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中国妖怪・鬼神図譜 ── 清末の絵入雑誌『点石斎画報』で読む庶民の信仰と俗習

中国妖怪・鬼神図譜書名:中国妖怪・鬼神図譜
副題:清末の絵入雑誌『点石斎画報』で読む庶民の信仰と俗習
著者:相田洋
判型:B5判変型並製・320ページ
ISBN978–4–904213–36–0 C0039
定価:(本体3500円+税)



空前絶後の中国オカルト図鑑──。天界の神々から妖怪、呪術、仙人まで、激動の世紀末中国を騒がせた神秘事件を通し、四千年の歴史が生んだ百鬼諸神の実像を細密なイラストで活写した宗教民俗大全!

著者

相田洋(そうだ・ひろし)1941年、中華民国張家口市に生まれる。福岡教育大学教授、青山学院大学教授を経て、現在、福岡教育大学名誉教授。著書『中国中世の民衆文化』(中国書店)、『異人と市 境界の中国古代史』『橋と異人 境界の中国中世史』『シナに魅せられた人々 シナ通列伝』(ともに研文出版)ほか

目次

第Ⅰ章 神 明…玉皇大帝(至上神)/竈神(かまどの神)/関聖帝君(関羽の神格化)ほか49話
第Ⅱ章 鬼…殭尸(キョンシー)/無常鬼(死神)ほか22話
第Ⅲ章 精 怪…狐精/樹精/瘧鬼(マラリアの妖怪)ほか31話
第Ⅳ章 方 術…上刀梯術(刃物のハシゴ登り)/関亡術(降霊)/奇門遁甲術/紙人術ほか33話
第Ⅴ章 民間宗教者…巫(巫女)/風水先生ほか13話
第Ⅵ章 迷信・俗習…捨身/采生(臓器摘出)/冥婚(死者との結婚)/祈雨(雨乞い)ほか45話

解説

『点石斎画報』(以下、『画報』と略称する)は、清末の光緒十年四月(一八八四年五月)に創刊され、光緒二十四年八月(一八九八年八月)に、全五百二十八号をもって終刊となった、十日(旬)毎に発売された絵入りの旬刊紙である。…内容は、清仏戦争や日清戦争などの時事もの、文明開化で輸入されたテクノロジー・海外の不思議な習俗から、中国国内の市井のゴシップ・妖怪や幽霊に関する噂話まで、世紀末中国のパノラマのように、「ありとあらゆるもの」(武田雅哉)が取り上げられている。そのため『画報』は、この時代の社会史・民俗史研究にとっては恰好の史料であるが、日本の学界(中国の学界でも同様)では、従来ほとんど利用されてこなかった。…特に『画報』は、迷信・呪術・怪異など、中国の「呪術の園」(マックス・ウェーバーの言葉)に関しては、まさに集大成のような書であるが、この方面はほとんど手付かずの状態である。そこで本書では、主としてこれらの分野を取り上げたいと思う。(「まえがき」より)

BOOKREVIEW

妖怪も幽霊も日本と中国では異なる信仰だが
似ている妖怪や鬼神も多いのはアジアの華僑世界に共通

 本書を手にして脳裏に浮かんだことが二つある。
 まず水木しげるの世界である。先ごろなくなった漫画家の水木しげるは幽霊、妖怪、魔界を描かせると天下一品。げげげの鬼太郎、目玉小僧、ネズミ男等々。
 鳥取県境港市には「水木しげるロード」があって、怪物、妖怪など百点余の彫刻が並んでいて壮観。観光客も必ず立ち寄る場所である。
 近くには水木しげる記念館もあるという。
 その昔、評者は隠岐の島に後醍醐天皇の調べ物をしに行ったおり、帰りのフェリーが境港行きだったので、水木しげるロードを歩いた。
 水木は少年時代に出入りしていたお婆さんから妖怪と地獄の話を聞かされ、なかには中国の幽霊など長崎を通じて江戸末期に入ってきた書物の影響があったという。
 ──なるほど中国の妖怪の影響もうけているのか。
 ついで思い浮かんだのは中国華南で評者がじっさいに目撃した奇妙な情景だった。
 いま若者が大きなぬいぐるみを抱えるように、大きな道教の神様の模型を肩から赤ん坊をかかえるように運んでいる一群のツアー客があった。
 評者はそれを厦門空港で目撃したのだが、福建省から広東省に拡がる?祖信仰、そのゆかりの日にそれぞれの神をかかえて、飛行機は一人分、別途料金を支払い、巡礼に行くという奇妙な集団だった。
 それも夥しい数の人が飛行機に乗り込むのである。
 媽祖は海の神、航海の安全を祈る中国版ネプチューンだが、海外へでた華僑の源流、その大方が客家としても知られるが、海外雄飛の守り神である媽祖を祀る。かれらが流れ着いた先、フィリピン、マレーシア、ベトナム、タイ、シンガポール、インドネシアにも普遍的に祀られている。
 前置きが長くなった。
 本書は中国の妖怪、鬼神を研究してきた相田洋・福岡教育大学名誉教授の研究成果を纏めた、いってみれば中国の妖怪事典でもある。
 「神明」「鬼」「精怪」「方術」などにカテゴリーが別けられ、「玉皇大帝」から「財神」「竈神」など中国の輸入本に掲載された絵解き、解説とともに詳細な説明がある。
 「媽祖」は十番目に入っていた。
 相田氏の解説によれば、媽祖は「天后」「天妃」「林夫人」「天上聖母」「天后娘娘」などとも呼ばれ、実際のモデルがいて、林家の娘。旧暦3月23日が媽祖の誕生日なので、アジア一帯から福建省甫田県媚州にある本山へ、すなわち「媽祖像の分身(分香という)を祖廟に里帰りさせる」
 なるほど、そういう由来があったのか、目撃した信者らは分身像を廟へ運ぼうとしていたのだ。一応、当時も団体を率いるおばさんに説明を聞いて、そんなところだろうと想像はしていたが、福建語はよく分からない。
 「各地の進香団(参詣団)が、湄州目指して多数集結する」のだという。そして本山にあたる媽祖廟には主神を祀る傍らにたいがいが千里眼、順風耳の弐待神が祀られている。
 華南のあちこちで、そうした廟の構造をみてきたが、相田教授の研究では、「これらは明代からのようで、『封神演義』に見え」るという。
 本書はほかにも山のように中国の妖怪や鬼神が網羅され、図譜とともに説明がなされている。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成28年(2016)1月10日(日)弐 通算第4777号

BOOKREVIEW

 中国4000年の神や鬼、妖怪を清朝末期の絵図付きで総ざらえした一大絵巻。「関聖帝君」は三国志の蜀の武将、関羽を神格化したもので、日本人にもなじみ深い。横浜、神戸の中華街にも関帝廟があり「商売の神様」として知られるが、これは関羽の故郷である中国・山西省の商人が広めたからだという。映画でおなじみの「キョンシー」は漢字では●屍(●=殖の直が橿のつくり)。ミイラ化した死体の妖怪だ。清代の絵では下着のみの半裸姿だが、映画では官服官帽。元官僚の死者をイメージしたそうだ。キョンシーは広東語などの南方音で、中国語の標準語ではチャンシーというらしい。

産経新聞書評(二〇一六年一月十七日)

BOOKREVIEW

神仙・妖怪・民間信仰の一大パノラマ
話題の多彩さが目を釘付けにする刺激的な書

 まずはその話題の多彩さが目を釘付けにするだろう。城隍神(じょうこうしん)が横領官吏を懲らしめ、仙人が霊験を現わす。首吊りや幽霊や殭屍(キョンシー)が生者を襲い、スッポンの精が老人に化ける。客を惑わす娼家の呪(まじな)い、怪盗の用いる神通力、巫女や風水先生の奇談やインチキなどの民間宗教。
 扶けい・冥婚・盂蘭盆会などの俗信・風習の数々が、貴重な清朝末期の図版でこれでもかと示される。まさに神仙・妖怪・民間信仰の一大パノラマである。
 本書は、上海で刊行されていた絵入旬刊誌『点石斎画報』(以下 『画報』)の記事を用いて、清朝末期の庶民の信仰生活を読み解く刺激的な書である。
 『画報』は「画報」の名にふさわしく、大きな挿絵と平易な文章とでニュースを伝えた印刷メディアであった。
 中国で近代的な新聞のスタイルを確立した『申報(申江新報)』を抱える申報館が発行していたが、内容はまったくお固くない。庶民生活や市井の異事奇聞から世界情勢や外国の文化などなど、ありとあらゆる新奇で珍奇な話題を興味本位で取り上げた。その姿勢が功を奏したか、一八八四年の創刊から約十五年間、五二八号まで刊行された。
 『画報』は清朝末期の中国の空気を今に伝えるタイムカプセルであり、なのかつ民俗学や社会史、文化史の大部で貴重な資料なのである。
 『画報』の内容はこれまでにも、中国文学者の武田雅哉氏らによって紹介されてきた(中野美代子・武田雅哉編訳『世紀末中国のかわら版』 中公文庫一九九九)原著一九八九など)。決して注目されてこなかったわけではない。ただ、これまでは主に歴史的事件の報じられ方や、当時の珍しい出来事や風聞巷説といった社会現象、また当時の中国に紹介された科学技術や外国(特に日本)の描かれ方等の分析に主眼が置かれ、その背景にある庶民の日常生活や信仰生活には、あまり関心が向けられなかったきらいがある。
 特に信仰の方面はその傾向が強かった。本書の「まえがき」より著者の言を引けば、「『画報』は、迷信・呪術・怪異など、中国の「呪術の園」(マックス・ウエーバーの言葉)に関しては、まさに集大成のような書であるが、この方面はほとんど手つかずの状態」だった。その空隙をようやく埋めてくれたのが、本書なのだ。当時の巷を逍遥するかのように、『画報』の記事を辿っていると、中国の文化と日本の文化の類似と差異が身体の感覚として現出するかのように思えてくる。本書は中国文化に興味関心のある読者だけでなく、中国と歴史的に関わりのあったあらゆる文化の読者にとって重要である。
 著者である相田洋氏は、中国史・東洋史の碩学である。氏と『画報』の縁は「あとがき」によると、一九六〇年代の後半、氏が大学院生の時代に東京教育大学の東洋史研究室で『画報』の抄録本に出会ったところから始まったという。その後『画報』の全巻本の刊行や、日本国内の原本調査を経て、本書の執筆に至ったという。実に五十年余の月日を経て結晶した、珠玉の一書である。
 また「あとがき」で氏は、『画報』に遺された庶民の生活・生業・遊びなどの分野についても「本書とほぼ同様の形式でできるだけ早く纏めてみたい」と述べている。刊行が待たれる続編とともに本書は、東アジアの文化を研究するものにとって必須の書であるだろう。

飯倉義之(いいくら・よしゆき氏=国学院大学准教授・口承文芸・民俗学専攻)
週刊読書人2016年(平成28年)3月25日

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