スペイン・カタルーニャ州の州都バルセロナ市は、2015年6月13日に市民運動出身のアダ・コラウ女史が市長に就任後、社会的連帯経済の推進に積極的ですが、今回と次回の2回にわたって、去る2月8日に同市役所が刊行した詳細な報告書(カタルーニャ語)の内容をご紹介したいと思います。なお、この報告書では、市内のみならず州全体の状況についてもかなり詳しい情報が掲載されていますので、それについて紹介したいと思います。
▲第4回カタルーニャ連帯経済見本市(2015年10月開催)の開会式で挨拶を行うアダ・コラウ・バルセロナ市長
バルセロナ市の人口は約160万人で、日本では神戸市(約154万人)とほぼ等しい規模ですが、市内には社会的連帯経済の事例が4718件存在し、同市内にある事業所(約16万7000社)のうち2.8%を占めており、同市内の雇用の8%にあたる5万3000人以上に雇用を生み出しています。売上高は37.50億ユーロで、バルセロナの市内総生産の7%を占めており、10万人以上のボランティアや50万人以上の消費者生協組合員、そして共済組合の会員11万3000人が存在しています。
協同組合は同市内に861組合あり、カタルーニャ州全体(4212組合)の20%を占めていますが、協同組合の数はピークの2003年の3分の2程度に減っており、カタルーニャ州全体では2015年末現在で4万1323件の雇用が生み出されています。そのうち77%が労働者協同組合で、次に多いのがサービス協同組合(8%)ですが、その他の事例も少ないながら存在しています。以下、分野別に紹介します。
- 労働者協同組合: バルセロナ市内で最初に結成された協同組合はラ・プロパガドーラ・デル・トラバホ(1862年創設)だが、当初労働者協同組合は、創設のための資本金や機械設備などの不足のためにそれほど増えず、19世紀末になって電気技師や本屋、石工や織工などの組合が結成される。20世紀になると2次協同組合(協同組合の協同組合)も結成されるようになり、第2共和政(1931~1939)の時代には各種分野で協同組合が隆盛するものの、共和国政府がフランコ軍により倒されフランコ政権(1939~1975)が始まると協同組合の自治が失われ、政府の管理下に置かれる。1971年に協同組合の自治、そして1974年に労働者協同組合の制度が復活し、1977年には政府の干渉がなくなり、1978年憲法によりカタルーニャ州の自治が復活すると協同組合関係の各法制度が整備される。協同組合数のピークは1995年で、バルセロナ五輪(1992年)後の不景気や資本主義の台頭により協同組合の数は減少傾向にあったが、最近持ち直している。州レベルで見ると、協同組合のうち61.7%は3名(最低限)から6名の小規模なもので、51名以上の組合員を擁す組合は5.2%だけである。労働者の男女比は男47.9%:52.1%女となっており、年間売上高は5万ユーロ未満が11.3%、5万~25万ユーロが30.9%、25万~100万ユーロが33%となっており、500万ユーロ以上の売上高を誇る協同組合は1%しかない。州レベルでの業界団体はカタルーニャ労働者協同組合連合(FCTC)である。融資を受ける上での主な障害は自己資金不足(43.8%)および利益率の低さ(33.3%)であり、60.3%の組合は他の企業や組合などと協力関係を結んでいる。また、社会的起業に相当する社会イニシアチブ協同組合がバルセロナ市内には36組合存在する課題としては、組合数の減少に加えて組合員の減少と契約労働者の増加が挙げられ、協同組合運動の広報や実践例の評価、手続きの簡素化、設立支援や研修、回復企業の推進、資本金最低要件である3000ユーロの撤廃、カバナンスやネットワーク化、そして公共調達などの必要性が示されている。
- サービス協同組合: 主に零細企業家や専門職、運送業者などが結成し、サービスの提供や共同仕入れなどを行う。20世紀初頭より存在し、薬局や金物屋の組合が有名。2015年現在でバルセロナ市内には、タクシーや品物の輸送、書店や有機食品の配送、金融サービスや産業デザイン、法務や翻訳・通訳などの組合が合計67組合存在している。課題としては業界団体の欠如や協同組合意識の欠如、地域との結びつきの強化、および自営業者との協力や社会運動との関係強化が挙げられている。
- 消費者生協: 1860年代より存在し、第2共和政の時代まで繁栄するが、フランコ政権により左派労働者系の組合は弾圧を受ける。1970年代より復調し、学用品の協同組合アバクスや医療協同組合SCIAS、建築家組合ジョルディ・カペイ、ギナルドー地域の文化協同組合ロカギナルダなどが発展し、最近では有機農産物の各種組合や再生可能エネルギーの組合ソムエネルジーア、インターネット接続や携帯電話サービスなどのソムコネクシオーなどが登場。カタルーニャ州内に125組合、バルセロナ市内に31組合存在する。また、バレンシア州に本拠地を持つコンスム(同組合を紹介した過去の記事はこちら)もバルセロナ市を含むカタルーニャ州各地に店舗を構えている。業界団体としてはFCCUCが存在。課題としては多様性の中における共通プロジェクトの構築、会員参加(大規模組合になると消費者は組合員意識がどうしても薄れてしまう)、1930年代以前の歴史遺産の活用、分野拡大(食品や文化だけではなくそれ以外の分野にも)、資金調達や協力的消費、そして消費者の生活の質の改善が挙げられる。
▲アバクスのサイト
- 住宅協同組合: 20世紀初頭から存在したものの、盛んになるのは消費者協同組合やキリスト教草の根運動などの支援を受けた1960年代から。20世紀末以降には労働運動や各地域づくり運動からも推進される。また、不動産バブルが深刻化した21世紀初頭からは、投機目的を排除することで安価で良質の住宅を得る手段として住宅協同組合が注目される。1993年から2015年までにバルセロナ市内では2093軒が住宅協同組合により建築され、半数以上が伝統的な下町でかつての工場地帯であるサン・マルティ地域に集中。業界団体としてはカタルーニャ住宅協同組合連合が存在。経済危機や住宅ローンの融資不足による需要不足が主な課題で、広報活動の強化、組合員による出資の増大、用地取得やリフォーム需要の喚起が必要。
- 教育協同組合: カタルーニャ州では1966年から1985年の期間に、特に従来の教育とは違う地域主義的な教育を目指して多数設立され、現在70ほど存在し、組合員約5000人、職員約1700人、生徒約1万4000人を擁する。法人格としては79%が(教職員による)労働者協同組合、10%が(保護者による)消費者生協で、11%が(労働者協同組合と消費者生協の両者の性格を持つ)混同協同組合。幼稚園から高校まで幅広い世代にわたるが、大学教育を提供している協同組合はない(バレンシア州には修士課程まで提供しているフロリダが存在)。業界団体としてはカタルーニャ教育協同組合連合(FeCeC)や自由教育ネットワーク(XELL)が存在する。学校教育における協同組合原則の実践や、公立学校や私立学校といったその他学校との関係性が課題。
- 労働者持株会社: 歴史的には、バレンシアの路面電車やバス、そしてトロリーバスを運営していた会社の破産後、1964年から1976年にかけてこれら公共交通を運営していたSALTUV社が有名だが、それ以外にも1970年代以降労働者持株会社の事例が増え、1986年に法制度化(制度面での詳細はこちらの記事を参照)。カタルーニャには現在5023社が存在し(バルセロナ市内には1197社)、そのうち61%がサービス業、23%が製造業、15%が建設業で、農業関係は1%しかない。州レベルでの業界団体であったカタルーニャ労働者持株会社連合(Fesalc)が2013年に解散し現在業界団体がないため再建が待ち望まれる一方で(スペイン全国レベルではCONFESALがある)、それ以外にも同分野でのアイデンティティ強化、行政との対話強化、協同組合など社会的連帯経済のその他の分野や労働者持株会社同士との提携が必要。
- 共済組合: スペインでも諸外国同様に中世以降さまざまな形で発展。1984年の法改正で保険会社と同じ法制度の枠組みに置かれることになった。カタルーニャ州では1991年の州法で共済組合の枠組みが復活し(その後2003年に改正)、その後マドリード州やバレンシア州などでも復活した。とはいえ共済組合は合併により、同州では1999年の116組合から2014年の36組合にまで数を減らしており、また組合員数も2001年の約76万人から2014年の約19万人に、被保険者も2001年の約136万人から2014年の約74万人に激減している。特に2008年以降の経済危機により保険の需要が大幅に減少している。組合員数規模としては1000人以下が31%、1001~5000人が31%、5001~1万人が19%で、2万5000人超は6%しかない。業界団体としてはカタルーニャ共済組合連合が存在。課題としては、地域密着や共済組合精神の希薄化(NPOや財団化して保険業をあまり行わないか、逆に保険会社のような経営を目指し、本来の共済組合の精神が薄れている)がある。
- 社会的第3セクター: 日本では第3セクターというと官民合同出資企業となるが、スペインなど欧米諸国ではNPOや財団など非営利組織のことを指す。その中でも社会的第3セクターとは、社会経済的な不平等の削減や社会的疎外の克服のために活動を行う団体の総称。バルセロナ市内には合計2400団体が存在し、その内訳は子ども・青少年対象の団体が528団体、障碍者対象の団体が432団体、慢性患者や精神障碍者対象の団体が360団体、高齢者対象の団体が264団体、貧困・社会的疎外対象の団体が、216団体、移民対象の団体が168団体、助成対象の団体が144団体、薬物中毒患者対象の団体が72団体、そしてその他が216団体で、予算規模は22.3億ユーロに達する(2013年)。社会的第3セクターは19世紀から存在したが、フランコ政権により弾圧され、特に福祉国家が脆弱化し始める1970年代以降増える。法人格としては64%がNPO(アソシアシオン)、21%が財団、5%が社会イニシアチブ協同組合で10%がそれ以外となっている。業界団体としてはカタルーニャ社会的第3セクター団体テーブルが存在する。課題としては行政との良好な関係の構築を通じた、1年単位の補助金ではなく長期的な契約の獲得、資金獲得のために実業界と提携、自己資金の増大、対応可能人数の拡大、人材管理や組織運営の改善、行政からの業務受注、社会変革のための可視性の向上などが挙げられる。
- 社会包摂企業: いわゆる社会的企業のことで、そのままでは雇用を得にくい人たちに研修の機会を提供して、雇用を通じた社会参加を支援するもの。カタルーニャでは州法で2002年に、そしてスペイン全国法では2007年に認定され、2014年現在でカタルーニャ州には60社、バルセロナ市内には20社あるが、これら企業の株のうち51%以上を非営利団体が保有する必要がある。2008年にカタルーニャ包摂企業連合(FEICAT)が結成される。課題としては、市場の獲得や企業の社会的責任(CSR)の文脈で企業から支援合意の獲得、前述の州法と全国法の間での矛盾、公共調達、ネットワーク化による資源や情報の共有など。
- 倫理銀行: 日本のもやいや無尽などに相当する事例の設立を支援する自己融資コミュニティ(CAF)、失業対策連帯アクション、Coop57、日本にも存在するオイコクレジット(リンクは日本版)、FIARE、オランダ発祥のトリオドス銀行などがある。スペイン全国の数字になるが、これら預金額は2005年の3200万ユーロから2014年の14億9700ユーロへと、融資額も2005年の5400万ユーロから2014年の8億2100万ユーロへと成長を続けている。課題としては融資の増大(預金額の増大に融資が追いついていない)や倫理銀行自体の認知不足(社会的連帯経済関係者にさえ十分知られていない)などがある。
- 有機農産物消費グループ: 現在カタルーニャ州内に160以上、バルセロナ市内には59グループ存在。有機農産物というと高所得者層のイメージが強いが、高級住宅地であるサリアー、サン・ジェルバジ地域やレス・コルツ地域には少なく、中流のグラシア地区が最も多く、低所得層地域を含めて各地域にまんべんなく存在している。各グループに平均30家庭が参加し、各グループの年間売上平均額は約7万ユーロ。各地区の生活に直結した産直ネットワークを結成している。課題としては農村地域の活気の維持、流通販売網や地元市場の整備、規模の経済、店舗の改善、同様の農産物を提供する資本主義企業との競争、会員の運営への関与と私生活とのバランス、土地へのアクセス、そして他の社会的連帯経済の団体との協力。
- 交換市場および時間銀行: ユーロを使わずに商品やサービスを交換する取り組み。交換市場はカタルーニャ州で2015年末現在150ネットワークがあり、その3分の1がバルセロナ市内に存在し、intercanvis.net の下で統合。時間銀行は市内に21存在し、同市内にあるNPO「健康と家族」がスペイン全国で推進活動を行う。時間銀行の課題としては、創設中あるいは問題を抱えた時間銀行へのフォローアップ、運営事務局の整備、組織運営が挙げられる。
次回は、地区ごとの社会的連帯経済の発展状況についてご紹介したいと思います。