BOOKレビュー

広中一成氏による書評『新聞が伝えた通州事件 1937-1945』

新聞が伝えた通州事件 1937-1945

書名:新聞が伝えた通州事件 1937-1945
編集:藤岡信勝、三浦小太郎、石原隆夫、但馬オサム
監修:加瀬英明
発行:集広舎/B5判/上製函入り/551頁
価格:本体9,000円+税
発売予定日:2022年5月25日
ISBN:978-4-86735-031-7 C1531
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編集室より

この書評は2022年(令和4年)7月8日発行『週刊読書人』に掲載されたものです。
書評氏のご許可を経てここに転載いたします。

発生から終戦まで
事件の経緯を知るうえできわめて有用

広中ひろなか一成いっせい(愛知学院大学准教授・中国研究)

 通州事件は、日中戦争勃発まもない1937年7月29日、中国河北省通州(現・北京市通州区)で起きた日本居留民の殺害事件である。これによって殺された総数は225人。彼らの命を奪ったのは、通州を支配していた日本の傀儡政権、冀東防共自治政府の中国人部隊である保安隊だ。本書は、通州事件を報じた当時の日本の新聞記事を網羅的に収集して現代文に書き起こした資料集である。

 本書は、通州事件の発生から、終戦までの事件に関する新聞報道を系列的にまとめてあり、通州事件の経緯を知るうえではきわめて好都合な一書となっている。また、藤岡ら編者による解説は、読書の理解を助けている。特に、ジャーナリストで現大東文化大学教授の野嶋剛による論考は、朝日新聞をはじめとする当時の日本の大手新聞メディアが、報道をとおして、日本の中国侵略に主体的に協力した実態を論じており、一読に値する。

 本書で注目すべき点は、当時の新聞記事を活字化しただけでなく、その紙面も併載したことである。そこには、事件の模様を撮影した報道写真も掲載されており、文字だけではわからない事件の生々しい様子を知ることができる。また、巻末に通州事件に関連する日本語の書籍や雑誌記事論文がリストとしてまとめられている。これは今後、通州事件を研究しようとする初学者にはきわめて有用だ。

 前述の野嶋の研究によると、もともと日本軍部に批判的だった朝日新聞が、軍に協力的な社論に転換したのは、日本の中国戦線拡大の現実と、それを支持する日本国民が作り出した「空気」に抗いきれなかったためだという。

 評者もこの主張には賛成しており、2016年に星海社より刊行した拙著『通州事件 日中戦争泥沼化への道』(2022年7月下旬『増補新版通州事件』(志学社叢書)として再版予定)では、当時の日本の三大新聞の通州事件に関する記事を比較し、事件の様子が日を追って明らかになるにつれて、各紙の報道内容が過激になっていたこと、記事をとおして、中国を加害者、日本を被害者とする論調を作り出し、日本国内の戦争支持の世論を形成したこと、報道写真を多用して、事件の残虐性や悲惨性を強調したことなどを明らかにし、戦前日本の新聞メディアの戦争責任に言及した。

 本書も評者の先行研究をもとに、通州事件の新聞報道を批判的に捉えていると期待した。

 しかし、その思いとは裏腹に、本書冒頭で監修者の加瀬英明(外交評論家)は「これからも、通州事件と同じく邦人の大量殺戮が起る可能性があることを、心に刻まねばならない」と、依然として日本の被害者としての立場を強調し、藤岡も通州事件が日本人の「暴支膺懲」世論を煽ったという意見を、「ステレオタイプ化した通念である」と批判し、やはり、日本が被害者であると主張したのだ。彼らがその主張を揺るぎないものにするために制作されたのが、本書なのである。

 本書の資料的価値は大いに認める。だが、それをどう利用するかは、読者の高度なリテラシ-にかかっている。

編著者略歴

藤岡信勝ふじおかのぶかつ/東京大学・拓殖大学を歴任。1943年生。
三浦みうら小太郎こたろう/アジア自由民主主義連帯協議会事務局長。1960年生。
但馬たじまオサム/作家・文筆人。1962年生。
石原いしはら隆夫たかお/一級建築士。1940年生。

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