日本経済新聞朝刊(2014年06月01日)に掲載にされた『安源炭鉱実録』のブックレビュー(日経新聞web版はこちら)を許諾を得て転載いたします。
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中國の「異端」労働運動、精緻に
毛沢東、劉少奇、李立三らが1922年の大ストライキを指導したことで有名な安源炭鉱は、いわば、中國共産黨の「正統史観」に基づく労働運動の発祥地だ。
しかし、異端(=反體制)として出発した安源の労働運動は、社會主義國家という「正統性」が確立されると、再び異端(=反革命)の立場に追いやられる。
現在、安源には、年金や保険のある幹部や常傭工の他、契約工や臨時工、さらに、レイオフされた従業員や自宅待機の従業員など多様な身分の集團が存在し、それぞれが特殊な事情を抱える。
退職労働者の仲間が年金のピンハネを訴えて爭うのを尻目に、わざと外で用事をつくって家を留守にする人は、同じ炭鉱で働く子どもまでレイオフされると行き場がなくなると本音を語る。農民工(農民労働者)は年金も保険もないが、古參の労働者は彼らに対し、畑があるし、農村に帰ることのできる場所もあるとうらやむ。
大ストライキ時代の思い出に浸る労働者の中には、「労働者階級が全てを指導する」文化大革命を懐かしむ者もいる。彼らは、國が丸抱えする時代から抜け出せず、直面する苦境の原因を社會體制に見出すと、革命時代の「暴力政治」に力と方法を探し求める。
こうした狀況を前に著者は、中國の労働者が真の社會的地位と現実的利益に基づき、その階級意識を構築するためには、イデオロギーの制約を突き破り、自身の利益を保障するための組織化が必要だと述べる。
本書は、対立する立場の人も含め、実に多種多様な人物にインタビューし、膨大な記録を蓄積・整理することで、中國の複雑な社會現象を精緻に描き出すことに成功している。
著者は、狹く暗い坑道で何度も頭をぶつけながら、地下1000メートルの作業現場にまで行き、炭坑夫の話を聞き出すほどの肝っ玉と貪欲さを持つ。だが、聲なき弱者に寄り添いながらも、研究対象と適度な距離を取ることを忘れない。
実地調查における現場への入り方、人間関係の作り方、數點の妨害への対処方法などについても詳しく述べており、この種の研究を進めている人には參考になるだろう。
日本語版で540頁を越える大著だが、巻末には、読み応えのある2つの解説と訳者のあとがきもある。
(東京大學準教授 阿古智子)