北京の胡同から

第58回

地元を巻き込んで成熟 第八回宋荘文化芸術祭

 北京の東郊外、通州区の一角に、宋荘という芸術村がある。この宋荘で今、今年で8回目になる宋荘文化芸術祭が10月31日より開催中だ。周辺展も含め、39もの展覧会を一斉に開催。地元の人々を大幅に巻き込んだアートの「お祭り」は、広場での屋外インスタレーション展示や屋外での絵画市などを除き、11月15日まで続く。(詳細は『第八届宋庄艺术节开幕全景视频』の記事と動画を参照)

北京で最大規模の芸術区、宋荘

 本題に入る前にまず、宋荘とは何ぞや、という方のためにまず北京の芸術区の情況を概観してみたい。
 北京には芸術区、あるいは「現代アートの集積地」と概括し得るエリアがいくつもあり、その面積も広い。ざっと分類すると、まずは画廊やアート・スペースばかりが集まった純粋なギャラリー街や、画材店や版画工房など、画廊以外の美術関連の業者と画廊が混在したエリア。次に、より商業性が強いものとして、ファッションや飲食関係などのオリジナリティあるお店の合間に画廊が混じる、トレンディなアート・エリア。そして、アーティストのアトリエや住居と画廊が混在するエリアや、アーティストをメインとしたクリエイターのアトリエや住居が集中している芸術村などだ。
 もちろん、分類はこれだけではなく、入居している作家の知名度や価値観、画廊の国際性、家賃の高低などによっても分類できるし、体制や海外の芸術界との距離や、宗教的色彩の有無などによっても分類できる。
 そんな数ある芸術区のうち、798芸術区や草場地と並ぶ知名度を誇ると同時に、面積や作家数を含めた全体の規模ではそれらを遥かに凌駕しているのが宋荘だ。画廊や美術館も無数に集まっているが、何といっても大きな特徴は広大な農村の中に作家のアトリエや住居が多数点在していること。もっとも村の中心として栄えているのは小堡文化広場の一帯で、今回の芸術祭を企画した事務所などもここにある。

村道沿いがギャラリーに

王強さん

◀王強さん

 ここで本題に入ると、芸術の祭典を盛り上げようとする村の奮闘は、バスで村に入るや否や、目抜き通りの両側に並ぶ絵画から、すぐに伝わって来た。今回の展覧会の主旨をもっとも簡潔に表現しているのは、英語の展覧会名「EVERYONE. ART」。今回の芸術祭のもつ新しさについて、芸術祭のエグゼクティブ・ディレクターを務めたアーティストの王強さんはこう語る。
「まずは開放的であることです。テーマは中国語で『人人芸術 芸術人人(みなに芸術を)』。つまり芸術と人との関係、芸術と市民との関係、芸術と芸術との関係、芸術と公共空間との関係を重視しよう、というものです。また、美術館の『壁を押し倒す』ことも強調しています。これまで、美術館はあまりに神聖化されてきました。また前衛芸術も狭いサークルの中でしか通用していませんでした。でも私はそれらをもっと人々の近づきやすいものにしたかったのです」

小堡文化広場前の彫刻やインスタレーション

▲小堡文化広場前の彫刻やインスタレーション

同上

▲同上

同上

▲同上

宋荘美術館前の陳文令の彫刻作品

▲宋荘美術館前の陳文令の彫刻作品

上上国際美術館前の広場

▲上上国際美術館前の広場

「芸術祭を普通の市民も親しみやすいものに」というアイディアがもっとも色濃く反映されていたのが広場や美術館前などに登場したインスタレーションや彫塑作品の数々だった。まさに美術館から飛び出したような作品群の中には子供が中に入って遊べる建築的なものもあり、楽しく、無理のない形で子供たちを幾何学的な美しさの中に招き入れていた。

続々と集った芸術家たち

 一方、中国ではまだ珍しい、村単位の公立現代美術館である宋荘美術館内での展覧「私たち 1994-2013 ──中国宋荘芸術家集落二十周年記念特別展」は、宋荘の芸術家村としての多様性や底力を感じさせるものだった。1階と2階を含む広大なスペースの壁にずらりと並んでいたのは宋荘のアーティストたちの自画像の数々。参加の条件は、宋荘で1年以上居住したり創作活動をしたりしていること。どの作品も作家の名が附されていなかったが、そもそも人は名札などつけて生活はしていないことを考え合わせると、作品だけを並べた形は、むしろ宋荘のアーティストたちの「生態」をよりはっきりと表しているように思われた。

宋荘美術館内に並ぶ自画像

▲宋荘美術館内に並ぶ自画像

同上

▲同上

 そもそも、宋荘の芸術村は、かつて円明園の芸術家村に集っていた、当時は存在さえ社会に認められていなかったアーティストたちが、円明園の芸術家村の解体に伴い、北京の東郊外に拠点を移したことによって生まれた。1994年頃から始まったアーティストの移住は、21世紀に入り、中国の現代アート市場が過熱すると一気に加速。その層も、誰もが知るビッグネームから無名の学生まで、多岐にわたるようになる。美術関係者だけでなく、詩人、建築家、ロック歌手、映画関係者なども集まった宋荘は、20年近くに渡り、クリエイティブなアイディアの貴重な実践の場であり続けてきた。そして現在、公に登録されているだけでも4700人以上のアーティストが住んだりアトリエを構えたりしているとされている。
 前出の王強さんによると、今年の芸術祭で各種の展覧会に参加したアーティストは1000人以上。その9割以上が宋荘のアーティストだ。宋荘美術館に並んだ肖像の数々は、そんな宋荘のアーティストたちの息遣いを生々しく伝えていた。
 ちなみに、筆者の普段受ける印象から言っても、北京を訪れる海外出身のアーティストの数は決して少なくないが、それは宋荘であっても同様のようだ。王さんによれば現在、合計で30人から40人の外国人アーティストが宋荘に滞在しており、今回の芸術祭でもそんな外国人アーティスト22人の作品を集めた展覧会や、宋荘ゆかりのフランス人アーティストの作品だけを集めた展覧会が開かれていた。海外からわざわざ作家を呼ばなくても国際展が開催でき、海外のさまざまなアーティストのアイディアや表現に触れることができるというのは、まさに宋荘ならではといえるだろう。

ローカルなお祭りとしての芸術祭

 現在、宋荘では20000人の地元住民たちが、何らかの形で芸術と関わりのある仕事をしている、と言われている。実際、芸術祭の期間も、村道に沿って、アーティストや骨董商に混じり、地元の住民らしき人々も露店の店番をしていた。

露店の絵画市

▲露店の絵画市

 こういった道端でのイベントのうち、アート作品を庶民的な露天市で販売し、比較的安価な値段で一般の人々に売る試みは、著名な美術評論家である栗憲庭氏が創始したものだ。そもそも無名作家を援助すると同時に、一般市民にとってアート作品を気軽な購買対象にするべく始まった試みで、今は宋荘芸術祭の一種の伝統ともなっている。もともといかにも宋荘らしいイベントではあったが、今回に至っては、それがますます地元に馴染んでいるように感じられた。
 それは良かれ悪しかれ、宋荘の近代化とも関係があるだろう。ここ数年、宋荘は急ピッチな開発を経て、村道が綺麗に舗装され、近代的なスーパーやレストランも激増した。そんななか、宋荘の芸術区としての空間と農村的な空間とのギャップは、少なくとも視覚的にはぐっと縮んでいるように見えるのだ。
 前衛的な作品とその前近代的な展示環境とのギャップそのものが一種のアート表現となり、作品の一つ一つに独特の意味を賦与していた以前の宋荘芸術祭とくらべ、今回私が宋荘で目にしたのは、村に住む芸術家や村人たち主体の「村祭り」化した芸術祭だった。参観者の足となる三輪タクシーの運転手たちの態度が友好的で良心的だったこと、観客の中に付近の村人らしき姿が目立ったことなども、そんな印象を強めた。筆者自身は目にしなかったが、開幕にあたっては、地元の住民のダンスの披露、オートバイのハーレー集団の巡遊、ミニ音楽祭、子供向けのイベント、果てはモデル・コンテストなども行われたらしい。いずれも地元の住民が喜びそうなイベントばかりだ。
 もちろん、こういった「地元化」は、金融危機を経て海外からのバイヤーが減り、中国の現代アート市場が以前の活気を失ったこととも関係があるだろう。だがその逆境を逆手に取り、地元民の趣味を考慮し、彼らを巻き込みつつ、芸術祭を親しみやすく魅力的なカーニバルの場へと転換させたところに、私は「アーティストの村」ならでの機知を感じた。
 今回、芸術祭のディレクションを引き受けた理由を王強さんはこう語った。「芸術家は普段は自分のために物事を行っています。でも、こういう企画をすると、より多くの芸術家が集まり、力が大きくなり、芸術家の社会的責任を果たすことができます。そもそも芸術は『どんな人にも関わりがある』ことなのですから」

ネットで広く発信

 実は今回のイベントの開催は今年の春から検討されていたという。実質的には民間が主体の芸術祭であるため、政府の許可は不可欠だったが、市からの許可がなかなか下りなかった。結局開催決行が決まったのは開催日の20日前。準備を担った主催者やスタッフの苦労は推して知るべし、だ。もっとも展示内容にそこまで厳しい制限はなく、暴力、ポルノ、毛沢東を扱う作品を「不可」とされた以外は、比較的自由に作品を展示できたという。

上上国際美術館の展示風景 手前は向京の彫塑作品

▲上上国際美術館の展示風景 手前は向京の彫塑作品

 面白いのは、芸術祭の開幕式がサイトやマイクロブログを通じて、完全にインターネット上で行われたということ。リアルでの催しは開かれず、ネット上で主催者側や参加者、観客などが写真の公開や書き込みを繰り返したという。これまでのアート・イベントでもネットとの連動はよくあったが、この規模の芸術祭でリアルな開幕式がないというのは、やはりめずらしい。中国の芸術祭も、新たな開催スタイルを模索する時代に入ったのかもしれない。
 正直なところ、外部者の目から見て、ここ数年の宋荘はあまり元気がないように見えていた。だが、今回の芸術祭を見渡した時の感想は、展示作品のレベルは、決して下がってはいない、というものだ。マイペースに、独自の発展を続ける宋荘を頼もしく思うとともに、来年の芸術祭が今から楽しみになった。

コラムニスト
多田 麻美
フリーのライター、翻訳者。1973年静岡県出身。京都大学で中国文学を専攻後、北京外国語大学のロシア語学科に留学。16年半の北京生活を経て、2018年よりロシアのイルクーツクへ。中国やロシアの文化・芸術関係の記事やラジオでのレポートなどを手がける。著書に『老北京の胡同』(晶文社)、『映画と歩む、新世紀の中国』(晶文社)、『中国 古鎮をめぐり、老街をあるく』(亜紀書房)、『シベリアのビートルズ──イルクーツクで暮らす』(2022年、亜紀書房刊)。訳著に王軍著『北京再造』(集広舎)、劉一達著、『乾隆帝の幻玉』(中央公論新社刊)など。共著には『北京探訪』(愛育社)、『北京を知るための52章』(明石書店)など。
関連記事