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殺劫(シャーチエ)チベットの文化大革命

殺劫 - ジャケット殺劫(シャーチエ)チベットの文化大革命

ツェリン・オーセル著
ツェリン・ドルジェ写真
藤野彰/劉燕子訳
A5判並製 412頁
定価 四八三〇円
ISBN 978-4-904213-07-0 C0022 

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チベット「封印された記憶」の真実──

 一九六六年から十年間、チベット高原を吹き荒れた文化大革命の嵐は、仏教王国チベットの伝統文化と信仰生活を完膚なきまでに叩き壊した。現在も続くチベット民族の抵抗は、この史上まれな暴挙が刻印した悲痛な記憶と底流でつながっている。長らく秘められていた「赤いチベット」の真実が、いま本書によって四十余年ぶりに甦る。

 本書はチベットにおけるプロレタリア文化大革命(一九六六〜一九七六年)の写真・証言集であり、台北の大塊文化出版股份有限公司から二〇〇六年二月に発行された『殺劫』(全二九二頁)の全訳である。原著は、北京在住のチベット人女性作家、ツェリン・オーセル(茨仁唯色)氏が、父親のツェリン・ドルジェ(澤仁多吉)氏の撮影した写真を基に執筆・編集したもので、本文は写真解説や関係者へのインタビューで構成されている。
 原著の題名「殺劫(シャーチエ)」の「劫」には、「強奪する」、「脅す」、「極めて長い時間」などの意味がある。仏教語には「永遠」を意味する「劫波・ごうは(劫簸)」という言葉があり、これは梵語「kalpa」の音訳である。また、「万劫不復・まんごうふふく(永遠に回復できない)」や「劫数・ごうすう(厄運、避けられない災難)」という熟語もある。さらに、「劫灰」という言葉があるが、「戦いによって灰になること」、「劫火の時に生ずる灰」、「灰となって消え滅びる」といった意味である。例えば、唐詩の中に「劫灰飛尽古今平(劫灰飛び尽くして古今平らかなり)」(李賀「秦王飲酒」)という詩句があるが、世界を焼き滅ぼした劫火の余灰が飛び散り、昔と今とが時間を超越して一つになっているといったありさまを形容している。【訳者記】

文革研究の空白を埋める──

 文革は共産党の一つの不都合な出来事であり、チベットはもう一つの不都合な問題である。したがって、チベット文革は二重のタブーとなり、なおさら触れてはならないものになっている。……オーセルの父親が撮影したチベット文革の写真は極めて特別な意義を持っていると言える。……オーセルがこれらの写真をめぐって取り組んだ長期間の調査と執筆がようやく完了した。……これにより、文革研究におけるチベットの部分も、もはや空白ではなくなった。(王力雄「序」より)

オーセルさんの不屈の姿勢に対する共感──

 周知のように、中国における言論統制は相変わらず厳しい。しかし、困難な環境にもめげず、ペンの力を信じて中国社会の様々な矛盾や不正と戦っている多くの知識人がいることを、私は長年の現地取材体験を通じてよく知っている。オーセルさんは疑いな く、そうした勇気と良識を備えた知識人の一人である。ジャーナリストもペンの力だけが頼りだ。オーセルさんの不屈の姿勢に対する共感こそが、何にも増して『殺劫』翻訳の推進力となったことを最後に記しておきたい。(藤野彰 訳者あとがきより)

目次
序 ツェリン・オーセル
序 王力雄
写真について ツェリン・オーセル
日本の読者へ──日本語版序 ツェリン・オー セル
第一章 「古いチベット」を破壊せよ──文化大 革命の衝撃
 1 やがて革命が押し寄せてくる  
 2 ジョカン寺の破壊  
「四旧」のシンボル/ラサ紅衛兵の第一次行動/ジョカン寺はいかに壊されたか/内地からチベット入りした紅衛兵/ジョカン寺はどれだけ破壊されたか/いったい誰に罪があるのか/破壊後のジョカン寺
 3 「牛鬼蛇神」のつるし上げ
「遊闘」の隊列が進む/糾弾される転生僧/人倫の崩壊/チベットの「牛鬼蛇神」/十人十色の積極分子/恐るべき居民委員会
 4 改名の嵐  
「封建的」とされたチベット名/パルコルは「立新大街」に/「人民公園」になったノルブ・リンカ/チャクポ・リ変じて「勝利峰」
第二章 造反者の内戦──「仲の良し悪しは派閥で決まる」
 二大造反派
「造総」か「大連指」か/両派は実のところ似た者同士/血と炎の対決/事件の結末
第三章 「雪の国」の龍──解放軍とチベット
 1 軍事管制
社会秩序の回復/チベットにおける解放軍/軍隊内部の闘争/威風堂々たる「軍宣隊」
 2 国民皆兵
第四章 毛沢東の新チベット──「革命」すなわち「殺劫」
 1 革命委員会
 2 人民公社
 3 新たな神の創出
第五章 エピローグ──二〇年の輪廻
神界の輪廻
参考文献
解説 チベットの文化大革命──現在を照射する歴史の闇 藤野彰
訳者あとがき
  

著者・訳者紹介

ツェリン・オーセル(茨仁唯色、Tsering Woeser)
1966年、文化大革命下のラサに生まれる。原籍はチベット東部カムのデルゲ(徳格)。1988年、四川省成都の西南民族学院(現・西南民族大学)漢語文(中国語・中国文学)学部を卒業し、ラサで雑誌『西蔵文学』の編集に携わる。主な作品に詩集『西蔵在上』(青海人民出版社、1999年)、散文集『名為西蔵的詩』(2003年に『西蔵筆記』の書名で花城出版社から出版後、発禁処分となり、2006年に台北の大塊文化出版股份有限公司から再発行)、旅行記『西蔵:絳紅色的地図』(台湾・時英出版社、2003年)など。2006年、大塊文化出版股份有限公司から、本書『殺劫』と、チベット文革体験者のインタ ビュー集『西蔵記憶』を出版。「著述とは祈ることであり、巡り歩くことであり、証人になることである」をモットーとする。

藤野 彰(ふじの・あきら)
1955年、東京生まれ。78年、早稲田大学政治経済学部卒。同年、読売新聞社入社。86〜87年、中国政府奨学金留学生として山東大学留学。上海特派員、北京特派員、シンガポール支局長、国際部次長などを経て中国総局長(在北京)を2度務める。中国駐在は通算11年。2006年から東京本社編集委員(中国問題担当)。主な著書に『嘆きの中国報道──改革・開放を問う』(亜紀書房)、『現代中国の苦悩』(日中出版)、『臨界点の中国──コラムで読む胡錦濤時代』(集広舎)、『現代中国を知るための50章【第3版】』(明石書店、共編著)、『上海・長江経済圏Q&A100』(亜紀書房、共編著)、『中国環境報告──苦悩する大地は甦るか 増補改訂版』(日中出版、編著)など。訳書に『わが父・鄧小平「文革」歳月(上下)』(中央公論新社、共訳)、『朱鎔基──中国を変える男』(日中出版)。

劉燕子(リュウ・イェンズ)
作家、現代中国文学者。中国北京生まれ。湖南省長沙で育つ。1991年、留学生として来日し、大阪市立大学大学院(教育学専攻)、関西大学大学院(文学専攻)を経て、現在、関西の複数の大学で非常勤講師。邦訳書に『黄翔の詩と詩想』(思潮社)、『温故一九四二』(中国書店)、『中国低層訪談録──インタビューどん底の世界』(集広舎)、『ケータイ』(桜美林大学北東アジア総合研究所)、中国語共訳書に『家永三郎自伝』(香港商務印書館)などがあり、中国語著書に『這条河、流過誰的前生與後世?』など多数。

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