廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第16回

自主運営についての教育

 ここまでの連載をご覧になった方であれば社会的連帯経済、特に協同組合においては自主運営が何よりも大切とされていることがおわかりになるかと思いますが、自主運営の実践には意外に困難が伴います。この点に関して、最近ブラジル連帯経済フォーラムやブラジル政府の連帯経済局などが共同で作成した「自主運営と教育」(ポルトガル語)というブックレットがありますので、今回はその内容からブラジル風の自主運営について紹介したいと思います。

ブックレット「自主運営と教育」の表紙

◀ブックレット「自主運営と教育」の表紙

 私たちは通常の学校では、あくまでも受動的に「銀行預金型教育」(第6回を参照)だけを受けて育ってきており、このことから自分では主体的に何も考えず、あくまでも外部から受けた命令に従うだけの生活パターンに慣れ親しんでいます。しかし、自主運営が重視される連帯経済では、このような態度で仕事を行うわけにはいきません。生産、品質管理、労務管理、経理や営業などさまざまな分野において、協同組合の共同所有者でもある組合員=労働者自身で考えた上で、適切な運営を行わなければならず、この点で労働者たちに適切な教育を施し、自らの手で協同組合を持続的に運営できるようにする必要があります。このため、労働現場の実態に即した研修が連帯経済の取り組みの中で行われているのです。

 このパンフレットは、ブラジル自主運営労働者企業連盟(ANTEAG)の教育およびアセスメントを担当しているルイージ・ヴェラルドの一文から始まります。彼は自主運営を、「『生産、サービスおよび経営活動における労働者全体の協力』および『業務、および直接の関係者との社会的関係の問題に関する集団意志決定権』を組み合わせた集団組織」と定義し、基本的に日常業務に関する意思決定を労働者自身が行う制度と説明しています。そして、「集団プロセスへの常なる同伴」、「コミュニケーションの評価」、「十分な感情的成熟」、「提供する製品およびサービスへのプロ意識」および「自主運営プロジェクトの戦略範囲の意識化」という5つの要素が必要だと説明しています。工場の自主運営の経験から地域運営も自主運営的になり、政治意識も芽生え、それがルラ大統領(任期2003~2010)の選出につながったエピソードや、地域内で起業したり地域通貨を流通させたりするエピソードも紹介しています。

▲動画:アルゼンチンにおける回復工場(工場の倒産後に元従業員がその
工場を乗っ取って経営)の事例を紹介したドキュメンタリー(日本語)

 さらに、外部から人材を招聘して要職に就けると、結局そういう人たちが企業を支配することになるので、あくまでも内部で人材を養成することが大切だと述べています。さらに、主観的な対人スキル(従業員総会の運営や連帯に根ざした人間関係の構築)と客観的なビジネススキル(作業工程や外部市場への商品販売など)という正反対のスキルが必要になることを述べた上で、ワークショップや講座やアセスメントを通じて現場教育を提唱しています。また、「自主運営についての教育」(通常の学校教育のように「銀行預金型教育」に陥る危険性あり)、「自主運営のための教育」(適切な教育手法を用いて、自主運営や経営について習得: 協同組合の原則、税制、損益分岐点、運営方法、生産フロー、広報など)および「自主運営による教育」(講師による銀行預金型教育を行うのではなく、学生に参加させる)という3つのコンセプトを述べた上で、主人と使用人という概念からの解放を説いています。

 次に、エンリケ・ノヴァイスとマリアーナ・カストロが書いた、「協働教育を求めて」と文章が続きます。ここではモンテーニュやコメニウス、ルソーやピストラック、それにパウロ・フレイレなどの自由教育思想を紹介した後に、単に知識を教師から生徒に一方的に伝えるのではなく、常なる対話が必要であると記されています。その後、「教育自体が生活の一部であり」、「自主運営や協働と関連し」、さらに「参加型教育がその時の社会闘争に参加」する点を共通点として挙げ、軍政(1964~1985)やその後の新自由主義(国営企業の民営化や失業・非正規雇用の増大など)という新しい社会状況においては新しい教育が必要だと述べています。従業員参加型というとトヨタのカイゼン方式が有名ですが、これについても単に労働者の労働力のみならず知識をも収奪する方法だと批判的です。そして、ピストラック(1888~1940、ロシアの社会主義教育者)が生み出したテーマ別複合体手法(マルクス的歴史的弁証論的唯物論により理論と実践の分断を克服するもの)とルカーチ(1885~1971、ハンガリーの哲学者)の全体性概念を紹介した上で、民衆教育にこれらの手法が応用されていることや、大学民衆協同組合インキュベータ(民衆協同組合の設立や発展を促すべく、大学生や院生が関わる組織)では、たとえば工学部や経済学部の学生が、卒業時にはその分野の専門家としてのみならず教育学などの知識も身につけるが示されています。

 さて、このような理論はさておきとして、具体的にはどのようにして自主運営の教育は実施されるのでしょうか。連帯経済養成センター(CFES)のブラジル西部地方では、現実を見つめ内省と行動が組み合わされたパウロ・フレイレの手法を用いています。当然ながら教える内容が「自主運営についての教育」である以上、「自主運営による運営」が重視され、具体的には生徒に作業グループを作らせ、役割分担をさせるところから始めます。具体的には以下の通りです。

  • 調整グループ: 作業や活動などの調整にあたる。
  • 評価グループ: 研修内容などについての評価を担当。
  • 記録グループ: 研修での活動を記録。
  • 司会グループ: 休憩や再開などのきっかけを作る。
  • 特別体験グループ: 参加者全体が一体となる時間を作る。
  • インフラグループ: 掃除や食事などを担当。
  • 時間管理グループ: 時間を管理して、プログラムを確実に進行。

 そして、実際には以下の内容でプログラムを組み立ててゆきます。

  1. 動員と取り組み: 教育者のほうで、対象となる生徒を集める。社会運動や公的機関などを巻き込む必要あり。
  2. 対象者、規準および提案内容の選択: 地域特性を見極め、地元文化を尊重した上で、どのような内容にするか決める。
  3. 活動について考える: 講座、会議、セミナーなどの表現のうち、適切なものを選ぶ。
  4. 活動の計画: 活動目的、実施日時、対象者、活動内容、活動内容の紹介方法、教材の準備、責任分担などを決定。

 活動の手法についてですが、連帯経済の指針および原則、連帯経済運動の組織、連帯経済の法制度、ネットワークおよび頼母子講(の一種)、連帯経済シール、連帯金融、営業プロセス、地元の公共政策、ジェンダー問題、民衆教育、役割交代型教育、青年・熟年教育、体系化、社会運動における労働手法、研修時における活力、民衆協同組合における運営教育、リサイクル、食料品や民芸品などにおける技術研修、社会経済的現実の分析、プロジェクトの作成、計画、人事など多様なテーマが取り扱われます。
 そして教材や部屋などの準備を行いますが、この際に椅子を円形に並べて、誰かが他の人に対して教えるような形にならないようにすることが大切です。そして実際に講座などを行った後、写真やビデオ、各人のメモなどを活用してその研修内容を振り返ることができるようにするというものです。

 このように、単位や資格の取得ではなく、あくまでも連帯経済の実践現場において必要とされているスキルや知識を習得することが、自主運営についての教育の根本を成しているといえるでしょう。このような活動を通じてブラジル各地で、連帯経済の実践者が生活に根ざしたスキルアップを遂げているのです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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