臓器狩り──中国・民衆法廷

第14回

直接証拠(2)王立軍の研究センター

この情報を調べながら時折、ある種の感覚に襲われます。
人類史上、最悪の隠蔽を調査しているのだということを

── イーサン・ガットマン
『2016年報告書』PRビデオ(8分30秒)

「薬物注射による処刑」が今回のコラムのテーマだが、これに関連づけて王立軍の研究センターを取り上げる。

銃殺から薬殺へ

 1997年以前は中国での死刑執行方法は「銃殺刑」と定められていたが、1997年の改正刑事訴訟法により「銃殺または注射などの方法」と定められ、地方高等裁判所が独自に選択できるようになった(辻本衣佐著『中華人民共和国における刑事法の改正と死刑』法学研究論集8号(1998年))。連載コラム第12回で触れた李会革・薬理学教授は、共著論文『中国での薬殺注射による処刑における死の判定』(英語原文)の中で、中国の死亡判定基準は薬殺には適さず「濫用の余地」があること、薬物注射直後の臓器摘出は中国では合法であることを指摘している。

 実際の薬殺処刑の状況は、証言者番号22の于溟(YuMing)氏の陳述書(英語版)に記述されている。2013年末、瀋陽の留置所で、汚職のために逮捕された葬儀屋の総支配人と同じ監房に入れられ、同室の死刑囚がこの葬儀屋に、処刑について詳しく尋ねた。

 (葬儀屋は)李という名字だった。死刑執行の前に囚人は、臓器を自主的に提供するという書類に強制的に署名させられる…処刑には二本の注射が投与される。最初の注射は麻酔用で次の注射が薬殺のためである。しかし、二本目は一般には用いられない。つまり囚人は麻酔をかけられるだけである。その時の必要に応じて最初の注射が投与されない場合もある。法廷が処刑を行う際、まず、瀋陽軍区総医院と自分たちの葬儀屋に、指定場所が通知される。葬儀屋の人々は、医師が病院で遺体を処理するのを待つ。

 臓器摘出が意図されている処刑を示す説明である。

王立軍の研究センター

 連載コラム第12回の年代リストには加えなかったが、『中国・民衆法廷ー裁定』直接証拠のセクションには、臓器摘出を意識した薬殺注射の研究・分析を行った王立軍の研究センターについての段落がある。キルガー、マタス、ガットマン共著『2016年報告書』のp.374〜p.376「第11章: 犯罪; II 王立軍の人体実験; 実験」(英語原文)に基づく記述だ(尚、情報源を明示するために中国語原文リンクを挿入したが、この連載コラム内の引用の邦訳は英語からのものである)。

 2005年:蘇家屯の研究者が、特殊な薬殺注射の技術開発と治験を行っていたことを『遼瀋晩報』の記者が報道している。
 
 「薬殺注射による囚人の死の全経過を通して、薬殺注射の前後で健常人と同様にバイタルサインを測定し、死後に様々な臓器に残留する毒物量を測定し、死に直面した囚人の心理的な変化を観察する…このデータは、薬殺注射による死後の臓器移植の経過および臓器移植のその他の側面の理解において重要な助けとなり、中国国内でも海外でも最先端の研究である」(中国語原文)
 
 この記述は、錦州市公安局のもとで設置された現場心理研究センターの所長であった王立軍の指揮のもとで強制臓器摘出が大規模に行われたことを裏付ける。
 

『中国・民衆法廷ー裁定』直接証拠 p.53 第168段落

 王立軍とは一体誰か?まず、略歴をかいつまんで紹介しよう。父をモンゴル族、母を漢族とする。人民解放軍の運転手から、1984年に警察官となり、遼寧省鉄嶺市公安局副局長を経て、2003年5月に当時の遼寧省長・薄熙来のもとで、遼寧省錦州市の公安局長に就任。その後、重慶市公安局長、武警重慶総隊第一政治委員、重慶市副市長となる。薄熙来(2007〜2012年 重慶市委員会書記)、周永康 (2007〜2012年 中央政法委員会書記)と共に、法輪功弾圧を通して評価を高め、弾圧を主導する江沢民と足並みを揃えてきた。

 医療経験が皆無だったにも関わらず、錦州市公安局長に就任した時点で、錦州市公安局現場心理研究センターを設立する。王は研究センターの所長となり、29の大学や研究機関から、非常勤教授、理学博士、顧問、会長など様々な肩書きを得ている。2008年6月、重慶市に赴任となり、そこでも西南大学内に現場心理研究センターを設立し、理事、教授、医療顧問として、非侵襲性剥離術(atraumatic dissection:丁寧な臓器(血管)剥離の技術)を集中的に研究した。

 王立軍の生体を用いた薬剤実験には、薬殺注射の配合や、臓器保存液の開発などが含まれていた。保存液の開発では中国光華科学技術基金の任晋陽秘書長による称賛を、2006年9月19日付の『光華龍騰網』が伝えている。

 「王立軍と研究センターは基礎研究と臨床研究を通して、薬殺注射されたドナーから摘出された臓器をレシピエントが拒絶する問題を解決した。基礎実験でも臨床でも肝臓や腎臓の灌流に用いる全く新しい(臓器)保存液を研究開発した。動物実験、基礎実験、臨床での応用を通して、臓器がレシピエントに生着することに段階的に成功した。」(中国語原文)

現場心理研究センターで非侵襲性剥離術(丁寧な臓器(血管)剥離の技術)を研究する王立軍のチーム(『2016年報告書』(An Update)より転載)現場心理研究センターで非侵襲性剥離術(丁寧な臓器(血管)剥離の技術)を研究する王立軍のチーム(『2016年報告書』(An Update)より転載)

米国総領事館 駆け込み事件

 しかし、その後、王立軍は、薄熙来の妻・谷開来によるイギリス人実業家の殺害事件を中央政府に報じ、薄熙来の親族の犯罪を捜査する立場に置かれる。身の危険を感じたとされ、2012年2月6日、王は成都にある米国総領事館に駆け込み、亡命を要求。駐中国大使は王の亡命を拒否し、王の身柄は中国に引き渡された。

 臓器収奪問題の視点から、この時点で米国が王立軍の身柄を保護していれば、王立軍の指揮のもとでの人体実験・臓器収奪の全容を把握するまたとない機会となったであろう。2012年10月3日、米下院議員106名が「成都の領事館に王立軍が提出した可能性のある書類など、中国での臓器移植の濫用に関連する情報」を求めて、ヒラリー・クリントン国務長官に書簡を出している(英語報道)が、イーサン・ガットマン著の『The Slaughter』(2014年)によると、返答はなかったようだ(第9章 国家の臓器 英語原文p.268)。

 なお、2020年10月10日、米国務省のウェブサイト上でヒラリー・クリントン氏の電子メールが公開されており、2012年2月の王立軍米国総領事館駆け込み事件に関する内容もあった。王氏の亡命拒否の理由は、2012年11月に中国最高指導者に就任予定の習近平氏と「良好な関係を築きたい」からだという。この電子メールに関しては、日本語で記事映像による報道が出ている。

 2003年から2008年にかけて王立軍は事実上、数千体に及ぶ人体実験を行なっており、人口90万人に満たない錦州市で、実験に用いられる数千人の死刑囚が存在しうるのかと、死刑判決を受けていない無実の人々が犠牲になっている可能性を『2016年報告書』は指摘する。

日本との関わり

 ここで引用した『2016年報告書』の「第11章: 犯罪; II 王立軍の人体実験; 実験」のセクションには、Japanの文字が2回出てくる。

沈中陽医師と日本

 最初のJapanの言及は、沈中陽医師だ。

 2004年9月、『三聯生活周刊』は「天津での調査:臓器移植でアジアのナンバーワン」と題する記事のなかで、天津東方臓器移植センターの研修医長・張雅敏が臓器調達にコストがかかることを述べている。臓器灌流保存液だけでも安くなく、一つの主要臓器に対して4袋の保存溶液が必要で、1袋5000元かかる。初期の頃は国内での保存液の製造者もなく、沈中陽(医師)が一袋一袋日本から持ち帰っていた。(中国語原文)

 王立軍の開発した臓器保存液が当時いかに重要であったかを示すために、上述の任晋陽秘書長の引用のすぐ下に挿入されている。また、同報告書の別のセクションでは、「沈中陽医師は中国の肝移植分野を築いたことで知られる。中国医科大学を1984年に卒業して以来、1998年にかけて沈医師は日本に2度留学している」とある。連載コラム第5回で黄潔夫とオーストラリアとの癒着を指摘したが、沈中陽は日本との関係が深いことが示唆される。

王立軍の研究センターと日本

 同報告書の同セクションに出てくる、二つ目のJapanの文字を含む段落は下記の通り。

 中国商務部のウェブサイトによると錦州市公安局現場心理研究センター(王立軍の移植研究・実験センター)…は共同研究と学術交流において…米国、日本、イタリア、ノルウェー、スウェーデン…を含む10カ国以上の大学と協力していた。(中国語原文)

 中国での移植濫用は、ブローカーが闇で違法に斡旋するものとは異なる。国家が国費を投じて5カ年計画に組み込んで行なってきた。中国側は、無実の人々が犠牲になっていることを完全に隠蔽し、「臓器狩りとは政府の転覆を狙う者がでっちあげた噂に過ぎない」と主張してきた。まさに冒頭に引用したように、「人類史上、最悪の隠蔽」である。

 さらに王立軍の上司だった薄熙来が、当時、日本でも好意的に受け入れられていたことも、背後情報として加えたい。

 一部のリベラルな思想を持つ知識人や社会派の弁護士が、血気盛んに重慶の問題を明らかにしようとする一方で、…海外でも薄熙来の人気は高く… 日本の某官庁の幹部も、薄熙来は人間としても魅力のあるカリスマ的な人物であり、日本としても重視していると述べていた。中国でビジネスを展開する日本企業の友人たちも、筆者がいくら重慶の憂慮すべき状況を説明しても意に介さない様子で、日本に友好的な薄熙来とのパイプは重要だと言っていた。(『貧者を喰らう国』安古智子著 新潮選書 2014年9月発行 p.227)

 マタス弁護士が『2016年報告書』(原題:An Update)の日本に関わる部分だけを抜粋し、『中国での移植手術と日本』と題する所見を作成している。この所見の後半にある「日本」の部分に目を通されるだけでも、この分野での日中のコラボの様子を垣間見ていただけるかと思う。所見では省略されているが、原著の報告書には脚注として中国語の情報源が記載されている。

 マタス氏とキルガー氏の報告書に対して、中国側は「反中国」と批判してきたが、マタス氏は「中国のことを人一倍思うから、こうして調査している」と応えている。そして、日本のことを心から心配して、ここ数年、幾度も来日し問題を喚起されてきた。この努力が無駄にならないことを願う。
 

◎『2016年報告書』キルガー、マタス、ガットマン共著 第11章: 犯罪; II 王立軍の人体実験; 実験(英語原文)
◎『中国での移植手術の濫用と日本との関わり』デービッド・マタス編集(邦訳)

◎『中国・民衆法廷 裁定』(英語原文)
◎ 公式英文サイト ChinaTribunal

コラムニスト
鶴田ゆかり
鶴田ゆかり
フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。
関連記事