廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第106回

第13回IDEARIA報告

 去る4月末に、スペイン南部アンダルシア州はコルドバ市のマイモニデス高校(市役所そば)で、第13 回IDEARIAが開催されましたので、今回はその報告を行いたいと思います。なお、前回(第12回、2015年開催)の報告については、こちらをご覧ください。

第13回IDEARIAのプログラムの表紙

◁第13回IDEARIAのプログラムの表紙

 今回のIDEARIAでは、連帯経済におけるエコフェミニズムが主なテーマとなっており、基本的に講演ではなく分科会での議論を通じて具体的な行動計画を生み出すというものとなっていました。とはいっても、エコフェミニズムという考え方自体に馴染みのない読者の方が大半だと思いますので、それについて紹介するところから始めたいと思います。

 エコフェミニズムとは、環境保護運動とフェミニズムが一体化したもので、男女差別的な社会構造がジェンダーのみならず、環境破壊や貧富の差の拡大など各種社会問題の悪化にもつながっていると考えるものです。このため、あくまでもフェミニズムを基盤とながらも、その価値観から他の社会問題についても積極的に取り組み、社会全体を改善してゆこうというわけです。実際、フェミニズムとその他の社会運動の間では共通点も少なくないことから、フェミニズムの側でも伝統的な自分たちのテリトリーであるジェンダー問題だけを取り扱うのではなく、その他社会問題についても関わってゆくことで協力関係を構築し、相乗効果を期待できるわけです。

 フェミニズムやジェンダーといったテーマは、社会的連帯経済の中で伝統的に取り扱われ続けてきましたが、スペインの連帯経済運動の中では最近このエコフェミニズムが大きく取り扱われるようになっています。昨年11月にバスク州ビルバオ市で開催された会議でも、「経済は、フェミニストになって初めて連帯経済となる」(La economía será solidaria si es feminista)というスローガンが発表され、今回のIDEARIAでもその流れを受けた議論が行われました。フェミニズムという表現に対してはいろんな意見があるかもしれませんが、少なくてもスペインの連帯経済運動においては、プラスの意味合いで幅広く使われているのです。

 今回の会議では、以下の6つのテーマで分科会が行われ、最後にその議論がまとめられました。会議の最後に発表された要約を含めてご紹介したいと思います(手書きのメモであったため、一部読めないところがあった点については、ご了承ください)。

  • 分科会1「生活のための想像力の構築」: 環境や地域に根差し、独立するものの環境に依存した経済について話したい、他人や自分の世話に対処する再配分、参加、水平性、民主主義、平等、正義に基盤、エコフェミニズムを社会的連帯経済に統合 > 教育および視覚化、より多くの人たちに知ってもらうためにより簡単な言葉の使用
  • 分科会2「フェミニスト連帯経済のための公共政策」: 全ての人にとっての業務、実行するうえでの困難を意識する、社会的連帯経済がフェミニスト経済を伴った場合にのみ真の社会変革が起きる
  • 分科会3「組織を強化するためのフェミニスト連帯経済」: 私たちの連帯プロジェクトの中心に生活を据える点でフェミニズムは貢献している、生活の世話のために欠かせない仕事、希望、快楽や喜びにより世界が変わるので、(社会運動の運営において)効率的になるには情緒的になることができ、またそれを望む、経済とは生活の運営であることをフェミニズムが教えてくれている
  • 分科会4「フェミニストな視点からの批判的な消費および社会的市場」: 社会的市場のあらゆる活動やツールを視覚化させ価値を表現する、社会的市場の一部として実施されている介護や子育てを視覚化、生活を支える全ての労働や需要を視覚化する社会的市場、より総合的なビジョンを組み込む
  • 分科会5「生活を中心に据える金融」: フェミニスト連帯経済に向けた仕組みの発展における有効なツールとしての倫理銀行、ジェンダーの克服、女性のエンパワーメント、協力的かつ創造的な場所で具体的な実践例を視覚化
  • 分科会6「生活の持続可能性からの起業家精神」: フェミニズムを企業のDNAに組み込む、エンパワーメントを推進、必要な仕事全てを視覚化して分配、フェミニスト団体との提携、一連の価値観との一貫性、金銭化されていない労働、女性ネットワークなど
エコフェミニズムの立場から要求宣言を行う女性たち

▲エコフェミニズムの立場から要求宣言を行う女性たち

 第64回で陰陽経済論についてご紹介しましたが、資本主義経済は陰陽のうち陽の要素、具体的には中央集権や階層社会、競争や技術支配などといった一連の特徴を持つことになる一方で、エコフェミニズムが目指す陰の方向性では相互信頼や平等社会、協力や対人関係支配などが重要になります。スペインの社会的連帯経済関係者の間では陰陽という表現は使われていませんが、陰を重視するという方向性では共通していると言えます。

 また、エコフェミニズムの文脈では介護や子育ての問題も重要になります。日本同様スペインでも女性のほうが男性よりもこれらの活動に費やす時間が多くなりがちですが、これにより女性は、企業における昇進のチャンスが狭まることになります。もちろん中には、高学歴で高収入の女性も少なくありませんが、そういう人は仕事が多忙なためにそのような介護や子育てを自分では行わず、お手伝いさんを雇って家事を外注する傾向にあり、これにより女性同士の間で差が生まれてしまうわけです。子育てや介護といった、社会的に見ても非常に有意義な仕事が正当に評価されていないという意識は女性の間で非常に強く、そのような問題が提起されているのです。もちろん、その解決策を見つけることは非常に難しいことから、忸怩たる思いの参加者も少なくありませんでしたが。

 個人的にはエコフェミニズムは、その他各種の社会運動とフェミニズムをつなぐツールとして機能している一方で、エコフェミニズム独自の発想に乏しいように感じました。環境保護や社会正義の実現などは通常の社会運動が長年取り組んでいる問題であり、仮にフェミニズムがなくてもそれら社会運動は存在し続けていたことでしょう。エコフェミニズムにおいては、フェミニストが自分たちのテリトリーであるジェンダー問題に引きこもるのではなく、それ以外の社会運動に積極的に関わってゆこうという姿勢は評価できるものの、フェミニストだからと無理に気負っている気がしました。

 また、陰陽経済論の話でも紹介しましたが、陽=男性性=悪、陰=女性性=善と単純に割り切れるものではありません。陽的な要素である競争は敗者を必然的に生み出すものですが、それにより改善などの努力が促され、社会の発展につながっていることも確かです。逆に陰的な要素である協力は、セーフティネットにより万人を助ける役割を担っていますが、このセーフティネットが快適すぎると努力する必要がなくなり、だらけてしまいがちになってします。陰陽二元論では、陰と陽のどちらであれ問題なのはその過不足であるため、そのバランスを取ることを重視していますが、そのような視点はエコフェミニズムにとっても必要だと言えるでしょう。

 今回の会議は、基本的に講演がなく、あくまでも参加者間での議論を通じて現状の問題を認識したり、それに対する解決策を探し出したりすることが主目的になっていましたので、このような形の会議報告になりました。通常の会議報告とはかなり異なる形になりましたが、スペインの連帯経済の現状を知る手段として、ご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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