなく、むしろ他の人がプラス残高になるために必要不可欠なもの。
- マイナス残高は借金ではない: 借金ではないので金利が加算されることもなく、またこのマイナス残高を清算するにはお金は必要ない(他人が必要としている商品やサービスを提供すればいい)。
- プラス残高はあくまでも会員間でのみ有効: LETSのサークル外ではこのポイントは無意味なため、プラス残高の保有者はこれを使って別の会員が提供する商品やサービスを購入する必要がある。
1982年にこのシステムが登場した頃は、まだインターネットはおろかパソコンの使用も一般的ではなかったため、買い物をした会員が商品やサービスを提供した会員に小切手を発行し、その小切手を定期的に事務局で記録する必要がありました。あるいは、会員が通帳を持ち歩いて、取引のたびに記録する必要がありました。しかし、インターネットの普及とともにこれら記録作業をオンラインで実施することができるようになったため、LETSの多くがオンライン取引へと移行するようになりました。その中でも最大のものは、南アフリカのケープタウンで始まり、その後世界各地の事例が参加するようになったCES(英語)で、同サイトによると2013年10月現在で61ヶ国598の事例がこのオンラインシステムを採用しています。
また、活発なLETSの事例としては、韓国の大田広域市で2000年から活動を続けているハンバンLETS(韓国語)が挙げられます。このシステムは、「私と隣人が力をあわせる幸せな村」、「自然と調和する元気な村」そして「自立して自ら治める共同体村」という3つのスローガンをモットーとして、さらに「都市での共同体的な生活様式の創出」、「生産・流通・消費・リサイクルの過程を補完内に構築して持続可能な経済システムを構築」、「失業者や主婦・高齢者などの働き口創出と遊休労動力を開発・活用するための事業」、「LETS運動の普及のための事業」、「各種社会問題を解決するためのオルターナティブ運動への参加事業」そして「目的達成に必要なその他の事業の遂行」を実施すベく、2000年2月に立ち上がりました。ここでは韓国ウォンと等価のドゥルで取引が行われていますが、2011年には1億3218万7025ドゥル(約1190万円)がこの補完通貨で取引され、韓国ウォンで支払われている部分も含めると2億4794万4045ウォン(約2240万円)の経済効果を生み出しています。
▲動画:ハンバンLETS(日本語字幕つき)
しかし、最近は法定通貨を担保として発行し、再換金時に手数料を取ることで補完通貨ができるだけ長い期間地域内で流通するようにさせ、地産地消型の経済を推進するシステムが注目されています。その中でも最も有名なのは前回紹介したキームガウアーですが、この他に主な事例としては、パルマス銀行(ブラジル・セアラ州フォルタレザ市、2002年に補完通貨の発行を開始)、バークシェアー(米国マサチューセッツ州バークシャー郡南部、2006年9月発足)、SOLヴィオレット(フランス・トゥルーズ市、2011年5月発足)、ブリストル・ポンド(英国ブリストル市、2012年9月発足)、エスプロンセダ(スペイン・エストレマドゥーラ州アルメンドラレホ市、2012年末開始)、エウスコ(フランス・バヨンヌ市、2013年1月発足)などが挙げられます。各国の法定通貨を担保として補完通貨を発行することで、地域外からしか商品を仕入れることのできない商店(たとえば本屋やフェアトレードショップ)も気軽に補完通貨を受け取れるようにしており、地域内での浸透に力を入れています。
▲動画:パルマス銀行(日本語字幕つき)
▲動画:キームガウアー(英語)
▲動画:バークシェア(英語)
また、取引内容をサービスに限り、地域内での相互扶助を推進するタイムバンクも世界的に普及しています。この中でも、日本の時間預託制度が世界的には非常に有名で、英語など欧州諸外国語でもFureai Kippu(ふれあい切符)の名称で幅広く知られていますが、欧米の補完通貨関係者は日本語の資料を読めないことから日本に対する期待が過剰に高まっており、海外の方と話す場合にはこの点に注意する必要があります(こちらの論文では英語で、日本の実情について紹介しています)。米国で始まったこのタイムバンク(当初の名称はタイムダラー)は、その後英国、ドイツ、イタリアやスペインなどに広がっています。
しかし、歴史上最大の盛り上がりを見せた補完通貨運動としては、アルゼンチンの交換クラブを見逃すわけにはいきません。地元の人たちが家庭菜園で採れた野菜や各種日用品の交換市として1995年にブエノスアイレス郊外で始まった交換クラブは、その後マスコミ報道や自治体などの支援を受け、さらには貧富の拡大により苦しい生活を強いられるようになった人たちの駆け込み寺として爆発的に拡大し、同国の経済危機が最も深刻になった2001年末から2002年初頭にかけては、参加者の家族も含めると数百万人もの人がこのシステムのおかげで食いつないでいました。全国各地で食品や古着、本やCD、シャンプーや化粧品など各種日用品を提供する市場が開催され、そこではクレジットと呼ばれる交換クラブ専用の通貨のみで取引が行われていました。しかし、クレジットの乱発やニセ札の横行、爆発的な拡大による商品の需要拡大に供給側が応えられなくなったことからクレジット経済でインフレが発生し、またアルゼンチン経済が立ち直ったこともあり、多くの人たちがこの交換クラブへの参加を取りやめるようになりました。2013年現在でも一部では続いているようですが、かつての勢いは感じられません。
さらに、企業間取引(バーター)の推進を目的とした補完通貨システムも世界各地で動いています。その中でも最も有名なのはスイスのWIR銀行(1934年発足)で、同国内で6万社以上が参加して年間で40億1300万スイスフラン(約4310億円)の取引を補完通貨建てで行っています。このシステムと比べると規模は劣りますが、ベルギーのRES(1995年発足、2012年4月にスペイン・カタルーニャ州でも事業開始)も重要な存在で、2012年には同国内4000社以上が参加し、約6373万ユーロ(約84億円)相当の企業間取引をこの補完通貨で行っています。RESの場合には消費者向けポイントカードシステムの機能もあり、3万2000人以上がこのポイントカードを利用して会員商店で買い物を行っています。WIR銀行は企業に対してスイスフランではなく補完通貨WIRを融資してそれを期限内に返済してもらう方式で、RESについてはLETSと基本的に同じ方式ですが、企業間での取引推進を目的としていることから他のシステムとはかなり違う運営が行われています。なお、これら企業間バーターの業界団体としてIRTA(国際互恵取引協会)が存在します。
次回は、この記事の掲載時に開催中のRIPESS(大陸間社会的連帯経済推進者ネットワーク)のマニラ会議の内容についてご紹介したいと思います。