廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第52回

ポルトガルの社会的連帯経済について

 1月16日(金)から17日(土)にかけて、ポルトガルのポルト市で倫理的連帯金融に関するイベントが開催され、ポルトなどポルトガル北部を中心に、それ以外の地域やスペインなど近隣諸国から372名が参加しました。ポルトガルは私も何回か訪問しており、社会的連帯経済の動向についてもある程度把握していますので、この機会にポルトガルの現状をわかりやすくご紹介したいと思います。

 ご存じの通りポルトガルは欧州の南西にあり、イベリア半島をスペインと共有しています。首都は本土中部、テージョ川(ポルトガル語。スペイン語ではタホ川)の河口近くにあるリスボン(現地ではリジュボアと発音)で、欧州大陸部分の本土に加え、モロッコ沖に浮かぶマデイラ諸島、そして本土からはるか西の大西洋上に浮かぶアゾレス諸島も領土としています。離島であるマデイラ諸島やアゾレス諸島には自治政府が置かれ、高度な自治権が保証されていますが、本土部分にはお隣のスペインの州政府に相当するものが存在しない一方で、国の出先機関は県単位で置かれており(詳細は全国地図を参照)、スペインや日本と比べると非常に中央集権的だと言えます。

ポルトガル全国地図

◀ポルトガル全国地図

 首都リスボン以外の主要都市としては、ポートワインの集積地として名高い北部の産業都市ポルト、名門コインブラ大学を擁するコインブラ、そして「ポルトガルのヴェネツィア」として知られるアヴェイロが有名です。これら都市や最南部の保養地アルガルヴェ地方(以下の地図ではファロ県)では経済活動も盛んですが、内陸部やアレンテージョ地方(リスボンよりも南東の地方で、アルガルヴェを除く)は経済発展が遅れており、過疎化が進んでいます。

 ポルトガルは1930年代にアントニオ・サラザールによる軍政が成立し、英仏の植民地が1960年前後に次々と独立した後も、アンゴラやモザンビークなどのアフリカの植民地(当時の名称では「海外州」)を維持し続けました。これら植民地で独立運動が巻き起こるとそれを鎮圧するために本国の若者が数多く戦地に派遣され、泥沼の内戦となり、経済的にも疲弊してゆきましたが、これに反発する若手将校らによって1974年にカーネーション革命と呼ばれる軍事クーデターが起き、新政権が植民地の独立を認めることにより内戦に終止符が打たれ、植民地から追われたポルトガル人が本国に帰還したことにより経済的混乱が生じました。1986年にスペインと同時に欧州共同体(現在のEUの前身)に加盟し、経済的発展を遂げることになりましたが、2007年に勃発した経済危機により緊縮財政を強いられています。

 同国における社会的連帯経済の状況を理解する上では、ポルトガル語圏諸国の関係を認識することが大切です。同じポルトガル語圏であるブラジルが連帯経済における先進国である話はこの連載でもすでに取り上げられていますが(第44回第45回)、当然ながらポルトガル本国でも社会的連帯経済関係者はブラジルの状況を熟知しており、両国の社会的状況の違いを考慮しながら研究や実践活動を行っています。また、旧植民地であるアフリカの5カ国(アンゴラ、カボヴェルデ、ギニアビサウ、サントメ・プリンシペ、モザンビーク)や東南アジアの東ティモールとも密接な関係を維持しており、社会的連帯経済の分野でもさまざまな協力関係が存在しています。なお、フランスやスペイン、中南米などラテン系諸国の社会的連帯経済関係者には英語が苦手な人が多いですが、ポルトガルには英語が得意な人が多く(特に若年層)、英語が通じる場所だけを選んでも視察スケジュールを立てやすく、また英語で現地の人に問い合わせても、比較的高確率で返事が返ってきます。

ポルトガル語が公用語の国・地域(赤道ギニアとマカオは、スペイン語や広東語のほうがメイン)

▲ポルトガル語が公用語の国・地域(赤道ギニアとマカオは、スペイン語や広東語のほうがメイン)

 ポルトガルの社会的連帯経済の法的基盤となるのが、第7回の記事で取り上げた社会的経済基本法(原文(ポルトガル語)日本語訳)です。内容の詳細については以前の記事を読んでもらうとして、社会的経済の団体のステイクホルダーとして構成員・利用者そして受益者の三者が想定されている点や税制優遇が認められている点が特徴として挙げられます。また、慈善団体も社会的経済の一員として認定されている点も、他国の法律とは違う点です(詳細は後述)。また、別の法律ですが社会連帯協同組合法(原文(ポルトガル語)日本語訳)が存在しており、貧困層など社会的弱者への支援活動を行っている協同組合に対して規定されています。

 ポルトガルの社会的経済のまとめ役としては、社会的経済のための協同組合アントニオ・セルジオ(CASES)が挙げられ(スペインの社会的経済スペイン企業連合(CEPES)に相当)、連帯経済や地域開発部門で活動しているANIMARポルトガル協同組合連合(CONFECOOP)ポルトガル農協・農業信用組合全国連合(CONFAGRI)全国連帯機関連合(CNIP)ポルトガル慈善団体連合、そしてポルトガル共済組合連合が加盟しています。

 連帯経済関係のネットワークとしては、まずRIPESS欧州に加入している団体として、前述のANIMARに加え、アゾレス地域協同組合連合(CRESAÇOR)が加盟しています。アゾレス諸島はポルトガル本土から1500km前後離れており、社会経済構造的にも本土とはかなり違うことから独自のネットワークが結成されており、特に漁業や観光などを中心とした活動が行われているようです。

 ポルトガルの大学で社会的連帯経済関係の取り組みを行っているところはそれほど多くありませんが、名門コインブラ大学でブラジル人留学生などを中心として、ブラジルの民衆協同組合大学インキュベーターのモデルをポルトガルに移植しているコインブラ大学経済学部社会学術インキュベーター(ISFEUC)連帯経済研究グループがあります。また、首都リスボンでは、ロケ・アマロ教授を中心として、社会的連帯経済の修士課程講座が開講されています。同国最大の私立大学ルゾフォナ大学リスボン校(同大学はポルトにもキャンパスを有する)では若手研究者ウーゴ・コエーリョが、2013年9月に第1回連帯経済国際会議を開催しています。さらに、国際公共経済学会(CIRIEC)のポルトガル支部も存在しており、特にCIRIECスペインと密接な関係を持ちつつ、学術的な研究を行っています。

 この他、大学ではありませんが、ポルト市内にある社会的経済専門学校の活動も注目できるでしょう。文化財保護、会計、事務職および海洋安全・救出の4分野でそれぞれ3年間のコースを擁しています。同学校ではポルトガル語圏諸国からの留学生も受け入れることで、ポルトガル国内のみならず諸外国とのつながり強化も重視しています。

 また、社会的経済基本法の回でも取り上げましたが、ポルトガルでは慈善団体が大きな役割を果たしていることも忘れてはなりません。これら慈善団体が高齢者福祉や教育、文化などの面でさまざまな活動を行っていますが、その中にはソーシャルイノベーションバンクの取り組みが含まれています。これにより、社会的経済の新規事業を発足させ、社会的経済の成長を促してゆくわけです。

 面白い事例としては、エコビレッジで有機食品の生産・流通や持続可能な社会づくり関連の教育、および宿泊設備を提供しているビオヴィラ(リスボン首都圏パルメラ市)、フェアトレードや連帯観光などに取り組むモー・デ・ヴィダ(リスボン首都圏アルマダ市など)、それに消費者協同組合として最近(2014年末)に創設され、再生可能エネルギーの推進に取り組んでいるCoopérnico(全国組織)が挙げられます。さらにポルト市では、社会的連帯経済に関心を持った人たちによりECOSOLポルトが結成され、スペインなど諸外国の事例から刺激を受けつつ、地域通貨を導入したり、有機食品の生産を推進したり、商品の交換市を行ったりしています

 金融関係に話題を移すと、マイクロクレジットの分野では融資権全国協会(ANDC)と呼ばれる団体が存在し、活動を行っています。この団体は直接マイクロクレジットを行うのではなく、既存の金融機関から零細事業者や個人事業者がマイクロクレジットを受けられるようにすべく、さまざまな技術支援を行っています。また、スペインでは始まったCAF(自主融資コミュニティ、日本の頼母子講に似たもの)の取り組みがこちらポルトガルでも行われており、ACAFと呼ばれています。さらに、金融面での教育を行う団体としてIPSUM HOMEというNPO が存在し、コンサルティング・教育および起業の3分野で指導を行っているほか、CeltusというNPOが倫理銀行の実現のためにネットワークづくりや研修などを行っています。

 私の専門である補完通貨(地域通貨)の分野でも、ポルトガル全国各地で主に定期的な交換市で地域通貨が使われており、アルマンド・ガルシア氏がまとめた報告書によると、2014年1月現在で同国内に32もの事例が確認されています。また、時間銀行についてはGRAALというNPOにより長年にわたって推進活動が行われており、現在は全国で29の時間銀行があり、1900名ほどの会員を擁しています。

 スペインと比べるとポルトガルは国が小さく(スペインの人口は4600万人程度だがポルトガルは1000万人程度)、またスペイン人と比べると控えめな国民性もあり、社会的連帯経済において正直なところ目立つ存在であるとは言えませんが、欧州人として16世紀に初めて日本を訪れたのはポルトガル人であり、当時の日本にさまざまな影響を与えたことは皆さんもご存じの通りです。社会的連帯経済関係で欧州にご訪問の際に、これらポルトガルの事例がご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
関連記事