廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第82回

スペインの連帯経済ネットワーク憲章

 連帯経済については、各国でさまざまな定義づけが行われていますが、今回と次回はそのような定義づけについて取り合得たいと思います。今回はスペインの全国ネットワークであるオルターナティブ連帯経済ネットワーク(REAS)が2011年5月に制定した憲章から、その目指す方向を探りたいと思います。

REASのロゴマーク

◀REASのロゴマーク

 同憲章はかなり長い序文で始まりますが、まず連帯経済について、「人間、環境および持続可能な開発」を優先的に配慮する経済活動として定義しています。通常の経済活動では利潤の追求のみが優先されるため、長時間労働や児童労働や各種環境破壊・汚染、さらには地域社会の疲弊などさまざまな問題が発生しますが、労働者が人間としての尊厳を保った生活を行い、環境破壊や汚染を極力防止し、場合によっては逆に環境の修復に努めながら、中長期的に維持できる経済活動を行ってゆくわけです。

 次に、「生活様式」という連帯経済の側面も強調されます。この生活様式には個人としての権利が脅かされないことや、個人の権利を守るために経済を運営してゆくこと、さらには個人や社会の発展のために、あくまでも持続可能な形で資源を提供してゆくことが述べられています。これについては、南米エクアドルの憲法で取り上げられ、その後スペイン語圏諸国を中心に話題になることが多い「ブエン・ビビール」という概念と親和性があると言えます。エクアドルの場合には、自然と調和した生活を営んでいた先住民のライフスタイルへの尊重が背景にありますが、スペインにおいてもこの哲学を実践しようという意向が感じられます。

 このような連帯経済の効果は、事例による物的メリットではなく、関係者や社会全体の生活の質の改善という形で表現されることを示した上で、社会的経済という伝統的な枠組みの中で、平等、正義、経済的友愛、社会的連帯そして直接民主制といった、社会を統率すべき普遍的価値の下で経済活動を行うことを目指しています。そして、生産・流通および消費を行う新しい方法として、個人や社会の必要を満たし、社会変革の道具として連帯経済を活用してゆくことが提案されています。このような前提の下で、REASは以下の軸を共有しています。

  • 自由の原則および共同責任の実践としての自治
  • 人々を尊重し、巻き込み、教育し、機会を均衡しエンパワーメントを実現する手法としての自主運営
  • 共存し、生産し、楽しみ、消費し、あらゆる人に仕える政策や経済を運営する新たな方式を模索、研究および見いだせる上で役に立つ、クリエイティブで科学的かつオルターナティブな考えの基盤としての、解放の文化
  • 「架空の」成長の名の下で正当化されている経済的に不均衡な成長、金融、戦争、大量消費、遺伝子組み換え作物などを超えて、自然と調和した、肉体面、心理面、精神面、美的側面、芸術面、感覚面、人間関係面など、あらゆる範疇や能力における人間開発
  • 自然との調和
  • われわれの地元、国内および国を超えた人間関係における原則としての、人間的な経済面の連帯

 このような序文の下で、以下の6原則が示されています。

1. 平等原則
 社会状況、ジェンダー、年齢、民族、出自や能力などに関係なく誰もが同じ尊厳を持つことが平等で、万人の権利や可能性を認める社会が望ましいということから連帯経済は、権利の平等性という観点から多様性をお互いに認識し、金融投機を排除して資源の価値を正当に認識した上で公正に分配し、機会の平等や社会・経済や政治への参加権、そのために必要な情報へのアクセスや透明性の確保、組織された連帯、そして貧しい個人や地域への取り組みを擁護します。この際に、単に従業員数を男女・民族などの多様性に配慮するだけではなく、教育や同一労働・同一賃金などを通じて、社会的にハンディキャップを負っている人たちの状況を是正したり、関係者全員に意思決定プロセスへの参加を促したり、組織内部のみならず外部の地域社会に対しても説明責任を果たしたりする必要があるわけです。

2. 労働原則
 経済や地域社会への社会的参加として労働をとらえた上で、地域が本当に求めている必要を充足する商品やサービスを生産する能力開発の重要性を確認し、その一環として主に女性が担っている育児や介護といった仕事も強調した上で連帯経済は、労働の人的側面(能力開発・社会統合・自尊心の回復など)、社会的側面(地域社会の必要の充足)、政治的側面(労働権、経営参加権など)、経済的側面(労働者の必要をカバーする労働条件、公正な取引条件)、文化的側面(他人に仕える雇用と、社会のために行う労働の識別)そして環境的側面(持続可能な形で商品やサービスを生産する責任)を擁護します。そして、この実現のために地域社会の必要の認識や、上記の原則の遵守に加えて自主運営・透明性・参加型運営を行う企業の推進を提唱した上で、連帯経済の企業を能力開発や参加型民主主義、機会平等や事業立案・経営、地域開発などの実現の場にすることを目指しています。

3. 環境の持続可能性原則
 経済活動が全て自然と結びついていることから、自然との良好な関係が富や万人の健康の源泉であり、環境負荷を下げて持続可能な経済活動を行うためにREASは、責任のある消費(環境保護のみならず社会的公正も)、食糧主権、種の多様性や地域の保全、脱成長、クリーンな生産(再生可能なエネルギーや有機建築、また二酸化炭素排出の削減などを行った生産活動)、環境に責任を負った実践の推進(リサイクル、クリーンエネルギーなど)、適切な都市計画を擁護します。責任のある消費により南北連帯や倫理銀行などを推進し、消費の際に常に環境への影響を考慮し、破壊された環境を修復し、持続可能性に基づいた経済の事例を行って環境を保全するというわけです。

▲2015年6月にバスク州で開催された連帯経済見本市の様子

4. 協力原則
 競争ではなく協力を推進し、公正な取引関係、平等、信頼、共同責任、透明性、尊重など調和型の地域発展に基づいた社会の構築を模索し、共同での意思決定や共同責任など参加型民主主義に基づいた倫理に基づいた上で連帯経済は、協力の文化の推進や相乗効果を生む各種ネットワークの必要性を認識し、擁護します。この際に、誰も1人では新しい社会モデルを構築できず、相互信頼は実際に情報や知識、経験や失敗談などの共有により醸成され、組織内外に広がるネットワークを通じて協力関係を構築してゆくわけです。

5. 「非営利」原則
 ここで実践する経済モデルは人間の総合的発展をもたらし、利益はそのための再投資や再配分に充て、さらに業績評価において経常収支のみならず人的・社会的・環境・文化的側面も考慮することから連帯経済は、個人への再投資、利益の再配分、外部資金に対して完全な独立を保った自治、透明性や民主的運営、さらに経済的持続可能性に加え、倫理銀行の利用を擁護します。この際に、利益の最大化が目的でない以上、残業のない適切な給与水準やワークシェアリングなどを模索したり、再投資や再配分の受益者について民主的に検討したり、各個人が自分の貯蓄をどのような形で社会に再投資するか考えたり、また補助金や寄付、年会費などの費用が組織の経済的持続可能性に影響を与えないようにしたりすることが大切なわけです。

6. 地域社会への取り組み原則
 地域社会の持続可能な開発に参加し、近隣の他の組織と協力して不平等や支配・社会的疎外といった構造の変革に取り組むという立場から連帯経済は、地域社会参加型の開発計画策定、さまざまなネットワークや社会運動との連携、社会変革の戦略を持ったネットワーク化、正確な情報や透明性、責任を持った参加型民主主義などの行動ネットワークを擁護します。この際に、地域社会の人に連帯経済による社会的影響を可視化や理解してもらったり、地域にすでに存在する事例と協力したり、地元の必要や地域で樹立すべき協力関係の優先順位を見極めたり、多様性を尊重したりする必要があるというわけです。

 以上、かなり重複のある内容ではありますが、まとめると基本的人権の尊重や参加型民主主義に根差した形で、環境面でも経済・社会面でも持続可能な経済活動を行い、地域社会や各個人の発展に寄与するのがスペインの連帯経済の目指す方向性だと言えるでしょう。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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