廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第22回

補完通貨の事例(2)

 補完通貨については以前の記事(第20回)でも多少取り上げられていますが、今回は他の事例を紹介したいと思います。今回は、法定通貨が担保の事例について、もう少し掘り下げたいと思います。

 最初のLETSが生まれてから30年以上の年月が経過し、日本を含む世界各地でさまざまな実践が行われてきましたが、地域内でのみ使える通貨という側面には、それなりの限界もあります。たとえば、農村地域の食料品店であれば近所の農家や酪農家などから野菜や牛乳などを仕入れることは可能でしょうが、同じ地元商店であっても本屋や電化製品店の場合、その店で販売する商品は地域外から仕入れなければならず、当然のことながらその仕入れ代金は法定通貨で支払わなければなりません。

 このようなことから、最近では法定通貨を担保にした補完通貨の事例が増えています。その代表的な例は第19回でご紹介したキームガウアーですが、その他注目に値する事例を今回はいくつかご紹介したいと思います。

 まずは、フランス南西部のトゥルーズ市で流通しているSOLヴィオレットです。この事例は、社会的連帯経済を推進する通貨として2007年よりフランス各地で実施されているSOLプロジェクトの一つで、市役所からの資金的援助を受けて2011年5月に導入されました。他の事例は電子カードを使った電子通貨としてのみ運用されていますが、SOLヴィオレットでは一般市民や加盟商店が簡単に利用できるようにすべく、紙幣を発行して流通させています。

1ソル紙幣(表面および裏面)

▲1ソル紙幣(表面および裏面)

 SOLヴィオレットでは、コレージュと呼ばれる5つのグループ(創設者、金融機関、商店、ソリストと呼ばれる一般消費者そして地域社会)が存在し、それぞれの代表が参加してこの補完通貨の運営方針などが決定されます。ソリストはこのプロジェクトに参加している社会的連帯経済系金融機関(市営質店であるクレディ・ミュニシパルおよび信用金庫であるクレディ・コオペラティフ)でユーロをSOLに交換しますが、この際に5%のボーナスがつきます(20ユーロ>21SOL)。そして加盟商店において買い物に使いますが、この際に1SOL=1ユーロのレートで使うことができます。加盟商店はキームガウアーの場合と同様、このSOLで別の商店で買い物したり、ユーロが必要な場合には上記の金融機関で再交換することができますが、この際に上記の5%ぶんがそのまま手数料として取られることになります(21SOL>20ユーロ)。このような交換レート設定にすることで、できるだけSOLの流通量を増やそうとしています。

 キームガウアーの場合には地場企業であればどこでも加盟することができましたが、社会や環境に配慮した経済活動の推進が設立の主な理由であるSOLヴィオレットに加盟するには、合意文書と呼ばれるものにサインした後、社会面や環境面においてSOLヴィオレット運営事務局の監査を受ける必要があります。25項目のうち最低9項目を満たすと1年間の入会資格が認められますが、14項目以上合格している団体の場合にはこの会員資格が2年に延長されます。このため、SOLヴィオレットに参加できる商店であれば、社会や環境にある程度配慮しているということになり、そういう問題に関心のある消費者を引き寄せることができるわけです。

 また、SOLヴィオレット独自の非常に興味深い取り組みとして、失業者への手当給付というものが挙げられます。トゥルーズ市内には失業者の家と呼ばれる支援機関が市内にいくつかありますが、そのうち市役所か3カ所の失業者の家に対してそれぞれ毎月900SOL(30SOL×30人)を支給するようにしています。これにより、低所得者層である失業者も有機食品などの商品を買うことができるようにしているのです。

 なお、SOLの担保として金融機関に引き渡されたユーロはSOLヴィオレット運営事務局の預金口座に入りますが、これにより預けられたユーロをマイクロクレジットなどの形で再創造して地域社会に再投資することができるようになります。2012年10月現在でソリストが814名、95商店が加盟し、3万3403SOLが流通しています。なお、近日中に2013年版の報告書が刊行されますので、その際に新しい数字に更新したいと思います。

 社会的連帯経済に関連した補完通貨の事例として有名なものとしては、この他ブラジル北東部セアラ州の州都フォルタレザ市で1998年に発足したパルマス銀行(ポルトガル語)の事例が挙げられます。地域社会が自主的にコミュニティバンクを運営して、マイクロクレジットに加えて地域通貨も流通させてゆく実践例ですが、現在ではブラジル各地にこの実例が広がり、100を超えるコミュニティバンクが存在しています

 同銀行は、ブラジルが軍政だった1970年代にシーサイドリゾート開発により元々の漁村を追われた人たちなどが内陸部に築いた元スラム街のパルメイラス地区にあり、同地区では1980年代初頭よりパルメイラス住民協会(ASMOCONP)が主導して運動を起こすことでメインストリートの舗装や上水道・電力などインフラへのアクセス、そして小学校などを手に入れることができましたが、皮肉なことに生活水準が向上すればするほど生活費も高くつくようになり、それだけの生活水準を維持できるだけの経済力のない人たちはせっかく慣れ親しんだパルメイラス地区を離れて、さらに貧しい地区への引越しを余儀なくされてしまいました。

 そんな中で地域づくりのリーダーとしてすでに実績を積んでいたジョアキン・メロらが大銀行と掛け合って資金を調達し、この資金を元手として地元の人に対してマイクロクレジットを提供する銀行としてパルマス銀行を1998年に設立しました。その後、当時アルゼンチンで勃興していた交換クラブの推進者であり、ブラジル出身でもあるエロイサ・プリマベーラや、すでにオランダなどで補完通貨の先行事例をいくつか立ち上げていたストロハルム(英語、現在はSTROと改称)が同地域に入り、アルゼンチンの交換クラブの事例を参考にしつつ補完通貨パルマを立ち上げたのです。

▲パルマス銀行を紹介した動画(日本語字幕つき)

 同銀行では、基本的に事業者に対してはレアル(ブラジルの法定通貨)建てで融資を行い、事業者が必要とする機材を買えるようにしていますが(たとえば衣料品を作製する女性向けにミシン代をマイクロクレジットで提供)、個人に対しての消費者ローンとしてはパルマを提供することにより、地区内での消費を極力促すようにしています。また、地区内の事業者のマッピングを行い、地域内にどのような商店が不足しているのかを把握した上で、地区内で事業を立ち上げる際にできるだけ共食い状態を避けるようにしています。また、パルマはレアルに再交換が可能であるため、一般商店は損することなくこの地域通貨に参加することができます。

 パルマス銀行の精神を理解する上で大切な表現として、「貧困地区は存在しない、存在するのは貧困化した地区なのだ」(ポルトガル語 ”Não há bairros pobres mas bairros empobrecidos”、英語 ”There’s no poor district but impoverished districts”)という表現があります。これはどういうことかというと、貧しい地区ではいくらお金が入っても地域内で循環せずに大規模チェーン店での消費などを通じてお金がすぐに流出する構造があるため、食料品のみならずありとあらゆる商品やサービスをできるだけ地産地消する形に地域経済の構造を変えてゆくことが大切であり、その際に地域内の需要を把握した上で、それに応えるような経済構造にしていこうというのが根本的な発想としてあるのです。2012年には 4479件、366万0991.97レアル(約1億5500万円)の事業者ローンが、そして 230件、3万3000パルマス(約140万円)の消費者ローンが提供され、4万パルマス(約170万円)が地域内で流通しています(出典はこちら)。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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