廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第107回

第4回社会的補完通貨国際会議報告

 5月10日(水)から14日(日)にかけてバルセロナ市内で第4回社会的補完通貨国際会議が開催されましたので、その内容について報告したいと思います。今回の会議では34か国から350名ほどの人が参加し、史上最大規模になりました。なお、今回の記事に関連する過去ログとして、以下の記事がご参考になると思いますので、こちらもご一読いただければ幸いです。

同会議の開会式の様子

▲同会議の開会式の様子

 今回の会議では、特に論文や活動家向けの分科会の内容が非常に多かったため、全体会は初日(10日)の基調講演と、2日目(11日)の午前に行われた各地の公共政策のみで、残りの時間は論文の発表に費やされました。これら論文は、基本的に同サイト上で公開されるため、同サイトをご覧ください。

 基調講演では、地元カタルーニャ州の連帯経済ネットワークにも参加しているダニエル・ジョベル氏が登場しました。彼は、周囲の環境の改善に対する懸念があり、社会的補完通貨を理解するにはその事例が生まれた文脈を理解する必要がある点から講演を始め、喜びや夢、さらにそれらを実現する権利について話しました。そして贈与経済や無償経済の統合を強調し、人間(human)という単語の語源が土(humus)であることにも触れた後に、以下のキーポイントに触れました。

  1. 意見の多様性を認識する。
  2. 責任(responsibility)とは、回答(response)を提供できる能力である。
  3. 信頼。現在の経済は多幸感(好況)とパニック(恐慌)が交互に訪れるものだが、社会的連帯経済では信頼などその他の価値観を重視。
  4. 世話の倫理。

 さらに、クリエイティビティ(創造性)こそが社会問題の解決につながることから、これを抑圧してはならない点、またパウロ・フレイレ(詳細は第6回の記事を参照)のことばを引用し、理論と実践の片方に偏らず両者のバランスを取ることの大切さ、また現実には存在しないユートピア(Utopia。Uは「存在しない」を意味)ではなく、優れた場所としてのユートピア(Eutopia: ジョベル氏の造語で、Euは「優れた」を意味)を目指して社会的連帯経済が進むこと、さらに時間、他人、地球環境や精神性との関係構築の重要性が語られました。

 公共政策のセッションでは、欧州の7事例が紹介されました。まずフランスのナント市の取り組みとして2015年5月に導入された電子通貨ソナントについては、ジャン・フランソワ・フィレー同通貨理事長が、「誰もが利用でき」、「兌換不可能で」、「公益銀行により管理され」、「使いやすく」さらに「民主的な運営手続き」であるという5つの原則を紹介し、2017年4月現在で消費者1415名と商店182店が参加し、この2年間で約224000ソナント(ソナントはユーロと等価、約2780万円)の取引が行われたことが示されました。

▲ソナントの紹介動画

 次に、カタルーニャ州ビラノバ・イ・ラ・ジェルトルー市のジェラール・リョベット市議が登場しました。同市では2010年以降ラ・トゥルータという社会的補完通貨がNPOの取り組みとして実践されているため、同市では市役所として新しい通貨を導入するのではなく、既存の通貨の支援という観点から、研修、広報や場所の提供などの形での支援政策、また市役所と同NPOとの間での合意が紹介されました。
3番目の事例としては、ポルトガルの首都リスボン市内のカンポリーデ地区で導入された、その名もリッショ(ポルトガル語でゴミの意味)です。日本では地方自治の最小単位は市区町村なのに対し、ポルトガルでは市町村(ムニシピオ)の下にある地区(フレゲジーア: 本来はカトリックの小教区という意味で、英語のparishに対応する概念だが、ポルトガルでは行政用語として使われている)にもある程度自治権がありますが、カンポリーデ地区の区長となったアンドレ・コート氏がゴミの分別に対して補助金を補完通貨建てで支払うことで、地区の住民にゴミ分別を推進させ、また地元商店の活性化にも努めています。

▲リッショの紹介ビデオ(ポルトガル語)

 4番目に、スペイン・アンダルシア州の州都セビリア郊外にあるサン・フアン・デ・アスナルファラチェ市のマリア・ホセ・ケサダ市議が、同市役所により2016年1月から運営されている電子補完通貨オセタナについて紹介しました。セビリア郊外にある同市は、経済危機により失業者が増え、これにより地域の購買力も落ちたことから地元商店が苦境を迎えていますが、失業手当などをユーロではなくオセタナで支給することにより地域経済の活性化を目指しています。ちなみにこの町は、ローマ時代にはオセットと呼ばれており、当時はワインやオリーブをローマに輸出することで栄えていましたが、その当時の繁栄をもう一度模索しているわけです。

 5番目に、バルセロナ郊外のサンタ・コロマ・デ・グラマネット市のオリオル・トゥソン市議が紹介しました。12万人の人口を抱え、工場や地域住民向けの商店も多い同市では、前述のサン・フアン・デ・アスナルファラチェ市と似た方法で2016年12月に補完通貨グラマが導入され、今後はバルセロナ市やビラノバ・イ・ラ・ジェルトルー市など、バルセロナ都市圏で社会的補完通貨に積極的な自治体と連携してゆく姿勢を示しています。

 6番目に、市民の取り組みとしてブリストル・ポンドが2013年に導入された英国ブリストル市のロビン・マックドウェル市議が同通貨についての市役所の諸政策として、発足資金の提供やブリストル・ポンドでの地方税の受け取り、そして同通貨発足時の市長がブリストル・ポンド建てで給与を受け取ったことを紹介し、1460名の個人と612商店が参加している現状、そして将来的にはブリストル・ポンド建てでの地場企業への融資を検討していることが紹介されました。

 最後にセビリア市のロベルト・ダビード・ピノ市議が、同市の貧困地区の生活水準の向上を目的として、近隣のサン・フアン・デ・アスナルファラチェ市と同様のシステムを設立すべく同市が検討中であることを明らかにしました。

 自治体が社会的補完通貨に対して関心を示し始めているのは、社会的補完通貨の運動の推進という点では喜ばしいものですが、行政自らが運営に関わると、同時に七面倒な行政手続きを経ないと事例が承認されないという問題にも直面することになり、どうしても導入までに時間がかかることになります。また、一般ユーザーの意見よりも行政の意向のほうが優先される傾向も見られます。個人的には、行政自らが運営するシステムにこだわるのではなく、ラ・トゥルータのように、あくまでも運営自体は民間に任せたうえで、行政としてはサポート役に徹するという関わり方も検討したほうがよいでしょう(ラ・トゥルータの場合、行政が補完通貨に気づく前に民間で始まっていましたが)。

 スペインでは、経済危機の影響が明らかになり始めた2010年以降にさまざまな社会的補完通貨が登場するようになり、また各地の事例間での交流も盛んだったことから数多くの事例が台頭しました。また、前述したように社会的補完通貨の導入を検討する市役所も出始め、多様な事例が出現しています。これまでは主に国内での事例交流が主でしたが、今回の会議で世界各地の研究者や実践者との連携が深まりました。次回(第5回)の会議は2019年秋(9月か10月)に日本で開催される予定ですが、日本の研究者や実践者との間でもこのような国際協力関係が生まれることを期待いたします。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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