燕のたより

変態辣椒『現代中国の風刺漫画』5点の紹介

変態辣椒04
燕のつぶやき
 2012年9月、尖閣諸島(中国名は釣魚島)の国有化に端を発した反日デモは、200以上の都市に広がった。反日デモは、統制がますます強化される中国で、唯一許容される示威行動である。極めて弱い立場に置かれた市民でも、これをチャンスとばかりに参加し、さらに日ごろのうっぷん晴らしも加わり激越になり、騒動や暴動さえ起きた。しかし、反日を激しく叫んでも、実生活は日本抜きには成り立たない。

変態辣椒06
燕のつぶやき
 はちまきに「抗日」、「保吊」、「還我(返還)」とあり、二番目の「吊」は尖閣諸島の中国名「魚釣島」の「釣」と同じ発音(diao)で、さらに自分の首を「吊」ることもかけている。「保釣」は釣魚島を守れという意味のスローガンで、それを「保吊」と揶揄している。

 表面では、「保釣」と愛国主義を勇んで発揚しても、その裏には、中国政府への不満や批難が内包されている。
 強引な家の強制立ち退きでは、生活の基盤が奪われて路頭に迷わざるを得なく、抗議焼身自殺者さえ出ている。
 一人っ子政策は国策で、有無を言わさず不妊手術や妊娠中絶が強制される。
 「農民工(出稼ぎ農民)」が資金を出し合って開設する、言わば手作りの学校は、しばしば無許可だとして閉鎖されが、その代替はなく、教育格差は広がるばかりである。北京を「帝都」と表現しているのは皮肉である。
 有害物質が混入された食品は牛乳に限らず、枚挙に暇がない。
 このように問題が山積する現状への憤懣と過去の戦争の怨念が、鬱屈した心理の中で密接に絡みあい、反日と反体制が結合している。基本的人権が守られないのに、「愛国」で「保釣」を叫ぶ荒唐無稽が諷刺されている。

変態辣椒01
燕のつぶやき
 中央の人物は鄧小平で、彼は毛沢東の死後、中華人民共和国の最高指導者となる。毛沢東が発動した文化大革命によって混乱・疲弊した中華人民共和国の再建に取り組み、「改革開放」政策を推進して社会主義経済の下に市場経済の導入を図るなど、現代化建設の礎を築く一方で、天安門事件(血の日曜日)では民主化運動を武力鎮圧した。彼の「黒い猫でも、白い猫でも、ネズミを捕るのが良い猫だ」との現実主義的な発言はよく知られるが、この現実路線を共産党独裁体制で進めた結果、一方では武力を背景にした強権政治、他方では金権政治となったと諷刺している。
 左の黒猫の持つ鎌、右の金貨がつまった袋の鎌とハンマーは共産党を象徴している。戦車に人がひき殺された流血の惨事は、実際に天安門事件で起きた。今年は25周年である。その痛みは弱まるどころか、ますます強まっている。

変態辣椒02
燕のつぶやき
 8月17日、香港で行われた中国共産党政権支持(親中共)派のデモ行進を諷刺した漫画。デモ行進は、愛国主義の延長で「愛港(香港を愛する)」をスローガンに掲げていたが、実際は強権政治に媚びを売る「愛跪」主義だと痛烈に揶揄した。漫画では「跪」が、くにがまえの口の中に「跪」を入れた造語が使われている。先頭は毛沢東の肖像画を跪いて掲げている。
 しかも、中国本土の上海、山東、吉林など各省・市から動員された「愛跪」代表団は旅費や食費を支給され、さらにシャネルやプラダのショッピング付きである。この他に、安全な粉ミルク、サラダ油、ナプキンなど一般の生活用品まで買いあさったという。
 これについて、ネットでは多くが指摘していたが、日本語の記事としてはロイターが香港から17日付で「多くの参加者はロイターに対し、さまざまな政治・ビジネス団体から交通手段の提供を無料で受けたと明らかにした。中国と関係の深い企業や団体が動員をかけた可能性もある。ある男性は香港近郊からバスに乗ってきたとし、30香港ドルの昼食費を受け取ったと明らかにした」と報道した。

変態辣椒03
燕のつぶやき
 屠殺者のエプロンは中国の国旗、中国共産党の党旗を示唆している。政府に賛同する国民を豚に喩え、一党独裁の大陸に呑み込まれない H.K.=香港、TAIWAN=台湾を「野豚」と表現して、諷刺している。牙は独裁体制への反対が存在していることを示唆している。
 香港は、1997年にイギリスから中国に返還されたものの、「一国両制」のシステムにより高度な自治が保障されている。
 台湾は1980年代後半から民主化を進め、1996年には総統の直接選挙を実施し、「一つの中国」の下、同じ中国人で自由、自治、普通選挙などを享受しているため、中国本土へ民主化を発信する重要な役割を果たしている。
 これに対して、中国政府は警戒し、影響力を強めようとしている。ぶ厚い肉切り包丁は、それを示唆しており、また笑い顔で手を挙げる豚は、牙を抜かれ飼い馴らされたことを諷刺している。

コラムニスト
劉 燕子
中国湖南省長沙の人。1991年、留学生として来日し、大阪市立大学大学院(教育学専攻)、関西大学大学院(文学専攻)を経て、現在は関西の複数の大学で中国語を教えるかたわら中国語と日本語で執筆活動に取り組む。編著に『天安門事件から「〇八憲章」へ』(藤原書店)、邦訳書に『黄翔の詩と詩想』(思潮社)、『温故一九四二』(中国書店)、『中国低層訪談録:インタビューどん底の世界』(集広舎)、『殺劫:チベットの文化大革命』(集広舎、共訳)、『ケータイ』(桜美林大学北東アジア総合研究所)、『私の西域、君の東トルキスタン』(集広舎、監修・解説)、中国語共訳書に『家永三郎自伝』(香港商務印書館)などあり、中国語著書に『這条河、流過誰的前生与后世?』など多数。
関連記事