廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第35回

補完通貨を活用した国際協力や災害後の復興

 さて今回は、私の専門である補完通貨に関連した話題をお届けしたいと思います。国際協力や災害復旧などの形で多額のお金が地域に入る場合がありますが、肝心の受け入れ地域側に十分な受け入れ態勢が整っていない場合、いくらお金が入ってもすぐに地域から出ていってしまい、地域経済の発展につながりません。しかし、ここで補完通貨というツールをうまく噛ませることで地場産業を振興させ、地域の経済力をつけることができるようになるのです。

 このような補完通貨について考える場合に、何よりも参考になるのはドイツのキームガウアーの事例です。これについては第19回で詳しくご紹介しましたが、根本的な発想の一つとして、観光収入や地場産業の売り上げなどの形で地元に入ってくるユーロをできるだけ長期間地元に留め、個人商店や地場企業、そして住民の間での取引を促進することで地域経済を活性化するというものがあります。具体的には、消費者がユーロからキームガウアーに両替すると、その額のうち3%が地域のNPOに寄付されるようにすることで、地域活動に関心のある消費者にキームガウアーの使用を促す一方、個人商店や地場企業などが補完通貨をユーロに再交換する場合に5%の手数料を徴収することにより、地域からの資金流出をできるだけ防止します。また、キームガウアー建てでお金を借りて延滞せずに返せた企業に対して、金利の大部分(付加価値税分を除く)を返却することにより、ユーロではなくキームガウアーの使用を促しています。

キームガウアーの流通経路

▲キームガウアーの流通経路(出典

 実際、いくら貧しいとされている地域においても、一定額の収入はあります。具体的な形としては地場の農産物の販売代金だったり、高齢者年金だったり、地方交付税だったりしますが、全く現金収入がない地域はありません。問題はそこではなく、いくら現金が入ったところで、地域内でお金が回らずすぐに地域外に流出してしまうため、地域経済が貧血状態になってしまう点です。

 オランダに本拠を置き、中南米を中心に世界各地で補完通貨を含む地域開発プロジェクトを行っているNGO「STRO」はこの点で、フォメント(「推進」を意味)と呼ばれる画期的なプロジェクトを行いました。ブラジル・フォルタレザ市のパルマス銀行については第22回で取り上げましたが、このパルマス銀行が活動する低所得者地域に学校を建てた際に、補完通貨を噛ませることで地域への経済効果を高めたのです。

▲フォメントプロジェクトの概要(英語)

 ODAの一環として途上国の貧しい地域に学校を建てる計画は世界各地で見られるものと思いますが、この場合多額の資金が地域に一時的に入っても、そのお金がすぐに地域外に流出してしまうので、地域における経済効果は予算規模と比べると微々たるものになります(この動画では、100ドル寄付しても120ドルしか経済効果が生まれない様子が描かれている)。それに対し、外部から寄付されたお金を地場企業にマイクロクレジットとして貸し出す一方、学校の建設業者に対しては補完通貨で支払うようにして、マイクロクレジットの借り手に対して補完通貨建ての返済を認めるようにすると、建設業者とそれ以外の地元商店や地場企業の間で経済活動が盛んになります(この動画では、100ドル寄付して300ドルの経済効果が生まれた様子を紹介している)。

 同様のことは、他の補完通貨の実践例でも言えます。フランス・トゥルーズ市で動いているSOLヴィオレットの場合には、社会的連帯経済系の金融機関2行でユーロを補完通貨SOLに交換することができますが、これによりSOLが現金として流通している間、これら金融機関にはそれに対応する額のユーロが預けられることになり、当然ながらこのユーロもマイクロクレジットという形で地域の人たちに貸し出されます。このように、地域内における通貨流通量を増やすことにより、地域経済を活性化させる効果もあるのです。

 この他にも、非常に面白い補完通貨の発行方法をご紹介したいと思います。前述したSTROは以前、中米のホンジュラスという国で「ゴタ・ベルデ」(スペイン語で緑の滴という意味)というプロジェクトを行っていました。ホンジュラスは中南米の中でも経済的に貧しい国で、農業以外に主な産業がありませんが、自動車を動かすたびにガソリン代がかかり、産油国ではない同国から貴重な外貨が失われることになります。このため、バイオマスで自動車の燃料を自分たちで作ることによりエネルギー面で自給自足を達成し、外貨を節約しようというのがこのプロジェクトの要点です。しかし、このプロジェクトを実施するためには事前に何かと経費がかかるため、生産されることになるバイオマスを担保として補完通貨を発行するという手法が生まれるのです。

 これについて具体的に見てみましょう。たとえば、このバイオマスプロジェクトで毎年500万円のバイオマス燃料が生産できる一方で、その生産のために2000万円の初期投資が必要だとしましょう。地域の人たちにこのプロジェクトをきちんと説明した上で、地域の人から出資を募ります。出資者にはその額に応じた補完通貨を発行し、この補完通貨でバイオマスの代金が払えることを伝えます。仮にこの地域に住んでいる人全員がバイオマス対応の自動車を持っていた場合、出資者以外の人もバイオマス燃料を利用できるため、実質上村の全員がこの補完通貨を受け入れるようになる、というわけです。
 しかし、このような補完通貨が最大の効果を発揮するのは、地震や津波など大規模な災害を受けた地域の復興においてです。大災害が発生すると、建設業者を含む多くの産業が軒並み損害を受け(本社や工場の倒壊、機材の破損など)、再建のためにはかなりの資金が必要となりますが、この際に被災地のみで使える補完通貨を噛ませることで被災地における経済効果を最大化し、復興を早めることができるのです。

 なお、地域内での取引を促進する方法としては、この他にも以前紹介した2つの手法が有効です。

  1. 地域経済を水桶に例えて考える。詳細については第31回で紹介済みですが、地域経済を水桶、そしてお金を水に例えた上で、どうすれば地域内をめぐるお金を最適化できるか考えます。たとえば、せっかく地域にお金が落ちるのにそれを邪魔する「傘」がないか、あるいはそうやって落ちるお金を効率よく拾ってくれる「じょうご」を作れないか、水が一部に偏っているのであれば「灌漑」して地域全体に水が行き渡るようにできないか、さらには水桶にある「穴」を少しでも塞ぐことはできないか、という観点で、水が最適な形で地域に残るようにできないか検討するわけです。
  2. 減価する貨幣。詳細については第19回で紹介済みですが、減価する貨幣を導入すると通貨の流通速度が増し、これにより補完通貨の経済効果を高めることができます。また、減価する貨幣は手元に残しておくと少しずつ額面が減ってゆくことから、このお金を使った金融の場合には借り手と貸し手の立場が逆転し、無利子金融が実現しやすくなります。

 なお、補完通貨のデザインや導入の際には、こちらのマニュアル(英語)が非常に便利です。ご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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