廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第30回

社会的連帯経済を研究するには

 この連載記事では世界各地で実践されている社会的連帯経済についてご紹介していますが、この記事を読んで社会的連帯経済、あるいはその各分野(協同組合、社会的企業、マイクロクレジットなど)について研究をしたいと思うようになった方もいるものと思います。ですので、今回は社会的連帯経済について研究をしたいと思っている人に向けてご参考になる情報を提供したいと思います。

 社会的連帯経済という枠組みが日本国内ではほとんど知られていないこともあり、日本国内では社会的経済や連帯経済について総括的に勉強できる大学は今のところ存在しません。また、社会的連帯経済が歴史的にラテン諸国を中心として発達してきたことから、現在でもこの関係で研究が盛んなのはラテン諸国であり、留学して研究を行うには英語よりもむしろ現地語(フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語)が必要となります(社会的連帯経済関係での国際的情報交換や研究に必要な言語と、その習得におけるヒントについては、こちらを参照)。

 社会的連帯経済の研究が最も盛んなのは、欧州のフランス語圏です。欧州ではフランスの他にベルギーやスイスの一部、そしてルクセンブルクでフランス語が使われていますが、これら諸国もフランス本国の隣に位置していることから、フランスとの交流が非常に盛んで、フランス本国と比べても遜色のない研究環境にあると言えます(もちろん、国が違うと法制度や行政の枠組みなども違うので、そのあたりは考慮に入れる必要がありますが)。また、現在ではシェンゲン条約により、スイスを含むこれら諸国の間を移動する場合、出入国検査は原則としてなく、スイスを除いて通貨もユーロに統一されていますので、国境をあまり意識することなくフランス語圏諸国を行き来して研究することができます。

 これに加えてフランスには、全国各地の大学が加盟する社会的連帯経済大学間ネットワーク(RIUESS)が存在し、毎年1回持ち回りで学会を開催しています(なぜかスペインはバルセロナにあるアバット・オリバ大学もこのネットワークに加盟していますが)。フランスというとパリのイメージがどうしても強いですが、特に各地の実践例の研究にも取り組みたい方は、地方都市に留学して現地事情を研究するのもよいものと思われます(あと、パリと比べると地方都市のほうが物価が安いのも魅力的です)。ベルギーはフランスと比べると小国で、その中でもフラマン語(オランダ語)圏とフランス語圏に分かれていますが、フランス語圏のリエージュ大学に国際公共経済学会(CIRIEC)の本部が存在しており、小さいながらも無視できない存在と言うことができます。

◀社会的連帯経済大学間ネットワーク(RIUESS)のサイト

◀社会的連帯経済大学間ネットワーク(RIUESS)のサイト

 これに比べるとカナダのケベック州は、フランス本国との間に大西洋があることもあり(パリとモントリオールの間には直行便がありますが、それでもフライト時間は7時間前後(東京⇔シンガポール程度)、そして両都市の間の時差は6時間(3月と10月末から11月初めにかけての一時期は5時間))、そして当然ながらEU外になるため、さすがに欧州域内ほどの緊密な交流は望めませんが、それでも同じフランス語圏ということでフランスとはさまざまな交流の機会があります。また、ケベック州内にも先住民族(カナダでは英語でファースト・ネーション、仏語ではその直訳でプルミエール・ナシオンという)が住んでいますが、先住民族向けの社会的連帯経済の取り組みが学べることも大きなメリットと言えるでしょう。

 北米についてですが、研究の分野でもやはり社会的経済に一番積極的なのはケベック州で、ケベック大学モントリオール校(UQAM)に社会的企業や協同組合などの経営学科があり(修士課程)、シェールブルック大学の協同組合・共済組合研究教育所(IRECUS)には協同組合や共済組合の経営についての修士課程があります(どちらもフランス語)。英語圏の大学(ケベック州内の英語系大学を含む)では社会的経済という表現は一般的ではなく、地域経済開発(Community Economic Development, CED)が社会的経済に近い概念で、この枠組みで社会的経済の事例(社会的企業や協同組合など)を勉強することができます(たとえば南アルバータ工科大学(アルバータ州カルガリー市)、レッドリバー大学(マニトバ州ウィニペグ市)、アルゴマ大学(オンタリオ州スー・セント・マリー市、学部)、ケープ・ブレトン大学(ノバスコシア州ケープ・ブレトン市))。米国というと、一般的に留学先として最も人気のある国ではないかと思われますが、社会的連帯経済の知名度が非常に低いことから、社会的連帯経済関連の講座を見つけるのは難しいものと思われます。

 スペインについてですが、私が現在在籍しているバレンシア大学には社会的協同組合経済大学研究所(IUDESCOOP)が存在し、同研究所が社会的経済の修士課程や博士課程を運営しています(ちなみにCIRIECスペインの事務局も同大学内にあります)。また、モンドラゴングループに属するモンドラゴン大学も学部から大学院まで擁していますが、どちらかというと社会的連帯経済というよりも、モンドラゴングループで必要な人材を育成する機関という側面が強くなっています。その他、バルセロナ大学セビリア大学カルタヘナ科学技術大学などでも社会的経済関係の修士課程が開講されています(なお、バルセロナ大学の授業では、スペイン語に加えてカタルーニャ語も使われるということですので、希望者はその点に注意する必要があります)。また、ポルトガルでは首都リスボン市内にあるISTECが社会的連帯経済の修士課程を運営しています(ポルトガルなので当然ながらポルトガル語)。

 連帯経済実践が盛んな中南米では、当然のことながらその実践に根ざした大学院が各国に存在します。特に、連帯経済の研究とは別に民衆協同組合インキュベータが各地の大学に存在するブラジルでは、連帯経済関連の、あるいはそれ以外の分野を専攻する学部生や院生が協同組合の立ち上げを支援していますが、このようなインキュベータも存在する大学に留学する場合、単に連帯経済について理論的な研究を行うのみならず、立ち上げを通じて実際に連帯経済の活性化に貢献することができます。しかし、意外なことに社会的連帯経済に特化した大学院はブラジルには存在せず、むしろアルゼンチン(サルミエント国立大学ロサリオ国立大学サン・マルティン大学)やコロンビア(協同組合大学)などにそういう課程が存在します。また、中南米各地の連帯経済の研究者のネットワークとしてRILESSが存在しており、年2回のペースで学会誌「別の経済」を定期的に刊行しています。

RILESSのウェブサイト

◀RILESSのウェブサイト

 アジアについてですが、お隣の韓国では聖公会大学に協同組合経営学科が2010年より存在し(修士課程および博士課程)、そしてこの3月からは韓神大学で社会的経済学科(協同組合および社会的企業)が開講されます(修士課程)。もちろん韓国ですので授業は全て韓国語で行われるため、留学する場合には授業についてゆけるだけの韓国語力を養う必要があります。その他、マレーシアやインドネシアなどでも社会的連帯経済関係の動きを見せている大学はありますが、残念ながら社会的連帯経済を専門的に学べるような状況に達しているとはいえません。

 とはいえ、社会的連帯経済や協同組合に特化した大学院でなければ、社会的連帯経済を研究できないかというと、もちろんそんなことはありません。たとえば協同組合の経営について学びたいのであれば、全世界の大学にあるMBA(経営学修士)の大学で協同組合に特化した研究を行うことができますし、金融関係の修士課程でマイクロクレジットについて研究することもできます。また、社会的連帯経済の分野で興味深い研究を見つけた場合、その研究者に連絡してその研究者がどのような大学院で教えているかを問い合わせることにより、その分野での研究を行うことができます。このような方法であれば、わざわざ留学しなくても日本国内で、そして日本語で研究を行うことができますが、その一方で社会的連帯経済という国際的枠組みの中での研究は難しくなるので、その点も計算に入れておいたほうがよいと言えるでしょう。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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