狼の見たチベット

第19回

東チベット大地震

 我が輩はオオォォォォォォォ…。激しい揺れだ、舌を噛んでしまった。
 我が輩は狼である。2010年4月14日未明、チベットの大地に激しい揺れが走った。四足の我が輩ですら立っていられない激しい揺れだった。学者たちの区分でいうとマグニチュード6.9の地震だそうだ。もっとも、このマグニチュードという言葉も、いろんな測定方法があり、どれがどのくらい凄いのか我が輩にもぴんと来ない。我が輩にわかることは、多くの建物が壊れ、多くの人々が死んだことだけだ。

 青海地震とも呼ばれている今回の東チベット大地震は、中国による占領下にあるチベット東部カム地方で起きたものだ。チベットの三大地域のうちウーツァンはチベット自治区として一塊りの統治区分になり、残りのカムとアムドは分割されて幾つかの省に編入されたという話は以前話したので覚えてくれてるかと思う。今回地震が起きたのはアムド地方との境界に近いカム地方で、被災した住民の八割から九割がチベット人だと言われている。

 ヒマラヤ造山帯に近いチベットは、元々潜在的に地震が起きやすい。今回の地震も、そういう不安定な土地がもたらした普通の出来事かもしれない。だが、2008年の四川大地震に続いての今回の地震、大きな地震をチベットが襲いすぎのように我が輩は感じる。陰謀論が好きな連中は、中国の地下核実験が原因だの貯蔵していた核弾頭の事故が原因だの言っていたりもするが、さすがにそこまでくると言いがかりとしか言えない。
 現地のチベット人の一部には、中国人たちが聖なる山を掘り返したために大地が怒ったのだという声も流れているようだが、大地も怒るのならば今まで聖なる山を守ってきたチベット人に災害を与えるのでなく、それを命じた連中にピンポイントで怒りを向けて欲しいものだ。
 オカルト好きのものならば、チベットに眠るという魔女のせいというかもしれない。かつて仏教が伝来した時に、チベット各地に12の寺院を建てて魔女を封じたという伝説がある。ダライ・ラマ法王がチベットから離れ、そして多くの僧侶たちが中国共産党による弾圧で命を失ったり、拘束されていたりする今、仏教の力が薄れたのを感じてチベットの大地に封じられた魔女が身をゆすっていると、オカルト好きなものならば言うのかもしれない。
 そして、自然保護を叫ぶ者たちは、ダムのせいだと言うだろう。地盤が弱い場所にダムを作ることで、地盤に負荷がかかり地震が起こりやすくなるという説があるそうだ。そしてチベット各地に中国はダムを建設している。実際に下流にあたる東南アジア地域で渇水が起きて問題になっているほどの水がチベットのダムには蓄えられている。たしかに、地震の一つぐらい起きるのもありそうな話だ。

 地震が起きた原因については空想を巡らせることしかできないが、被害がここまで広がった原因は明確だ。被災した地域には、最近建てられた建物が多数ある。以前にも語った遊牧民を強制的に定住化させるためのものだ。それらの建物は短期間に大量に建てられたもので、当然のごとく手抜き工事の産物だ。穴あきブロックの穴に鉄筋も通さずコンクリートも流し込まれず、モルタルで外側を固めただけの建物もみかけた。地震などこなくても、我が輩が全力で体当たりすれば、それだけで壊れそうな家が多数あるわけだ。そりゃ、生き埋めになるものも多かろう。数年前まで草原を自由に行き来しテントで眠っていた遊牧民たち。泥と煉瓦の下敷きで眠ることになるとは思ってもいなかっただろう。

瓦礫に埋まった被災者を捜索する僧侶たち←瓦礫に埋まった被災者を捜索する僧侶たち

被害が広がっているのは、それだけが原因ではない。地震が起きた後、被災地周辺の寺院の僧侶たちは、直ちに被災者の救援に向かった。被災地に近い寺の僧侶たちは無事に被災地に辿り着き、被災者たちを救援したり、死者を弔うことができた。しかしながら、被災地から離れた場所から駆け付けようとした僧侶たちの多くは、立ちふさがる中国の武装警察により解散させられて被災地に辿り着くことすらできなかった。

 地震の直後、住民は兵士たちに救援を求めた。だが兵士たちは、救助しろという命令など受けていないと拒否した。駆け付けてきた僧侶たちが、手だけを頼りに瓦礫の中から人々を掘り起こした。TV局のクルーが近づくと、兵士たちは僧侶たちを追い払い救助を兵士の成果として報じさせた。

 救援部隊の中には、救助をそっちのけで、この地域原産のチベタンマスティフを捕まえるものたちもいた。チベタンマスティフは、我が輩たち狼から家畜を守るために育てられた犬だ。伝説ではジンギスカンは、この地でチベタンマスティフの軍勢を組織したとも言われている。今では数も少なく、中国では金持ちのペットとして日本円換算で数千万円で取引されているという貴重な動物だ。

チベタンマスティフの子犬を助け談笑する救助隊員たち←チベタンマスティフの子犬を助け談笑する救助隊員たち

 被災者たちへの支援物資も少しずつ届き始めた。視察する温家宝首相の安全確保のために停止していた輸送が再開されたからだ。しかし、届けられた物資の多くは政府関係者や目はしの効く中国人たちにほとんど独占されてしまっていた。彼らは、それを高額で転売していた。被災者のために運ばれてきたテントの多くは、住む場所を失った被災者たちではなく、救援部隊や兵士たちの手に渡った。被災者の多くは氷点下の寒さの中、身を寄せ合って眠った。中には寒さから身を守るために死体の間で眠るものすらいた。

コラムニスト
太田 秀雄
1971年福岡に生まれる。地元筑紫丘高校を卒業後、九州大学で生物学を専攻する。コンピュータプログラマを生業とする傍ら、いまだに学究心が捨てきれず大学に戻ろうと画策している。2008年3月のチベット騒乱を機にチベット支援に積極的に関わるようになり、国内外のチベット支援者や亡命チベット人達と広く交友関係を持つ。チベット支援をしているものの、別段中国の全てに否定的というわけではなく、とくに『三国志』や中華料理は大好きである。尊敬する人物は、白洲次郎、ホーキング博士、コルベ神父。
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