上海ロックダウン

武漢とは次元が違う「上海ロックダウン」の激しさ

夜の上海の高層マンション群(筆者撮影、2019年)夜の上海の高層マンション群(筆者撮影、2019年)

新型コロナウイルスの蔓延により、中国・湖北省武漢市が都市封鎖されたのは2020年1月23日のことだった。習近平指導部はすぐさま、武漢市に対して前代未聞の「都市封鎖(ロックダウン)」を敢行し、76日間で新型コロナウイルスを封じ込めた。そして、2年後。上海市は弱毒性のオミクロン株に対しても、2年前の成功体験である「ゼロコロナ政策」を徹底し、世界が注目する中でロックダウンを敢行した。武漢のロックダウンは中国国民に「祖国への自信」をもたらしたが、上海のロックダウンは真逆の効果をもたらした。2020年の武漢ロックダウンとその後の中国の変貌ぶりを取り上げた、拙著「ポストコロナと中国の価値観」をベースに、上海のロックダウンを考察してみたい。

その1 ── 2500万人もの上海市民を自宅軟禁した

6月1日、ようやく上海の町はロックダウンが解除されたが、上海では武漢の人口(約1600万人)の約1.5倍に相当する2500万人が自宅に籠城させられた。買い物のための外出もできず、食料品は上海市政府からの配給か、あるいはマンションの住民が組織して行う団購(グループ購入)に頼るほかはなかった。

しかし、武漢のロックダウンはここまで悲惨ではなかった。制限付きながらも買い出しのための外出もでき、小区の出入り口は1カ所に集約されたものの数日に1度の割合で家族の代表者が外に出ることも可能だった。

武漢市民らは「通行証」を持たされたが、上海ロックダウンでは「通行証」の配布どころか、最初から「住戸から出るな」「小区から出るな」と厳重だった。外出禁止を守らない住民がいる集合住宅の中には、集合玄関を柵で囲われたり、外から扉を開けられないように溶接されるなど、人権を無視した強権的な措置が施されたところもある(武漢でも一部に強権行為は見られた)。

その2 ── 裕福な上海居住者が「飢え」を経験した

上海居住者は配給品の有無に一喜一憂した(上海在住者提供)上海居住者は配給品の有無に一喜一憂した(上海在住者提供)

上海の居住者は、食料品の不足に喘いだ。富裕層が集まる上海で「飢え」を経験するとは、誰が想像しただろうか。「小区」や「街道」という行政単位と、その下の自治組織「居民委員会」(日本の町内会に相当)が食料品の調達に関わったが、配給品の善し悪しは集合住宅ごとにバラツキが出た。

「居民委員会」も“意識高い系”とそうでないところがあり、ここに“共産党の力関係”が反映され、「多い地域は十数回も配給があったが、1回も支給を得られなかった人もいる」(現地の日本人)といったようにその差がはっきりと表れた。

住民に届けられた配給品には、偽ブランド品や生産日を偽装した食品などが混ざり込むトラブルも続出した。「アベノマスク」さながら、行政と業者の利益供与が疑われ、上海市規律検査委員会が調査に乗り出す事態に発展した。

武漢のロックダウンでは、各集合住宅にはデリバリー担当者が置かれ、各家庭からの注文をまとめて必要な食料を手配する作業が機能していたところもある。春節直前の買い出しによって各家庭内に食料が備蓄されていた状況も幸いし、上海のような極端な食料品不足は経験しなかった家庭が多かった。

その3 ── 1カ月経っても新規感染者が出続ける不思議

4月末、筆者の友人が住む徐匯区のマンションで陽性者が見つかった。ようやく2週間の自宅軟禁も終わるかと思っていた矢先のことだった。外出がさらに2週間延長されてしまったのだが、「マンションの住民は1カ月以上外出していないにもかかわらず、なぜ新規陽性者が出るのか」と友人は首をひねった。

2年前の武漢のロックダウンでも同じことが議論された。封鎖から1カ月以上経っても、武漢では新規感染者が出続けていた。発症までのコロナウイルスの潜伏期間は14日間なので、感染患者はすでに発症しているはずだった。

上海では、感染源としてデリバリーの荷物が疑われ、段ボールの類はことごとく消毒の対象になった。SNSでは、PCR検査で使用される綿棒の製造工場でマスクもせずに作業する従業員の姿が拡散し、「綿棒や検査キットが感染源かもしれない」と疑われた。

その4 ── 外省からの支援が少ない

集合玄関を柵で覆われた建物(中国のSNSより)一部の住居は集合玄関が柵で覆われた(中国のSNSより)

上海の親戚と毎日連絡を取る都内在住の陳立さん(仮名)は、「武漢と上海のロックダウンの決定的な違いは、外省からの支援の有無」だと語る。確かに、外省から支援物資が届き、鳴り物入りで報道された武漢と上海のケースは様相が違う。一部には「上海人は日頃から外省の人を見下してきたからだ」とする声もあった。

一方、陳さんは「地方から上海への食料支援はゼロではありませんでしたが、全面的には入って来ませんでした。農産物を積んだトラックは、上海に降りる高速の出口で止められてしまうことも少なくなかったようです」と話す。高速の出口周辺は、腐った食料品が堆積しているという噂もあったようだ。

武漢のロックダウンでは「感染症との闘い」だったが、上海のロックダウンは「政治闘争」であり、「政治的な力が上海市民を兵糧攻めにしようとしたのではないか」と陳さんは解釈する。

また、上海では陽性者を強制的に野戦病院に連行する暴力が頻発し、警察と市民とのバトルを撮影した動画が毎日のようにSNSに投稿された。「上海市衛生健康委員会と警察がやることは武漢の比ではありません」と嘆く声も聞かれた。

その5 ── オミクロン株での死亡者はごく少数

武漢のロックダウンでは、初期の新型コロナウイルスに感染して多くの市民が命を落としたが、上海では別の原因で多くの市民が犠牲になった。上海出身で大阪に住むエンジニアの王偉さん(仮名)は、最近、上海に住む友人の張紅さん(仮名)からこんな話を聞かされた。

「隣室には安徽省からの出稼ぎ3人家族が住んでいるが、先週、隣室の娘が夜中の2時に突然ウチの玄関を叩いて、『おばさん、お母さんが危ないから助けて!』と泣き叫んできた。そこで救急車を呼んだが、到着したのは3時間後の明け方5時で、その頃には母親は既に亡くなっていた。遺体はその日に荼毘に付し、父親と娘は骨壺を抱いて帰ってきたが、すぐに荷物をまとめて出て行った。パトカーが誘導して、父親と娘を安徽省に送り返したようだ」

張紅さんが王偉さんに訴えたかったのは、“医療体制の崩壊”と“情報の隠ぺい”だ。

「救急車が来なかったことで騒がれることを当局が恐れたため、金を握らせて安徽省に帰したのだろう。そうでなかったら、あんなに素直に安徽省に帰るわけがない。上海では多くの人がウイルスではない理由で死んでいるが、こうやって情報を封じ込めている」(張紅さん)

実際、上海市内の26の総合病院は閉鎖され、医師たちは野戦病院に送られるか、薬の配達をさせられているという。ゼロコロナを目指す上海では、コロナ以外は病気ではないようだ。

ちなみに武漢では、ウイルスによる死者数が統計数字と合致していないことに疑いの目が向けられ、“情報の隠ぺい”があるのではないかと市民が騒いだ。

その6 ── 中国は国際社会のリーダーを諦めた?

外に出ないよう物理的手段が講じられた住宅もあった(中国のSNSより)外に出ないよう物理的手段が講じられた住宅もあった(中国のSNSより)

武漢のロックダウンが解除されると、中国は復興の階段を駆け上った。中国には世界から注文が舞い込み、防護服やマスクなど、中国製の医療用品が飛ぶように売れた。勢い付いた中国は、国産ワクチンはもちろん、新型コロナの治療・防疫経験までも世界に輸出しようと算段し、“国際社会の英雄”を夢想した。

しかし、習主席が「世界の公共財」とまで豪語して外交ツールになった国産ワクチンは、「90%の中国の人口が接種しているにもかかわらず、有効性は低い」(米国・ピーターソン国際経済研究所研究員)と言われる始末だ。中国からの輸出量も、2021年9月に2億2508万回分のピークを迎えたが、2022年4月は678万回分(日本経済新聞)と97%も減ってしまった。

コロナ前の2019年、中国は「内需と外需の双方を好循環させて成長しよう」という戦略(いわゆる“双循環”)を打ち出したが、「むしろ、中国が急いでいるのは内需振興とその仕組みづくり」(日本在住の中国人エコノミスト)だ。2001年のWTO加盟以降、開放政策は一段と進んで国際社会との連携を強めてきたが、今の中国が見せるのは殻にこもるという変化だ。複数の中文資料からは「今後中国は西側諸国とのつきあいから一線を画し、『一帯一路』の友好国と仲良くやっていく」という傾向が見えてくる。

その7 ── 居住者は上海から逃げ出したい

武漢のロックダウンが終わると、武漢市民は医療体制の整っている上海への“移民願望”が高まった。上海など沿海部からやってきた医療チームが、混乱した医療機関を瞬く間に建て直したのを目の当たりにしたためだ。

一方で、上海からは今、外国人駐在員が続々と帰国を始めている。中国経済を牽引する上海は、世界から無数の企業が集まる重要拠点だが、半永久的に戻らないことを決断した「本帰国組」さえいる。

外国人だけにとどまらない。上海の混乱と将来性を危惧する中国人たちは、「自由」を求めて上海からの脱出を始めた。「上海世論は少なくともこの2カ月間で一変した」という声もあるように、武漢の“封じ込め成功体験”で勝ち得た中国共産党に対する上海市民の信頼は一気に瓦解した。上海からの脱出にクサビを刺すように、5月10日、防疫当局は「中国人の出国禁止令」を通達した。

一説では、5月5日時点で、中国の40都市以上で約3億2790万人がロックダウンの影響を受けているという。外部とのつながりを遮断する都市封鎖は、変革の序章であり、“閉じられた中国”に戻って行くその前兆なのかもしれない。

コラムニスト
姫田小夏
姫田小夏(ひめだ・こなつ)。東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。 三井不動産子会社勤務を経て執筆業界に転向。上海と北京で日本人向けビジネス情報誌を創刊、約15年を上海で過ごしたのち帰国。現在は東京を拠点に、中国社会の変化や中国と周辺国の関わりを独自の視点で取材している。 著書に『中国で勝てる中小企業の人材戦略』(テンブックス)『インバウンドの罠』(時事出版)『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)。ダイヤモンドオンライン、プレジデントオンラインなど執筆媒体多数。3匹の猫の里親。