廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第109回

社会的市場について

 スペインの連帯経済ネットワークREASでは、社会的市場と呼ばれる取り組みに重点を置いていますが、これまでこの社会的市場についてご紹介する機会がなかったので、今回はこのテーマに注目したいと思います。なお、この社会的市場を理解するための理念的基盤として、「平等」、「労働」、「環境の持続可能性」、「協力」、「非営利」および「地域社会への取り組み」という6原則を規定した、REAS憲章についての日本語での解説についてもお読みになることをお勧めします。

 社会的市場についてですが、同ホームページで「消費者個人あるいは消費者グループとともに社会的連帯経済の企業および団体により構成され、倫理・民主的運営・環境および連帯の基準を守って機能する生産・流通および消費のネットワーク。その目的は、ネットワーク内で参加者の需要の相当部分をカバーし、連帯経済を可能な限り資本主義経済から切り離すことである」と定義されており、基本的に社会的連帯経済の原則に則って生産された商品やサービスを取引する場所となっています。実際にはREASの各州ネットワークがこの運営を行い、州ごとに運営の方法は異なりますが、「社会的責任を伴った消費という選択肢を市民が行使できる、消費者・納入業者および流通業者の空間の構築」という目的を共有しているわけです。また。以下の目標も持っています。

連帯経済の団体の視覚性、実現性および持続可能性を強化し、特に責任のある消費という観点から通常の取引に代わる代替流通回路を構築する。
市場を変革すべく、消費者・生産者・流通者である個人および団体それぞれとの共同責任を推進し、取り組ませる。

 この社会的市場は現在、マドリード州、カタルーニャ州、アラゴン州、バスク州+ナバラ州そしてバレアレス州の5か所で運営されており、REASやREAS加盟団体に加え、スペインを代表する環境保護団体エコロヒスタス・エン・アクシオンなども参加しています。そして、これら団体により、社会的市場ネットワーク協会も設立されており、各地のネットワーク間での協力を推進しています。

 カタルーニャ州のネットワークXESによると、2016年には実に215000人がこの社会的市場に関わり、3663人に1億6400万ユーロもの収入を生み出しています。また、労働福利・民主的運営および環境への取り組みの順番で評価が高くなっていることがわかります(詳細は画像をクリック)。

カタルーニャ州における社会的市場の現状一覧(2016年)

▲カタルーニャ州における社会的市場の現状一覧(2016年)

 このようなネットワークにより、連帯経済の原則に基づいて商品やサービスが生産・流通そして消費されることになります。これらネットワークには、生産者のみならず流通業者(たとえばフェアトレードのお店)や消費者も加わっており、連帯経済関係者同士で商品やサービスをできる限り消費することにより、連帯経済の成長を促そうという戦略を持っているわけです。

◁社会的市場のマーク

 この社会的市場の中には、地域通貨を運営するものもあります。基本的にはユーロを担保とした地域通貨を各州の連帯経済ネットワークで発行し、流通させたわけです。たとえば、この連載でも何回か紹介しているカタルーニャ連帯経済見本市では、ユーロから地域通貨エコソルへの両替が義務付けられており、見本市への来訪者はこの地域通貨で商品を買ったり、食事を摂ったりします。また、マドリード州では連帯経済ネットワーク共通のポイントカードのような形で地域通貨ボニアトが運営されており、たとえば連帯経済関係の書店で本を買うとこの地域通貨がもらえ、これにより有機野菜の店で買い物ができたりします。

 しかし、地域通貨を専門的に研究してきた私としては、社会的市場専用の地域通貨という考え方には、正直なところあまり賛同できません。社会的連帯経済の商品やサービスをプロモーションするという理念自体はかまわないのですが、その一方で私たちの日常生活をカバーするには社会的連帯経済はまだまだ脆弱で、社会的連帯経済専用通貨としてしまうと、その通貨で買える商品やサービスが限定されてしまいます。具体的にいうと、有機野菜や社会運動関係の本は買えても、食器や電化製品などは買えず、また各種公共料金の支払いもできません(電力については、再生可能エネルギーの協同組合ソムエネルジーアが参加しているので支払いは可能ですが)。社会的連帯経済だけで生活をカバーできれば最高ですが、それにはまだほど遠い現在、そのネットワークにこだわった地域通貨を作っても、実用性が低くあまり受け入れられないことでしょう。

 個人的には、社会的市場の理念そのものは理解しつつも、地域通貨に関しては参加基準を緩めて、より多くの個人や地元商店などに参加してもらうことが大切だと思います。たとえば、ドイツで2003年に発足して順調に運営されているキームガウアーの場合、基本的に地場企業であれば受け入れるという方針にしており、これにより500社以上の地場企業が参加しており、入手可能な商品やサービスの幅が広がっています。社会的連帯経済という理念にこだわることで地域通貨の市場=有用性を狭めるのか、それとも地域通貨としての使い勝手を高めるために、あえて理念面では多少妥協して社会的連帯経済以外の団体も受け入れるのかが問われていると言えるでしょう。

 また、社会的市場専用通貨としての地域通貨の使い勝手を高めるためには、第31回の記事で紹介したワークショップも有効です。お金を水に、そして地域経済全体を穴のあいた水桶に例えたうえで、その水桶の穴(例えば大規模ショッピングモール)をふさいだり、水が一か所に溜まるようだったら灌漑して全体に水が行き届くようにしたり、あるいは水が桶にきちんと入らない構造がある(例えば観光客が多い地域だが、地元資本の宿泊施設が少ない)場合には水がきちんと入るようなじょうごを付け加えたりして、水が確実に地域経済という桶の中に残るような仕組みを地域社会全体で考えることが欠かせません。社会的市場は、単に既存の商品やサービスを流通・販売する場所ではなく、消費者との対話により新たな商品やサービスを開発してゆく場所でもあるのです。

 社会的市場は、連帯経済の商品という共通ブランドを構築して、消費者にその付加価値を訴えてゆくという点では非常に効果的です。フェアトレードについての回で認証型フェアトレードによる認証マークについて取り上げましたが、この発想を連帯経済全体に応用することで、品質を消費者に信頼してもらえるようになります。しかし、連帯経済そのものの知名度が低い今の日本の現状では、認証マークだけを作っても効果はあまり上がるとは思えません。やはり、社会的連帯経済に対する一般市民への認識を高めるためのさまざまな活動を行った上で、その一環として社会的市場の導入を検討するのが適切でしょう。

 とはいえ、社会的市場の理念に近い形で日本国内において運営されている実践例としては、日本有機農業研究会が始めた産直提携を挙げることができます。産直提携の場合、生産者と消費者が平等な立場で関係も結び、生産者側はできるだけ消費者の要望を叶える形で生産を行う一方、消費者はそうやって生産された作物を買い取ったり、またできるだけ生産者の提供する食材を使った食事を家庭で準備したりする義務を負います。さらに、このような関係の運営については民主的な議論に基づいてできるだけ小グループで行い、理想的な運営は不可能であることを承知の上で、その理想に近づく努力は怠らないことが提唱されています。

 産直提携は、あくまでも有機野菜の分野に限られた実践例ですが、理念的には社会的市場と似ているということができます。産直提携の発想を有機野菜以外にも応用し、地域内でより幅広いネットワークを作ることができれば、日本でも社会的市場を実現できるかもしれません。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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