北京の胡同から

第22回

継続か否か──保護と伝承の合間で揺れる廟会

 やむを得ない事情により、長らく連載をお休みしてしまい、申し訳ありません。春節を機に心機一転し、再開させていただきます。ちなみに、先月1月に新しい訳著『乾隆帝の幻玉──老北京骨董異聞』(劉一達著、中央公論新社刊)が刊行されました。こちらでは、民国期の北京を舞台にした、ストーリー性とディテールの豊富な小説の形で、皆さんに北京の奥深い文化を楽しんでいただければ、と願ってます。

 中国の最も盛大な祭日と言えば、やはり何といっても日本の旧正月に当たる春節だろう。旧暦に基づいた多くの北京の行事が、さまざまな歴史的経緯から消失、または商業化、形骸化の一途をたどっているなか、春節はまだ割合と伝統的な節句としての雰囲気が濃厚な祭日の一つだといえる。

 春節ならではの風習の中で、爆竹や餃子を食べることと並んで、大きな存在感を誇っているのが、廟会巡りだ。廟会とはそもそも縁日に寺院の周辺に立った月ごとの定期市が由来で、かつては春節に限らず毎月開かれていた。文革をはさんで一時期途絶えたが、その後政府のバックアップによって徐々に復活。今は毎年春節が近づくと、北京では次の廟会をめぐる話題が新聞を賑やかに埋めている。

「廟」は広く「祠や寺」を指す言葉で、広義には仏教寺院も含まれる。だが現在の北京では、「廟会」のほとんどが公園で行われており、きちんと「廟」で行われているものは極めて少ない。
 実はかつて、もっとも廟会らしい雰囲気があるといわれたのは白雲観の廟会だった。白雲観とは、元代の長春真人にゆかりの、北京でも最も古い道観の一つ、ここで廟内に彫られた石猿を撫でる行為は、一年の初めの縁起担ぎとして、北京っ子たちの間では広く知られている。廟会の日に、石猿をなでようとする参拝客たちが門前に長蛇の列を成す様子は、春節の北京の風物詩となってきた。
 だが、人々が殺到することで、文化財の破壊も進むことを恐れた政府は2008年より白雲観での廟会開催を中止した。中止といっても、「廟会」として人を集めることや、出店や各種催しを禁止しただけで、白雲観の参拝や見学は許可している。ある意味で、現在使われている「廟会」という言葉が、いかに強い商業的要素をもっているかが伝わってくる。

 ところで、これまで筆者はためらいつつも廟会を「縁日」と訳してきた。だが、今回起きた廠甸の廟会の移転騒ぎをきっかけに、今後の北京の廟会については、もうこの言葉を使うのは無理かもしれない、と強く感じさせられた。

 そもそも、廠甸の廟会とは、400年の歴史を誇る廟会の一つ。火神廟、呂祖祠、土地祠の門前市が発展したもので、琉璃廠と近接しているため、かつては骨董関係の露店も多く、掘り出し物を探そうとする文人らに広く愛されたらしい。改革開放後に廟会が再興されてからは、一般の道路を利用した、唯一チケットを買わなくてよい廟会だったこともあり、毎年多くの人が殺到。筆者も足を運んだことがあるが、広い通りを人がぎっしりと埋め尽し、露店での買い物はおろか、露店に近づくのさえ難しい状況だった。

 こういった人の流れがもたらす混乱を避けるため、この廟会を今年から同じ宣武区の陶然亭公園に移す案が出された。だが、歴史の古い廟会であるだけに、「場所を移しては名実が一致しなくなる」、「400年の伝統を絶ってしまうのか?」など、市民や文化財関係者の間で様々な反論が続出。だが結局はボランティアによるお宝鑑定など、琉璃廠の文化と密接に結びついた催しを除き、露店の出店はすべて陶然亭公園に移ることになった。

陶然亭に移された「廠甸廟会」の様子陶然亭に移された「廠甸廟会」の様子

【陶然亭に移された「廠甸廟会」の様子】

 その具体的な変化が気になり、今年の春節3日目に陶然亭公園を訪れた。初日の来訪者数が以前の4割に減ったと報道されていた通り、客が減った分、歩きやすくなっていたが、露店の種類にせよ、雰囲気にせよ、特に他の廟会との違いは目立たず、周囲の交通渋滞も依然として深刻だ。係員の話でも「廠甸の廟会はすべてこちらに移った」とのことで、やはりこちらの人の意識では、廟会イコール露店の集まりなのだ、という印象が深まっただけだった。しかしこうなると、なぜここを「廠甸の廟会」と呼ぶのか?という疑問も抑えることができない。もちろん、今回の移転問題に関して、市民に文化の伝承をめぐる討論の場が開かれたこ とは大きな進歩だとしても。

 一方で、商業行為としての廟会は過熱化する一方だ。昨年もご紹介した地壇公園の廟会は、他のいくつかの廟会とともに、2004年から敷地の一部の出店権を、競売にかけ始めた。法外の額で一番有利な場所を手に入れた者は「標王」と呼ばれ、新聞でも実名を挙げて報道。今年の標王は史上最高額の30万で7日間の出店権を手に入れた谷勝立さんだった。その露店のシシカバブは何と一本20元で、他の露店での価格の4倍。標王の勝利にあやかって「縁起物」としてこれを買う人はいそうだが、それにしても本当に元はとれるのだろうか?と不思議でならない。

 実際、「赤字組」は続出しているらしい。近年、大型の商業施設などで、テナント同士が互いに連携して管理側の契約違反や横暴ぶりに反抗するケースが目立っているが、その流れを継いでか、今年の地壇公園の廟会でも、出店権を高額で競り落とした100余の露天商が、「今年は客の流れが余りに悪い、元手を大きくすってしまう」として、集団で抗議を始めた。もっとも公園側は、「商売とはそもそも浮き沈みがあるもの、リスクをめぐる説明も事前にしてある」とそっけないもようだ。
 オリンピック景気にあやかってオリンピック・センターで始まった廟会に至っては、今年の余りの入場者の少なさに、予定開催期間の半分の3日間で閉幕。露店商たちが「宣伝不足によるものだ。出店料を返せ!」と交渉をしているという。

 廟会で大損をした露店商に対する管理側の言い訳として、「廟会は文化的な活動であり、純粋な商業目的だけで開いているのではない」というものがある。確かに、無形文化財関連のブースは入口近くに設けられ、出店の費用の面でも優遇されているなど、文化遺産の保護と復興のために廟会の場が利用されているのは確かだ。だが先述の通り、廟会そのものについては、その本来の文化的・歴史的背景が忠実に受け継がれているとは言い難い。

 今年初めては円明園で「皇室文化」をテーマにした廟会が始まり、注目を集めた。このように、廟会が人々の嗜好や社会の変化に応じて変容していくことは、否定しないし、むしろ当然だと思う。だが、一部の巨大廟会に大勢の客が殺到している現在の状態は、結局のところ交通の混乱や不法な露店商の横行などを招いており、決して望ましいとはいえない。
 北京には実は半分忘れられた古い寺院址がたくさんある。歴史的建築物の保護や露店で販売される食品の衛生管理、駐車スペース、そして宗教や信仰の問題などとも関わるため、実施上の難しさは十分理解できるが、やはり、廟会の本来の意味を一部たりとも伝承し、これらを利用した名実相伴う「廟会」をもう少し復活させて欲しい、と心から願わずにはいられない。

コラムニスト
多田 麻美
フリーのライター、翻訳者。1973年静岡県出身。京都大学で中国文学を専攻後、北京外国語大学のロシア語学科に留学。16年半の北京生活を経て、2018年よりロシアのイルクーツクへ。中国やロシアの文化・芸術関係の記事やラジオでのレポートなどを手がける。著書に『老北京の胡同』(晶文社)、『映画と歩む、新世紀の中国』(晶文社)、『中国 古鎮をめぐり、老街をあるく』(亜紀書房)、訳著に王軍著『北京再造』(集広舎)、劉一達著、『乾隆帝の幻玉』(中央公論新社刊)など。共著には『北京探訪』(愛育社)、『北京を知るための52章』(明石書店)など。
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