臓器狩り──中国・民衆法廷

第15回

直接証拠(3)手術室での殺害──無実の囚人

 これまでは「囚人」つまり死刑囚ということでした。「無実の囚人」は現時点では新たな疑惑です。基本的に国家の管理下にない者は、どんな少数派やグループでも、中国共産党には脅威とみなされます。

──BBC(ブリストル)マシュー・ヒル記者 
中国の臓器移植産業の疑惑 BBC World – Impact (2018年10月報道/13分)

 今回のテーマは、李会革教授の「生存中の身体からの強制臓器摘出の4つの方法」(連載コラム第12回の「直接証拠 – 概説」)の3つ目にあたる「臓器摘出による死亡」である。また、李会革教授が、この区分での犠牲者が「良心の囚人」である可能性にも言及しているため、中国共産党政権下における「良心の囚人」(無実の人々)についても考察したい。

密室での殺害

 李会革教授[証言者番号:37]は、提出文書で「河南医学雑誌」に2003年に発表された『ヒト同所性心臓移植の経験』(『同种异体原位心脏移植的体会』 河南医学研究 2003年:131-3ページ 郭好学 他6名 著)と題する論文を取り上げている。

 この論文では「ドナーからの心臓摘出の主なポイント」として、「全身ヘパリン(抗凝固薬)投与(2mg/kg)、冷却心筋保護液を大動脈基部から心臓の拍動が停止するまで灌流;右心房上 4cm のレベルで上大静脈の切開……」と記述されている。つまり、摘出前には心臓が機能していたことが示唆される。中国での脳死判定の導入は2003年以降のことなので、2003年に発表された論文のために利用された臓器は、それ以前のものである。このため、論文で言及されている心臓提供者は脳死患者ではない。医療従事者が投与した冷却心筋保護液が心停止を誘発した。最終的に心臓を摘出されることでこのドナーは死亡する。血液型と心臓の重量以外に、ドナーに関する情報は論文には記載されていない。

 李会革教授は、死刑宣告を受けた死刑囚の処刑未遂薬殺刑とは区分し、良心の囚人、つまり無実の人々である可能性が高いと指摘している。

医師の回想

 死刑囚でない者がドナーである可能性について、中国の医師が自分の2011年の体験を回想し、臓器収奪の可能性を語っている。2019年12月19日に中国語大紀元の記者に語った内容が英語版のエポックタイムズに2020年1月4日に掲載された(The Epoch Times『強制臓器収奪と思われる事例を語る中国人医師』(Chinese Doctor Discusses a Possible Case of Forced Organ Harvesting – 英語原文)。中国大陸に居住する医師の発言という点で意義深い。また、ドナーを知らされなくても医師が「薄々感じる」状況が読み取れる。

隣室からの肝臓

 実習生だった鍾(仮名)医師は、自分がインターンとして勤務する浙江大学医学院の附属第一医院で「肝移植手術」のチームに加わった。ある晩、病院の職員から夜11時に電話を受けたところ、手術をする医師がいないので肝移植手術をして欲しいと依頼された。実習生の彼にとっては良い機会だった。

 病院に到着すると、医師と看護師だけが使用するはずの更衣室に制服姿の警官がいた。そして、外来者用の手術着の者を数名見かけた。医師や看護師の平均的な背丈より高く、しっかりした体格に見えた。手術室の隣室には外来者のうちの数名がいた。手術を開始した時、看護師が肝臓を一つ、その隣室から持ってきた。鍾医師は約8時間かけて肝硬変の患者に移植手術をし、すぐに家に帰った。

 病院に戻り、同じ建物内で自分の肝移植手術と並行して角膜移植手術が行われたことを知った。通常はこのように同時に移植手術が行われることはない。鍾医師は、角膜の提供者も肝臓の提供者も同じ人間であり、このドナーから得られる全ての臓器を病院が利用した可能性があると考えている。手術の際、ドナーについては尋ねなかったが、術後まもなく、法輪功学習者である可能性を理解した。

鄭樹森医師

 その後、鍾医師は別のチームに加わり、鄭樹森(ジェン・シュセン)医師と出会う。鄭樹森医師は浙江大学医学院附属第一医院の移植センターの理事であり、同時に、2007年から2017年にかけて、法輪功の迫害のための中国共産党直轄の機関「浙江省反邪教教会」を率いた人物だ。浙江大学医学院附属第一医院は肝胆移植では屈指の病院で、手術件数では中国東部の病院で右に出るものはない。鍾医師は鄭医師が「以前はドナーが豊富で、多くの医療研究ができた」と語っているのを耳にして、これまで不可思議に思っていたことの辻褄が合うようになった。

 鍾医師は自分の体験から、中国での臓器移植産業には闇があると感じ、移植医ではなく一般外科医の道を選んだ。中国の検閲がかからないネット検索を使って中国国内で真実を把握している。

 中国のメディアによると、鄭樹森のチームは、2017年12月までに2300件の肝移植を行っていた。この年、肝臓研究の国際学会が発行する雑誌 Liver Internationalが、鄭樹森の論文を撤回している。彼の研究に用いられた臓器が、倫理的に入手されたという「信頼のおける証拠」がないことが理由だった。この論文撤回に関しては、別のコラムで取り上げたい。

無実の人々

国家の敵

 冒頭で引用したBBC World Impactの報道は、これまでの主流メディアのタブーを破り、死刑囚ではない「良心の囚人」を取り上げた画期的な報道だった。テレビと並行してラジオ放送も二部に分けて行われた。ラジオ放送のリンクと日本語による概要がこちらにまとめられている。

 字幕では「無実の囚人」と訳されているが、Prisoners of Conscious(良心の囚人)とは、独裁政権者とは異なる意見を持つために投獄された者を指す。「中国・民衆法廷」では、これらの犯罪者ではない囚人を「迫害の対象となるグループに属するだけで収監・拘束される者すべて」とさらに幅広く定義している。人権法律基金(HRLF)中国政策担当理事の夏益陽氏(証言者番号:40)は、中国政府が迫害する「対象グループ」について、詳しく解説している。夏氏が民衆法廷に提出した陳述書によると、中国共産党政権が不都合と見なす者は、中共の最高レベルで「国家の敵」として定められ、任意に拘束され、様々な手段で「再教育」される。「再教育」の過程ではこのグループは、国家制度に全く守られない。

 それでは、冒頭の引用にある「国家の管理下にない少数派、グループ」とは何か? このBBC報道で取り上げられた法輪功とウイグルの状況について考証する。

法輪功

 まず法輪功について見てみよう。1992年に伝え出されて間もなく、創設者の李洪志氏は1993年に東方健康博覧会組織委員会のメンバーに招待され、中国気功科学研究会の会員となった。しかし、1996年に同研究会を脱退。その理由は、研究会が修煉のための徴収を要求したが、法輪功は個人修煉に対して一銭もとらない指針があるため、政府や中共幹部の干渉を受けない自主管理を希望したことによる。以降、法輪功に対する批判的な記事が掲載されるようになる。その後も法輪功は成長を続け、中共の調査で学習者の数が7000万人と推定されるほどに至るが、並行して学習者への嫌がらせや監視がエスカレートしていく(法輪大法情報センター「迫害の前夜」より)。気功科学研究会は中共政権下の機関であり、この会に所属していれば「国家の管理下」にあるグループとして「国家の敵」になることはなかったのであろう。1996年の気功科学研究会からの脱退は、法輪功の姿勢を表示した分岐点だったのかもしれない。東洋文化の伝統とは異なる共産主義思想と、中国の伝統思想に則った法輪功との相違は、残虐な迫害に対する穏やかな抵抗として顕れている。

ウイグル

 中国全土に広がる法輪功とは対照的に、新疆ウイグル自治区のウイグル人は、国家の管理下にあるのではないだろうか。2014年5月、暴力テロ活動を厳格に撲滅するための「厳打」(エンダ)(厳厲打撃暴力恐怖活動専項行動)がウイグル人を対象に発動された。この運動の理由は「新疆のトュルク系イスラム教徒のアイデンティティーの存在は、公共の安全をはかる国家責任の一環として正当化されないため、彼らを処罰し管理すること」である。(ヒューマン・ライツ・ウォッチ 報告書 2018年『イデオロギー・ウイルスの撲滅 ー 新疆イスラム教徒の中国政府による抑圧運動』(“Eradicating Ideological Viruses” China’s Campaign of Repression Against Xinjiang’s Muslims – 英語原文より)。つまり、ウイグルには独自の文化があり、中国共産党のイデオロギーと同一でないから処罰するということだ。新疆ウイグル自治区の「自治」を剥奪し、ウイグルのアイデンティティーを抹殺するまでは、国家の管理下ではないということか。同時に、飲酒をせず豚肉を食べないイスラム教徒の臓器(ハラール臓器)が富裕なアラブ人に求められているという悲劇が、中共の加速するウイグル迫害の一因であることは否めない。1999年7月の法輪功迫害の開始と並行して、中国で2000年以降、五カ年計画に移植産業の拡大が組み込まれた悲劇と重なる。

 中国政府は「良心の囚人」の存在は認めていない。法輪功はタブーであり、ウイグルは「再教育」中ということだ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ  2018年報告書『イデオロギー・ウイルスの撲滅 - 新疆イスラム教徒の中国政府による抑圧運動』の表紙より転載ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2018年報告書『イデオロギー・ウイルスの撲滅
– 新疆イスラム教徒の中国政府による抑圧運動』の表紙より転載
「中国・民衆法廷」への提出文書
◎李会革教授[証言者番号:37] 提出文書(邦訳
◎夏益陽氏[証言者番号:40] 陳述書(邦訳
◎『中国・民衆法廷 裁定』(英語原文
◎公式英文サイト ChinaTribunal
コラムニスト
鶴田ゆかり
フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。
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